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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
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繁華に飲まれて / 鑑定士リオナ




 夏の日差しに当てられて、じりじりと石畳が光る。逃げ水がどこへ視線を向けても浮かび上がった。

 そんな暑さの中でも街の一角には油こっい熱気が溜まっている。

 それがアルディフの街が誇る“畑の男”の大神殿である。静寂というものとは縁遠く、神殿というよりは市場だろうか。工芸品や、武器防具、迷宮からの発掘品までずらりと並んでいるが、もっとも多い品目は穀類や玉蜀黍粉、青果などだ。

 大地の力が枯れつつある今、交易による輸入品でしか、まともな食品は得ることができない。神官達が持つ神殿同士の繋がりにより、アルディフを飢えさせない程度の食料を確保していた。


 リオナは、オリエルと連れだってこの雑踏を歩く。さすがにオリエルも鎧姿ではないが、男の服を着ている。様になっているが、どうにも目立つ。下手な男より格好いいのは確かだが、したり顔で頷く妙な男や熱い視線と嫉妬の色を浮かべる女性などがいて、落ち着かない。

 そんな心持ちも知らず彼女はもぐもぐと咀嚼していた。よく食べるらしく、屋台で売っていた肉と野菜の刺さった串焼きをを袋いっぱいに抱え、辺りを興味深げに見て歩く。丁寧で服も汚さない綺麗な食べ方だ。ゆっくりと咀嚼されて、一本、また一本と串焼きは数を減らした。


「ヴィンズ神官長、やっぱり怒ってたね」


 あんまりにものんびりした様子に、さすがに咎めるように先程のことを蒸し返す。コークスグルト家の世継ぎとなるものが二人とも冒険者になるのは問題と、家族は止めようと必死だったらしい。かつてのコークスグルト家ならば権力で押し通せたのだろうが、ヴィンズの同情以外は止められそうなものはなかった。

 その同情も串焼きを頬張る女性には無意味である。どうもコークスグルト兄妹というのは、頼りになるが、どことなくズレを感じる。


「仕方ありませんよ。神官長殿と私が重要視する所は違います。妥協点がなければ、こうなってしまうのは、ね」


 ほんの少し、寂しげに笑う。

 これで、すぐさま串焼きに戻らなければ様になるのになあ。そう、ぼやきながら歩く。


 神官長への簡単な報告と面会を終えた帰りでリオナは疲れていた。曲がらない鋼が、砕けぬ巌のようなオリエルと厳格な父性の塊であるヴィンズ神官長のやりとりに心を削られていた。

 本来ならリオナがここに来ることはなかった。あの後慣れない酒で、ぶっ倒れた兄の代理だ。水差しと薬を置いて放置したので、昼頃には再起しているだろうか。

 まあ、昨日は頑張っていたし、替わりぐらいしないとと、首をぐきりと数回回した。


「まあ、それは仕方ない、か。それじゃあ、探索を始めましょうか」

「え、いや、リオナさん。それは、明日からではないですか」


 いつの間にか食べ終えたのか。空になった串焼きの袋を片手に戸惑ったように答える。

 リオナは袋を奪い取り、くず入れに放り捨てた。神殿前だけあって、こういった設備も整っている。


「準備ですよ、まだ何もしていないんでしょう」

「ああ、なるほど。そういうことですか」


 探索という言葉で大分戸惑ったらしい。それにチッチッと指を振るリオナ。


「事前準備も探索の一部なの。まあ、持っていないと困るものは実はそんなにないですけど。でも揃ってないと、うちの小姑に何を言われるか」

「小姑?」

「小姑」


 こくこくと頷き合うが、察しが悪いのかオリエルは難しい顔をしたままだった。なんというか、悪意というものが薄いのが、コークスグルト家の人間なのだろうか。よくも悪くも真っ直ぐすぎる。

 そういうものだと、気を取り直して、彼女を引っ張る。


「よぉーし、それじゃあ付いてきて、案内するから」

「おっと待ってくださいよ」


 そのまま、戸惑うオリエルを引っ張り回す。


 買い物そのものは順調であった。元々地元の人間が多く、悪童だった兄のせいで顔だけは嫌に広い。その上、グリセルの妹と紹介すれば、まあ、割引やらおまけやらがざっくりと付いてくる。そうして頑丈な背負い袋、水袋、たいまつ数本、適度な長さのロープに、くさびなどを買い集めた。

 半値程度で済み、リオナの足取りは軽い。自分のお金での購入でないにしろ、節約したということはうれしいものだ。


「兄の力を誇りに思うべきか、自身の手柄でないものを得て恥じ入るべきか」


 そんな困ったようなオリエルを引っ張り回すのも、中々愉快なものだった。


 からからと笑いながら、最後に武器屋へと向かう。これはオリエルの目的ではなくリオナ自身のためである。オリエルはすでに良質な武器をいくつか持っている。今でも使い込まれた長剣と、予備の短剣を腰に帯びている。また不似合いな薄汚れた布もベルトに結んでいる。投石のための布、スリングだろう。安くて、弾丸もその辺りの石でもいいという経済的かつ携帯性に優れた武具だが、あれで結構、扱いが難しい。


 リオナのような、成人前の女でも扱える武器といえば、巻き上げ式の石弓だ。少々、小型だが戦場ではなく、迷宮で使うならそちらの方が便利だ。自分でも整備はできるが、久々に使うなら専門家に見て貰うべきだ。


 そう思って武器屋の戸を開いた。領主から販売の許可を買い取った鍛冶屋がはじめた商売だ。昔と違って今は大分、盛況らしく、かつて隣り合っていた金物屋をまるまる買い取っている。そのためか、店内はかなり広い。

 店主は相変わらず、樽のような体をした老人ホウザだ。がっちりとした体格はまるで大柄なドワーフのようだ。雇った店員や息子夫婦を働かせており、自分は煙草をぷかぷかと吹かしている。


「げ」

「お゛う゛」


 兄と戦った巨漢が店内にのっそりと立っていた。あの大剣は整備に出しているのか、手元にはない。

 もはやお互い、誹るほど感情に熱はない。しかし、挨拶というには場違いな雰囲気だった。そうして固まっている二人を押しのけるように石の擦れた声が響く。


「昨日はどうも」


 まったく当然とばかり大剣使いの横をすり抜けた。二人でオリエルをぽかんと眺めた。

 剣を弄っていた店員を引き止めると、リオナを短く呼んだ。我に返り、一足で向かう。手持ちの石弓を取り出すと整備と発射される短矢の購入を依頼した。


 気むずかしそうな長い髭の男は、こちらを見てうんうんと頷いた。そして何も言わないまま、のっそのっそと備え付けの机の方へと引っ込んでしまった。オリエルは興味深げにそれを追う。弦を歯車で巻き上げる方式の石弓が珍しいのだろう。他の地域だと足で踏んだりして、弦を戻すのが一般的らしい。


「おい、あの女はなんなんだ」


 戸惑っていた巨漢はいつの間にか横にいた。そっと低い声で問いかけてくる。


「何ってアンタと兄さん止めた人よ」

「マジかよ」


 呆然とした様子に、リオナは自慢げに胸を張る。そしてにぃっと笑う。


「うちの新しい面子よ、いいでしょ」

「はッ、出来の悪い死体漁りにはもったいねぇな」


 口の悪いのは、どうにも巨漢の素らしい。まあ、ウチのと良く似てると苦笑いする。


「あれだけの実力なら奥までいけるだろうによ、俺と違ってな」

「ふーん、もしかして腕に自信ないの?」

「違うわい。ウチはテメェらと違って大所帯なんだよ、そんなリスク負えるか」

「あれぇ、あんだけ兄さんのこと死体漁りとか言ってるわりに貴方、業者さん?」


 業者、というのは蔑称だ。ひたすらに実入りのいい怪物の狩りや物品の再召喚を狙うもので、ある意味、冒険しない冒険者だ。都市に資源をもたらすという意味では有り難いが、最終目標である迷宮の制覇には興味がないのが彼らだ。かなり大規模な冒険者組合を勝手に作り、迷宮内で縄張りを主張したり、その場に居座って占拠したりと、あまりいい印象がない。そして迷宮が踏破されて枯れれば他の迷宮に移るものも少なくない。

 死体回収よりは単純な実入りがいいだろうが、兄を非難するには少々情けない立場ではなかろうか。


「うっせ。こっちは金貯めんのに必死なんだよ」


 振り払うように答えた。店主に後で来るとだけ伝えると、居づらそうに立ち去ってしまった。


「リオナさん。この石弓についてなのですが、少しよろしいですか」


 石弓を弄っている机の方からオリエルの声が響いた。よく響く重く擦れた声は武器屋によく似合っている。はぁい、と返事を一つすると足を向けた。




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