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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
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噴煙の進撃 / 女騎士オリエル





 夜はあっという間に立ち去った。

 朝日と共に、城門の前に冒険者と兵士達が並んでいた。防壁を背に戦うというのは無謀だ。ごく一部を除けば、そも集団戦の錬度はないに等しい。正直、烏合の衆だ。しかし、敵が“太陽騎士団”、そして兄『グリセル・コークスグルト』が相手ともなれば、城壁ごと引き裂かれてもおかしくない。接近だけは防がなければならない。

 冒険者達の真ん中で、疲労を顔に張り付けたヴィンズ神官長が、ゆっくりと言葉を吐き出した。


「お前には、下がっていて欲しかった」

「その選択はあり得ませんね」


 オリエルは決意を持って、がしゃりと面を下ろした。

 視線の先には雨が止んだ荒野が朝日に照らされて赤く輝いていた。乾いた先から、静かに粉塵が立ち上っている。ずらりと並ぶ影がそれを形作っていた。日差しを遮るような、砂塵を作るのは死者の群れだった。


 その重圧を遮るように、巨躯のオーク、ギーロが鋼の盾と建材のような長槍を猛然と叩く。オークの戦士団“鉄の瞳”の面々が同じように叩いて答えた。


「構え、槍ッ!」


 短く言う、ギーロに“鉄の瞳”が見事に並ぶ。相手を真正面から受け止めるための体勢だった。

 そしてその後ろには小さな人影、“アルウ遊撃隊”が控えている。意気は高まっているらしく、それぞれ和やかに投擲紐や弓を手に取っている。

 その左右には重装備をした兵士達や“畑の男”の神官達がしっかりと陣形を作っていた。

 対してまばらに配置されている少数で組んでいる冒険者達は緊張した面持ちであった。古参ともいえる冒険者達は少なく、アルディフのために戦う義理もないようなものもいる。それでも今更、あの軍勢から逃げるような者はすでにこの場にはいない。

 栄光にしろ、金銭にしろ、あるいは義憤にしろ、戦う理由があるのだろう。


 オリエルはゆっくりとその少数の冒険者をかき分けていく。

 決死隊たる仲間達と合流しようと進むが、それより早く、粉塵がぶわっと吹き上がり、そしてそれは冒険者をかき分けていたオリエルの目の前に落ちた。


 跳び上がった影は、人間より二回りは大きい、ぬらりとした肉塊だった。ただ一つ、震える舌から長々と針が伸びていた。羊膜のような外皮が半ば腐りかけながらも、不自然に脈打ち、破けた血管から汚れきった血を噴いている。四肢はなく芋虫のようなまま、のたうつように、はい回る。


 誰も対応できない速さで、それは針を冒険者の一人に突き刺した。心の蔵のある場所を的確に、刺されていた。悲鳴は上がらなかった。盗賊らしい女は、悲鳴すら中から押し潰すような音と共に、中身を吸われてひしゃげていった。


「吸血鬼……」


 静かな声、沈黙と共に息が引きつった。流れが悪い。ただの一手でオーク達の意気も、兵士達の決意も止まってしまった。

 だが、その沈黙を読まないものは必ずいた。


「ザオウよッ! 偉大なる雷光を貸し与え給えッ!!」


 その化け物を輝く横薙ぎが、叩き、そして爆ぜた。雷が走り、一瞬で全身が蒸発し、ただの塵と消えていた。


「ハハハハッ! さあ、皆の衆、反撃と行きましょう」


 半ば、無理矢理溶接された痛々しい胴体。頭から蒸気を吹き上げたその神官は快活に笑う。半ばぎしぎしと言う左腕であってもその錫杖の腕前は変わらないようだ。


「ガドッカ殿ッ!」

「おおお、オリエル殿ではないか。いやあ、お待ちしておりましたぞ」


 わずかな混乱の間に、粉塵と共に死者の軍勢は迫っていた。


「前進しろッ! 近寄らせるなァッ!」


 疲労を押し殺して、神官長が叫んだ。前衛としてきちんと機能できる“鉄の瞳”オークそして兵士達は誠実に、そして怒りを持って直進していく。あんな悲惨なものを見せた化け物達に、刃をむけんと足を速める。

 それを躊躇わせるように粉塵から跳び上がる羊膜の怪物。こちらの真ん中に向けて降り注ごうとしていた。


「徹ッ!」


 青白い光を纏った投げナイフが、一つを打ち落とす。投げたのは盜剣士。ダスイーはそのまま抜剣した。闘気を這わせず、生命力をなるべく維持するためだろう。

 オリエルをちらりと見ると続け、とだけ静かに言った。語る言葉は少なくとも今はなんら問題なかった。

 その後ろで杖を構えるのはウィードだ。腰には細身だがしっかりとした出来の剣を帯びている。


「やあ、遅いじゃないか」


 オリエルへ向けて、しずかに笑う呪術師。

 その横にはリオナが石弓を片手に固い顔のまま、敵陣を睨んでいる。瞳には様々な死者が写しているのは、おそらく兄を、“太陽騎士”を探しているためだろう。目を一度をつむり、リオナは頭を振るとこちらを見た。


「おかえりなさい。昨日はごめんね、何も言えなくて」

「いいのですよ」


 軽い口調で答えながら、オリエルは円盾と銅剣を構えた。剣闘士の姿のままだが、ダスイーと並び立つにはいい形だと思った。

 青銅の剣も死者を穿たんと、金色に輝いている。


「見えますか」

「待って、まだ」


 リオナの声を押しつぶすように、金属音と鬨の声が鳴り響いた。死者の粉塵とオークの槍が打ち合いを始めている。

 その噴煙すら跳び越えて、死せる巨大な影がいくつも飛び出した。だらりと生命を失った臓物をそのままに、引きずった飛竜の群れだ。背には“太陽騎士団”が一人、指揮を取っていた。唯一、鎧姿ではない男、真っ赤な頭髪、燃え立つような紅玉の杖、魔術師ルヴック、その遺骸だ。


「“悪魔”めッ! 炎の魔術師をッ! 皆の衆、街に向けて空爆が来るぞッ!」


 切迫した声を吹き上げるガドッカに、ダスイーがにやっと笑った。


「ハッ! 迷宮じゃねーしよぉー、たまには派手に行くか?」

「いいだろう、ひさびさだね」

「頼むぜぇ、ウィード」


 剣を大地に差し、ダスイーは腰だめにカタナの柄を握った。その後ろにはいくつもの小石をぎっしりと握り込むウィードの姿があった。石は皆、血のような色をしていて、ドクドクと脈打つように膨らんでは縮む。


「さあ、出し惜しみはなしだッ! 命の雫、血の一欠片をここに捧げんッ! 我が鼓動は彼の鼓動とせよ」


 ウィードの手の中で赤い石は一度だけ脈打つと砕け散った。その砕け散った中から赤い光がぶわりと広がり、ダスイーに集まる。そのまま、ダスイーは地面を蹴った。その先にはガドッカの巨体、その上に向けて跳び上がっていた。


「まだだッ! 跳ばせッ! ガドッカ」

「あい分かったッ!」


 機械の神官は蒸気を吹きながら、剣士の足を両手で受け止めると、ごうっと空へと放り投げた。

 高く上がった先には、頭部だけがない綺麗な形をした飛竜、そして首の骨が不自然な方向にねじ曲がった魔術師の姿がある。突然の来訪者であっても、それは、生前と同じまま、無造作に魔術を放たんとする。


「けいやく、のなのもとに、そとなる、ほむらのおとしごよ、ゆらゆらと、おちよ」


 地上からでも感じられる熱量、現れた劫火の塊がゆっくりと注がんとする。だが。


「もってけッ! 半年分ッ!」


 不可解な気合と共にダスイーが虚空へ抜き打ちを放った。ただ一瞬、赤と青が重なって、紫色になった闘気が気合と共に放たれた。遠当て、本来、気合を放つだけのそれは闘気によって光の暴風となって吹きすさんだ。

 劫火の塊をも散り散りに吹き飛ばして飛竜の群れを包み込んだ。

 一瞬だけ黄色い、不自然な色が弾けるとぱたりと羽ばたきは止み、力を失い落ちていく。蠢く魔術師の遺骸もその口を静かに閉じていた。


 一瞬であった。おそらく迷宮で培った財貨を吐き出しながらの戦いなのだろうが、よくもまあ、やったものだと、オリエルは称賛する間もなくぽかんとしてしまった。


 こちらへ向けてにぃっと笑うダスイー。しかし、アルディフの地では人は浮遊することはできない。ダスイーと魔術師の遺骸も素晴らしい速度で落ちていく。


 それに慌ててリオナがポケットから小石を掘り投げた。一瞬、刻まれた文字が輝くと風がゆっくりと逆巻いて、二人が受けた大地からの抱擁をゆるやかな速さへと変えた。


「もうッ! 分かっているだろ、っていうのは止めてよねッ! 魔石が間に合わなかったら、どうするのッ!」

「へいへい。まぁ、なんとかなったし、いいじゃねーか」


 遺骸と共にゆっくりと降り立ったダスイーがわしゃわしゃはとリオナの頭を撫でて誤魔化した。仕方ない人だなあ、と心中で苦笑する。それを抑えるとオリエルは闘技場でするように、大きく声を張った。


「“太陽騎士団”の魔術師を確保したッ! 神官長の所へ持っていけば褒美が出るぞッ!」


 張り上げた声は戦場を貫くほどに、広がった。その声にめざとく反応した冒険者の一党が遺骸を素早く拾い、下がっていく。

 それを確認するとオリエルも静かに不満を述べた。自分にしては珍しいと思いながら。


「戦い方の打ち合わせぐらいしましょう、私も驚きましたよ」

「あーうん、なんつーか悪い」


 困ったような顔をするダスイーに、オリエルではなくリオナが満足げに鼻をを鳴らす。そしてゆっくりと戦場に視線を戻した。


 それに微笑みながら、リオナの方を見る。

 その時、二人は固まってしまった。いやそんな幻の感覚を味わったのだ。緑色の瞳に冷たく大きな黒く、歪な影が映っている。瞬くような僅かな時だったが、リオナも、瞳を見たオリエルにもそれがなんなのか分かった。


 リオナはそれをじぃっと見てから叫ぶ。


「ッ! 見られた、グリセルさん、右手から走ってくる。黒いのも一緒に近付いて来てる。たぶん“悪魔”ッ!」


 ぐるりと緑眼を巡らせて、冷たい汗をかきながら鑑定士は声を擦れさせた。


「ふぅぅーむ。ならば、“悪魔”の押さえには拙僧に任せされよ。りべんじ、できぬのは残念であるが、仕方あるまい」


 蒸気を吐きながらガドッカがずいっと前に出た。彼一人で悪魔と相対するつもりらしい。彼の大仰な戦いはそれに向いているのは確かだ。

 ダスイーは静かに頭を下げた。頼む。それだけ言うと頭を上げて笑いかけた。


「こっちはあの馬鹿をちゃっちゃっと片付けて来るぜぇー」

「頼まれたッ! 皆の衆、あまり早いと拙僧も立場がない、ゆるりとなッ!」


 珍しく冗談めかしてガドッカが熱い蒸気を吹き上げて、前進していく。そのすぐ後ろを女騎士と盗剣士が続いた。

 二人は一瞬、目を合わせた。オリエルは自分の剣と盾で、金属の音をきぃんっと鳴らした。


「生きて、帰りましょう」


 ダスイーはそれに、にやっと笑い、前へと視線を移した。あとはもうそちらへと行くだけだ。ぬかるみの残る大地を踏みしめながら、太陽を背に、ダスイー達は噴煙と乱戦へと踏み込んでいった。




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