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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
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虚ろなる牢獄 / 盗剣士ダスイー

 残りの階層は何もなかった。

 幾度も穴を掘り、床を抜け、急ごしらえの階段を抜けていった。時折、掘りやすいように場所を変えた時ですらも、ただ無人だった。死すらもすっかりと消え、遺骸もなく、石壁に飛び散っている血潮だけが、“鎧の悪魔”が通ったことを示していた。


 ダスイーは憂鬱になる頭を振るう。自分では意識出来ない疲労がいつの間にか溜まっているのだろう。息を軽く整えると、槍を杖代わりにしながら、最後の階段から足を下ろした。


 最後の階層は僅かながら、坂になっている洞窟だった。岩肌は黒く、松明の灯りに艶やかに光る。槍の石突きで突いてみると、中々固い。


「黒曜石、ですか」

「たぶんな、なんつーか、不吉だよなあ」


 金属音も高らかに降りてきたオリエルにうんざりした声を出す。オリエルは少し、目を伏せた後、ええ、と静かに返した。

 黒曜石とはこの世界に生きる者にとって死である。なぜならば地界の覇者、世界の守護者たるトロールが死を与えるものとして、素材として黒曜石を好むからだ。棍棒などに括り付けて刃とするのが普通だが、死の祭具にも使われることも多い。人間や他の種族もそれに習い、信仰に違わなければ黒曜石の装身具を死者に身につけさせる。


 棺の列を眺めているような、落ち着かない心持ちのままダスイーは歩を進める。

 先が下り坂として延々と続いていた。下れば下るほど、道は広くなり壁と天井は遠のいた。道の端には時折、小さなものがいてこちらを見ていた。よく見ようとすると消えて、また視界の隅に張り付いた。

 いらいらとダスイーは振り切ろうと足を速めたが、特にそれらは変わることなく、何をするでもなく付いてきた。


 だが、標識のようにぽつんと立っている一本の果樹の前でぴたりと止まる。それきり、それらは歩みを止めた。葡萄や桃、柘榴、そして人型の何かが乱雑に実った奇怪な果樹だった。ダスイーが疑問の声を上げようと思って飲み込んだ。さすがにこれに関わっている時間はない。


 思考を止めてそのまま進む。だが、進めば進むほど不安と危険がない奇怪なことばかり起こった。


 ダスイーは当たり前だと思った。


 トロールを象った鉛の像が、裂けて転がってた。それは時折瞳だけを動かしている。様々な生き物の髑髏で出来た頭、もぐらの上半身、炎の下半身を持つ巨大な獣がこちらを見ることもなく虚空を貪っていた。こちらにはまったく気にした様子はない。

 時折、四方から吹く風が極小の竜巻を描き、黒曜石の地面にこの世成らざる文字を刻んでいる。五つの月が幻のように浮かび、人の影を六つ分けていく。朽ち果てた七つの門を抜けた。その度に雲もないのに、天に八つの稲光が走ぬけた。

 そして、枯れて九つに枝分かれしてしまったかつて大河だっただろう小川を抜けていく。越えると、神殿が目の前にあった。巨大な骨で組み上げられた神殿は白々と黒い世界に浮かんでいる。


 そこで、やっとダスイーに違和感が広がり、あ゛っ、と間抜けな声を思わず上げた。

 通り抜けていた時間が分からない。そして、何の感慨もなく移動した、歩いてきてしまったというのがおかしかった。


「クソッ、クソッ!」

「どうしたんですか」


 まだ呆けた様子のオリエルに向き直る。顔色は悪くない、まだ死には至っていない。少なくとも自分たちの体温はまだあるのだ。


「冥界じゃねーか、ここッ! トロールのッ!」

「あ゛、あー」


 オリエルもそう言えば、という風に頷いた。滅多に会わない強大な種族であるトロールの冥界と言われてもすぐに分かるものでもない。“畑の男”の大神殿のあるこの地では耳に入ることなど滅多にないのだ。


「でも冥界のような場所なんて今更ではないですか」

「そりゃあ、そうだけどよぉー」


 返答に歯切れ悪く答える。もしも、ウィードやリオナがいれば途中で警戒が出来たかもしれない。何もなかったからいい、ということでもない。通り抜けてしまった、これから何かあるのかもしれないからだ。進むしかなかったとしても心構えがあるかどうかで、動きは変わってくるというのに。


「そもそも本物の冥界ではないのでしょう。象った巨大な神殿、といった所ですか」

「大戦紀、黒の時代、旧世界。まあ何でもいいデスが、昔の冥界神殿がそのまま召喚されたのでしょう」


 どこからか、ぬっと黒い霧が現れてそう答えた。


「そしてここが中枢」


 そういって手を広げるように、霧の体を伸ばす。すると、朽ちた神殿に火が灯った。奥を見れば、砕かれた神の像が転がっている。鉛で造られたそれはすべてトロールの神々のものだろう。金や銀で装飾されていたのだろうが、すっかり剥げてしまい黒い輝きだけを返していた。


「ワタシはここまでですね、奥には行けませんから後は頼みますよ」

「お任せください、オリエル・コークスグルトが貴方の名前を必ず取り返します」


 生真面目に答えるオリエルにダスイーはわざと鼻で笑うように答えた。


「あ゛ー、そんな話もあったなー」

「非道いッ!」


 大仰に批難する霧の怪異を見て、満足するとダスイーは骨の階段に踏み出していった。





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