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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
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霹靂の穿ち / 盗剣士ダスイー



 朝日すら陰りそうな噴煙の中、ダスイーはガドッカの後ろを走った。朝方の冷え込みとは違った、地下墳墓にいるような湿った怖気が走る。ただ存在するだけで、圧迫感を感じる。

 黒い丘のようなそれは、こちらへと跳び上がり、駆けてくる。板金鎧のような外皮で包まれた四肢を乱雑に動かし、周囲の敵も味方を踏みつぶしながら、大仰に動き回る。時折、建材めいた槍が刺さるが、表皮を削るだけで、片手間に潰されていく。決して殺せぬ“悪魔”らしい力押しの戦い方だ。


「ならば、押しとどめるのはたやすいっ!」


 鉄の塊が白い蒸気を吹き上げて、“悪魔”へと打ちかかる。振り下ろした鉄杖が軋みをあげながらも、黒い巨躯を押しとどめ、たたら踏ませた。頭部はきれいに粉砕されていたが、それだけだ。もごもごと肉がうごめき、てらてらとした黒い頭がすぐに生えた。

 醜いほどに白々しい乱杭歯がにぃぃぃッと、こちらに笑いかけてきた。重さが周囲に広がった。体が固まりそうな感覚が、筋肉を緩慢にさせる。


「相手になろうぞ、“死の司”」


 だが機械の神官は大仰に煙を吐いて、改めて錫杖を構え直す。全身から蒸気がゆっくりと吹き上がり、結合部分をカタカタと揺らす。


「ここに聖戦を宣言するッ! ザオウよッ! 汝が脈動をここに貸し与え給えッ!」


 ガドッカが雷光を全身にまとい、周囲に飛び散らしていく。その散った電撃が死者に走っただけで、しゅうっと消えていく。一部、味方のオークも巻き込まれて白目を向いて倒れている。幸い、なんとか引っ張り出して撤退していく姿が見えた。


「任せた、この同系統ッ!」

「おおッ! 任されよッ!」


 ウィードが罵り気味の励ましを投げつけるが、ガドッカは通じた様子もなく朗々と答える。それにハッと短く息を吐きながら、森の魔女は微笑んだ。


 機械の神官はその声の勢いのまま、雷光を一薙ぎする。粗雑でぶん回した攻撃だが、振り払うように受け止めた“悪魔”クラナゾルの左腕をへし折りながら、炭へと変えた。しかし、それを無視して“悪魔”は右腕でガドッカを薙ぐ。

 だが、それも重量と足の踏ん張りで、ぎぎぎっと押しとどめた。煙と雷光が飛び散り、帯電した蒸気が爆ぜていった。


 ダスイーは頼む、と心中で言いながら、その二つから目を離した。

 ガドッカが足止めしている間に、あの馬鹿を元のすごい馬鹿に戻さなければならない。あの化け物との決着はその後だ。


 振り払わんと足を速める。仲間たちはそれを追ってくれた。


 オーク達が進む先をなぎ倒し、小人達が矢玉で死者たちを削っていく。味方とも敵とも見分けがつかない噴煙の中を抜けると、光の塔が顔を出した。

 その根本には“陽光騎士団”の姿をした赤黒く汚れた死者が一人。空へと伸びる黄色い光はよく見れば剣の形を取っている。薄く引き延ばした死の闘気だと認識されると同時に振り下ろされる。威力は見た目ほどではないが、薄くても闘気は闘気だ。当たれば刃の特性で持って、全身にカミソリでも当てたようになる。おそらく生皮ぐらい削り取ることだろう。


「ねぇ、こっちは生身なんだから、ねぇッ!」

「まったくらしくない。性格まで悪くなったのかい」


 手の内が分かったたろうリオナとウィードと同時に悪態をついた。ふぅっとダスイーは息を吐き、気合いとともにカタナに闘気を込めた。


「行けッ!」

「城を守れ、我が茨、永久の安息を覆すなッ!」


 ウィードの詠唱よりわずかに早く、闘気の刃で振り下ろされる死者の光を打ち払う。青い閃光が走り、闘気の刃はひび割れて崩れた。それでもなお、砕けた黄色い光の破片が周囲に注いでいく。巻き込まれたオークや兵士達の悲鳴から耳をふさぐ。

 リオナとウィードは茨の障壁が守りきっていた。だが、オリエルはそこにはいない。


「兄さん、そこまでです」


 淡々と言葉を押し出しながら、頬に血を流していた。カミソリのような薄い闘気の破片の下を突き進んでいるせいだろう。先走ったというわけではない。あの薄い闘気の刃と対峙するよりは接近した方がマシだ。

 躊躇いもなく女騎士は銅剣を振るい、薙ぐ。

 それを慣れたように鎧の上で滑らせて防ぐと、蹴りを入れて転ばせる。慣れた稽古のような動きだが、振り下ろす刃は殺すためのものだ。

 オリエルが転がって避けるのも、できなかった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」


 叫びととも殴りつけるように円盾で弾く。鋼鉄の盾が抉られる固く、不愉快な音とともにオリエルは体を引きずって距離を取る。わざわざ追撃しようとする死霊騎士には、所詮人形だとダスイーはわずかに安堵した。これなら、間に合う。


「遊びて覆え、我が茨、汝の庭はここにあり」


 足下からざああああっと波のような音を立てて茨が広がった、周囲には枯れ葉のような暗く暖かな黄色と赤の光が浮かんでいる。血の色をした生命の石から魔力を継ぎ足し、強化された茨が一気に絡みついた。


「さすがに、判断力は落ちているみたいねぇ」


 裾の奥から茨をのばしているウィード。呪文に集中する彼女に、リオナが次々と血玉を魔女の掌に載せて、継ぎ足していく。緋色の線が走るたびに呪術が強くなった。費用を考えない力押し。

 前の相手に消耗しすぎて数も減っている。それでもあと一戦するには十分だ。


 ダスイーはそんな計算をしながら、カタナを納めて大地を蹴る。腰を落とし拘束された死霊騎士に一閃を放たんとする。抜き打ち、抜刀。本来なら緊急で攻撃を放つための技、ダスイーが習った剣術においては、片手で斬りつけるためにどうしても威力が劣り必殺とはいかない。

 だが、闘気をため込み、解き放つ媒介としては鞘から抜き放つという行為は最良だった。たとえ抜き打ちに向かない柄の作りであっも、慣れ親しんだダスイーの腕であれば威力は十分だ。


 集中、一閃とは自分、自分とはただの一閃。踏み込みに思考は消え、驚くほど凪いだ精神が刃を放つ。

 それでも、遅かった。


 死霊騎士の全身から腐った血しぶきが吹き上がり、血とともに飛び散った不浄の気、濁った黄色が茨を腐らせた。力任せ、グリセル・コークスグルトという強力な器に注いだ障気をまき散らすだけの妨害。

 だがそれは、茨を伝って魔女にまで届いてしまった。

 呪詛返し。負の生命力が逆流したせいか、ウィードはうずくまるように崩れて、咳き込んだ。ごぼごぼっと血の塊が不自然に沸きだし、吐き出された。ウィードはいつもより深い土気色の顔を震わせていた。

 リオナが必死に治療薬を振りかけているが、それがいつ効くのか分かったものではない。


 それらを確認もせずに振り返る死霊騎士、鎧の奥で霊体によって編まれた赤い光が腐り落ちた瞳と連動してギョロリとこちらを見た。人間ではあり得ない動き、筋肉が引き裂かれ、骨が軋み折れる音を確かに聞いた。


 抜刀の一閃は不浄の闘気を走らせた剣に弾かれた。青い閃光は走らず、完全に相殺された。それはいい、次来るのはいつもの手だ。

 ダスイーの体は思考より素早く、低く横に跳んでいた。間髪いれず盾ごとの体当たりがダスイーがいた跡に走った。闘気を込めていただろうそれは、黄土色の風を産んで、空気を汚した。


「無力化にゃ便利だがよぉー、悪い癖だっつーの」


 助言混じりの悪態をつくと、闘気を込めて刃を放つ。清廉な青と不浄の黄色は再びぶつかり合う。ダスイーの勝利は死霊騎士にわずかでも闘気を当てればいい。三寸刺せばいいだけのこと。

 だが、それもドワーフ鋼の鎧と盾、そして長らく愛用され、いやと言うほど見慣れた剣に弾かれる。動きは確かにグリセルのトレースにすぎないが、筋力と反応、そして無限とも思える不浄の生命力がそれを防ぐ。


 一合、二合打ち合うたびに、闘気が飛び散り、カタナが軋みをあげた。散った青や黄色のかけらが大地を穿ち、無数の傷を産んでいた。

 元々、こうした競り合いにはカタナは向かない。ダスイーとて好きでしているわけではない。むしろ自身の隙を消すために、ひたすら釘付けにせざるをえない。そうでなくては斬り込まれて押し負けるのは見えている。


 仲間達は近づけない。その剣戟の内に入れば、ダスイーの妨害になることは分かっている。だが、それは千日手、いや体力で劣るダスイーと死霊騎士では生身が敗北する。それ以前に、刀身が持たないだろう。軋みが、闘気同士の衝突の度にひどくなる。いつか、折れる。その判断が寒気となる。

 それを察したものが敢えて動いた。大きな石を握り込んだ、小さな少女。


「これでもくらえっ!」


 リオナの叫びと共に投げつけられた魔石が輝く。太古より伝われる力ある言葉によって、中から炸裂し緑の光となって死霊騎士を穿たんとする。

 さすがに一月分の稼ぎにもなる大魔石、グリセルいえど避けざるをえない。そう思っていた。だが、それに赤い瞳をちらりと向け、ごぼこぼという言葉と発した。盾に込められた闘気が薄い膜のようになって、それを阻んだ。相殺されて、薄い光が周囲を再び穿つ。無造作にそれを受け止めながら、斬り込んでくる。


「ぐ、ラぁッ!」


 闘気の飛沫はダスイーも避けきれず、全身にひりついて、擦れたように痛んだ。それを無視して剣を受けた。つばぜり合い、根本からギシギシと鳴っているような錯覚、軋みはひどく骨まで伝わる。


「くっそ、くっそッ! いい加減にしやがれ、この馬鹿ッ! 返せッ! あいつをッ」


 錯乱したように、技と泣き言を漏らす。グリセルの形をしたそれは、ごぼこぼと笑った。ダスイーの頭に怒りを超えた白が浮かぶ。

 だが、それで何が変わるというのだろう。


 押さえられた両腕では盾を振り下ろす死霊騎士から逃れられない。跳んで引けば切られて死ぬ。足元を低く跳ぶ? もう見られた手だ、蹴られて踏まれて終わる。避ける形、防ぐ形を思い浮かべても、すでに体が追いつかない。


 それでいい。いや、それがいい。


 ダスイーは跳んだ。後ろへと盾の殴打を避けた。そうなれば自由となった刃が振り下ろされていく。死霊騎士の赤く汚れた鎧が陽光に皮肉にも煌めいている。目は赤く爛々とし、こちらへの殺意をたたえている。

 その後ろに影ができた。同じような人影だが、その瞳は深い青を示している。いびつとも思える鎧姿、右腕ばかりが大きく見えるのは籠手のせいだろう。


 赤い目はそちらに気づき反転せんとするが、振り下ろした銅剣の方がわずかに早い。受けきれず掲げた盾ごと左腕がよりズタズタと絶たれ、二つに裂けた。腐肉がどろりと落ちては、逆巻くように肉体へと戻っていく。


「斬鉄、私にもできるようになりましたよ」


 そう小さく、悲しげなつぶやきを残すとオリエルは兄と同じように円盾を叩きつけた。グリセルの形をしたそれは初めて、倒れ込み、膝を突いた。


 ここしかない。

 ダスイーは片手でカタナに握りしめた。逆手を自由にしたままに、青い刃を横に薙ぐ。

無造作に受け止められる一撃を、盗剣士は知っていた。カタナは負荷に耐えきれず、無惨にも飛び散った。寂寥が一瞬思考を走るが、それは後に回した。

 死霊騎士はこちらを嗤うが、こちらこそ笑いたい気分だ。

 砕けるのに任せて、ダスイーは踏み込んだ。抜き打ちは何もカタナでしかできない訳ではない。短刀が、抜き放たれた。敢えて闘気を込めていない刃が、鎧の隙間をすり抜けるように刺さる。心の臓を狙う技が死霊へと突き刺さった。


「派手な技を目くらまし。よくやっただろ? 忘れてんじゃねぇーよ」


 答えもなく死霊騎士はつぶれた発音器官からごぼごぼと痛苦を吹き上げて、振り払わんと刃を振るう。浅かったのか、それとも頑強なのか。手応えはある、おそらく後者だ。


「遊びて、おおえ、我が、いばら、汝の庭はここにあり」


 たどたどしい言葉がそれを押しとどめる。血に塗れた口元もぬぐわず、凄惨な顔でにぃっと笑うのは土気色の肌、森の魔女は杖とリオナを支えに茨を放っていた。

 赤い瞳が彼女を憎悪でにらむが、ウィードは優しく笑った。


「帰りましょう、グリセル」


 短刀を握り込んで、ダスイーは思い切り、闘気を込めた。直接流し込まれた青い光が白々と朝日をもかき消して広がっていった。


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