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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
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剣英 / 呪術師ウィード (後編)



 踏み込んだダスイーに翼を広げるカラナザール。握りしめた少女の命たる新緑の輝きが、“死の司”へと目掛けて魔剣と共に振るわれた。


「これでもッ!」

「盾よッ」


 赤黒い魔力で編まれた丸い障壁がぶわりと広がった。一太刀は防いだものの、それはただ一瞬のこと、ダスイーは追い込むように刃を繰り返し振るえば、ぴしりぴしりと魔力がひび割れていく。

 “死の司”は割られるままにして、翼に魔力を流し込んでいる。再びあの暴風を産みだそうとしているのだろう。鎌を大きく振り下ろすように握っている。死をもたらすためだけに作られた刈り取りの大鎌、旧世界から死の概念を込めた遺物。かつての力を大きく失っているとしても、その刃は定命の者に死を与えるのに十分だろう。

 圧倒的であっただろう。強大な存在であったろう。それ故に、視野が狭すぎた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」


 ひび割れたような気合の声が解き放たれた。横合いからオリエルの一刀、黄金色の銅剣が赤黒い魔力に刺さった。刃はするりと魔力を打ち払い、虚空へと消え去った。

 剣が届く前に死の司は翼を払い僅かに下がった。そして、苛立ちのまま、大鎌をオリエル目掛けて下ろす。


「こっちを見ろッ!」


 死を込めた刃、それを握る両腕が声と共にぼとりと落ちた。後には血でなく、緑色の光だけが軌跡として残った。


「忌まわしいッ!」


カラナザールは苦痛を混ぜて、罵りの声を上げる。魔力によって声は赤黒い刃を幾重にも天に並べた。それは斬首に使われる分厚い斧だった。


「断罪をッ!」


 そのまま地に引き寄せられるまま、無差別に落ちていく。


「今更ッ!」

「この程度ッ!」


 ダスイーは闘気を打ち上げて、斧の形をした赤黒い魔力をかき消した。そして、攻撃の薄くなった隙間をするりとオリエルが走り込む。

 これに一瞬だけ、“死の司”が笑った。ウィードはぞっと背筋に悪寒が走る。警告は、間に合わない。


「お゛お゛ッ!」

「爆ぜよ」


 足下に転がっていた“死の司”の大鎌、それが赤黒い光となって炸裂した。魔力がオリエルの体を吹き飛ばした。姿勢が崩れた、と一瞬だけ思った。そうではなかった、左腿の肉からは抉れ、血を落としている。その先、オリエルの左足は既に無かった。ぽっかりとなにもない。あまりにもあっさりと消えていた。

 痛苦の声を飲み込みながら、オリエルはなるべく転がって離れる。がちんっという音ともに倒れていたガドッカの体に当たった。


「てめぇッ!」

「脆弱な、存在が、我を傷つけるからだ」


 ダスイーが吹き上げた怒りの声をカラナザールは、噛みしめるように嘲笑いながら、見下ろした。

 そして魔力を通すだけで、ずるずると大地から“死の司”は自らの腕を引き上げた。ぴたりとはまった腕は自在とはいかないものの、しっかりと癒着した。


「化けモンがッ」

「切り口がいい、褒めてやる。すぐに我が軍勢に加えよう」


 言葉にダスイーは剣で否定した。緑の光を振るい、薙ぐ。精彩を欠いているのは、焦りよりも使い慣れない大剣を使い続けた疲労からだろう。

 “死の司”はそれを遊ぶように防ぎきる。言葉もなく虚空より作りだした赤い障壁が刃を届かせない。カラナザールは余裕を持って、再び大地より大鎌を呼び出した。

 力の差を見せつけるように、悠然とした動き。障壁を自ら散らすと、薄笑いを浮かべながら、カラナザールは大鎌を握る。


「このまま貴様と遊んでいても、いいのだが、それも飽いたなあ」


 そう言って、一薙ぎ、大鎌を振るう。さすがにダスイーはするりと下をくぐり抜けるが、その後の羽ばたきが彼を吹き飛ばした。

 飛び上がった“死の司”、ウィードと瞳がぴたりと合う。刃を握りこちらに飛んでくるのは死そのものだ。森の魔女は思わずリオナを抱き寄せた。

 愚かだな、と自分を責めた。抱き寄せるのではなく、弾き飛ばして刃から遠ざけるべきだった。それでも母親が最後に子供を守ろうとする時、こういう気分なんだろう。人事のように自分の感情を眺めていた。


「遅い」


 なんとか立ち上がったダスイーが茫洋と言った。それは絶望の呻きでは、なかった。瞳はこちらより後ろを眺めている。その中は、燦然と輝くものが写っていた。


「遅いんだよッ!」


 夜が裂けた。


 闇に覆い隠されたはずの太陽が輝き、“死の司”の瞳を焼く。一瞬だけ止まったカラナザールに向けて、ただ一人の男がその顎を無造作に打ち上げた。放たれたのは黄金の光、闘気による殴打に、玩具のように女神の巨体が吹き飛ばされた。


 鎧も身につけず、治療のための貫頭衣だけ、ただのサンダルだけを身につけた男だった。その辺りで拾っただろう段平を片手に握っている。

 怒りを浮かべ、厳しく締まった顔。灰色の髪、そして青く澄んだ瞳が悲しげに辺りを見ていた。

 あれほど広がっていた夜は、もうない。朝日が注ぎ、赤い大地から白い塩は消えている。この男が踏み込んでくるためだけに、かき消されたのだ。それくらい軽々とできる、そう思えるこの男に。


 それを睨み返すのはよろよろと立ち上がったカラナザールだ。顎を打たれたせいか、翼は使えず弱々しい足の力を使うしかないのだろう。


「貴様ッ!」

「うるさいッ! 僕は怒っているんだッ!」


 その視線の先には倒れた女騎士の姿があった。兜を脱ぎ真っ青に染まった顔をさらしている。ふうふうと必死に息を吐き、吸っていた。ガドッカが黒い煙を吐きながら、痛みに苦しむ彼女をしっかりと抑えている。

 グリセルはぎりりっと段平を握り込み、粗雑な作りの刃へと黄金の輝きが与えた。どっしりとしたその構えはオリエルと同じものだ。


「グリセルッ!」

「ごめん、遅れた」


 跳び上がるようにダスイーはその横に付く。自然な、いつも通りの風景が戻ってきた、森の魔女は安堵の吐息を吐き出した。


「いくぞ」

「おう」


 言葉もなく激昂する死の女神は大鎌を振り下ろす。

 鋭く重い、風の音すら殺して刃が迫った。それをグリセルは剣の柄で絡めるように受け止める。闘気がびりびりと音を立てて、死の刃を押し返す。力を込めて押しつぶそうとする“死の司”。

 圧倒的な体躯を持つカラナザールに、にこやかにグリセルは笑いかける。あれは本気で怒っているに違いない。ウィードの経験はそう言っている。


「弱っている君には、今更、負けないよ」

「ふッ、ふざけるなぁ」


 怒りのまま翼を振るい、カラナザールは暴風を叩きつける。痛みすら覚えるだろう魔力の流れ、死を広げるための呪いの風だろう。


「一つ覚えがなぁッ! 通じるわけねぇーだろぉッ!」


 ダスイーは拳を開き、緑色の闘気をずうっと前へ突きだした。風の魔力は闘気にぶつかり、消し去られた。


「邪魔、するなッ! 断罪をッ!」

「いい加減、無駄だってッ!」


 天に並び注ぐ降り注ぐ魔力の斧を避けることもせず、ダスイーは再び切り払う。


 互いに押し込めない、押し込まれない。危うい拮抗が保たれているようだ。しかし、胸の中のリオナの呼吸は荒い。小さな体を絞るようにぎゅうと縮めている。血色が悪く、自分と同じ肌色に落ちてきている。このまま彼女の体力が尽きれば、それはあっさりと崩れるだろう。


 それを分かっているだろうカラナザールは力を、魔力を無造作に振り回す。それだけでもう勝てる。そうして傲然と暴風を振るう。


「だから、視野が狭いんだ、君は」


 ゆっくりと土を抉る、地を蹴る音がした。オリエルがよろめきながら、両の足で大地を崩れるように走った。片足は生身、もう片足は鋼の義足だ。ガドッカの祈り、機械神ザオウによって作られたものだろう。


 目を見開くカラナザール、口を開き呪を紡ごうとするが既に遅い。例え、対処できたとしても、グリセルとダスイーに隙を見せるだけだ。“死の司”はただ力比べで勝負しようと、傲慢になった時点で負けているのだ。


「お゛お゛ッ、あ゛ッ」


 蒸気を吹き上げながら、オリエルは最後に大きく踏み込んだ。大地と共に急造の義足は砕け散るが、倒れ込むように振るった銅剣が、お返しとばかり両足を切り払う。

 カラナザールの崩れ落ちるまま、大地へと倒れる。ふんばりが無くなった大鎌は太陽の騎士に腕ごと吹き飛ばされて、黄金の光に溶けて消えた。

 痛苦に歪む瞳に、暖かく広がるような緑で染まる。


「終いだッ!」


 ダスイーが切り上げた刃は胸から頭蓋まで砕き、カラナザールに死を与えた。

 真の名を持ってしまった死の女神はぼろぼろと輪郭を失い、陽光の中に染みこむように消え去った。


 ダスイーは闘気を解いて、一つ息を吐く。そして体を引きずるようにオリエルに近づけた。彼女の顔は砂にまみれ、擦り傷が余計に酷いものだった。胸や腹には鎖の破片が突き刺さり、片足はすでにない。

 ダスイーも外傷こそ少ないが、生気は薄れきっていた。闘気を解いたせいだろう、文字通り気が抜けてしまった。頭髪は白く変わり果て、足の力も萎れて大地に倒れ込んでしまった。

 それでも、生きている。二人は薄く、そして静かに笑った。


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