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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
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失われた禁忌 / 女騎士オリエル




 剣闘士の姿は落ち着くが、少しだけ動きづらい。そんな気分を引きづりながら、オリエルはダスイーの後ろに続いて歩く。“動く鎧”から奪った手槍を持っているダスイーにはどことなく違和感がある。


 “動く鎧”は軽々と蹴散らした。二人はすでに迷宮の城、その中庭に出ていた。うっすらと雪で化粧した石畳が並んでいて、それが通路端に等間隔で置かれた、かがり火からの熱で少し溶けていた。滑りやすそうだ。ダスイーはひょいひょいと進んでいるが、その芸当はさずかに無理だ。オリエルは足の速さと力加減をわずかに調整して、ダスイーを追った。


 彼らの後ろには円状にくり抜かれた壁と胴を砕かれた鎧の残骸が見えた。ここを通り抜けるためには仕方ないことだ。時間もないのだ。

 だというのに、その壁に縋り付くように霧の怪異がなにやら呟き、こちらを攻めるように見ている。これからすることを含めて、彼は否定的だった。

 しかし、いくら視線が刺さっても、オリエルには疑問しか浮かばなかった。

普段の迷宮ならともかく、“悪魔”が通り過ぎた今なら、破壊音がしても怪物が寄ってくるわけでもない。なんの問題があるのだろうか。


 そんな考えを流しながら、中庭を進む。曇天からぱらぱらと雪が降り、小さな影が銀の羽を煌めかせて舞っている。氷の羽を持つ掌に収まりそうな小人、きっと雪の妖精だろう。彼女達は人が来てもお構いなしに、くるくると空に踊ると粉雪を落としていく。



 そんな幻のような風景をかき分けて、進むダスイーに続いた。

 妖精が彼女の頭に止まって固い兜をこんこんと叩く。それを掴もうとするとするりと逃げていって仕舞う。残るのは、無邪気な笑い声とほんの少しの雪だけだ。

 捕らえようもないものだなあ、とオリエルは少しだけ微笑んだ。


 氷の妖精の方もオリエルが気に入ったようで、鎧をこんこんと叩く。オリエルは静かに潰さない程度の速度で、妖精を手だけで追う。その前に妖精は粉雪を散らして、さぁっと逃げていく。にへへっと妖精の笑いがオリエルの耳に入り込んだ。


「なーなーなぁー、どこいくのー」

「噴水の所だよ」


 妖精の問いにオリエルは静かに答えた。ふーん、と気のない返事だけすると妖精は兜の上にちょんと乗った。面白そうに人の頭に乗っていたが、振動を鼻歌まじりに楽しんでいた。


 そのまま進んでいると噴水が水を噴き上げている庭園があった。噴水の飛沫はすぐに凍り付いてあたりに氷の破片を散らしていた。戦の準備でもしていたのだろうか、広く取った場所に投石機が準備されているが、凍り付いているばかりだ。

 ダスイーが飛沫の前で立ち止まり、体から粉雪を払い落とす。


「はじめっぞ」


 白い息を吐きながら、ダスイーがこちらに向いた。そして、戸惑ったように眉をひそめて、気配を探っている。


「あの黒いのはどこいった」

「いますとも」


 怨みがましい声と共に噴水の横から黒い霧が立ち上がる。

 それにじろりと視線だけ向けたダスイーは“動く鎧”から奪った槍でガンガンと石畳を叩く。雪が散り、白い後を残す。


「確かに、できますよ、ええ、できますよ。でも無法ですよッ! 床掘りなんて」


 壁を壊した時に、いっそ掘ってしまうのはどうか、とダスイーが言い出した。白い宝珠のおかげで、迷宮の知識はある。上下の場所なども断定できるならば、床を掘っていっても安全にいけるはずだと彼は言っていた。

 階段などは管理人に作ってもらえばいいとも言っていたので、それが手間なのだろか。オリエルは首を傾げた。


「そう叫ぶことなのですか」

「ですかー?」


 妖精が真似して続ける言葉に、霧の怪異である管理人は呻き声を上げた。


「そもそも、迷宮を迷宮たらしめるものを否定しているではないですか」


 管理人はそう呻いているが、穴を掘って攻略する迷宮など、ざらにあるものである。迷宮に飲まれた王国や古き忌まわしきトロールの洞窟などでは日常茶飯事だと、オリエルですら聞いたことがあった。

 それでも、魔術師によって作られた迷宮では冒険者達は“穴掘り”を禁忌としている。理由は知らないが、ダスイーはその禁忌を犯しても尚進む気概があるらしい。ならば、仲間としてなんの疑問があろうか。


「うし、ここだな」


 算段がついたらしく、ダスイーは闘気を纏わせた槍を床に深々と突き刺した。そのまま、円を描くようにギリギリと音を鳴らしながら石畳を裂いていく。


 それにぴぃっと声を上げて、氷の妖精はぱっと離れていってしまった。音に怖がったのか、それともこれから起こる禁忌に怯えたのだろうか。


 答えは後者であったようだ。


 半ばまで裂いた床が、みしりと割れて、底へと消えていた。半円に開いた石畳の口は黒い液体が文字通り蠢いている。闇、そのものが脈動しているようなそれは、泥のようにゆっくりと流れているように見えた。

 それから、干からびた手がぷかりと浮き上がっては沈む。瞳のような硝子球がこちらをじぃっと見ては、興味を失ったように溶けて消えた。水になら浮かばないような鉄剣が吐き出されるように、跳び上がってはまた引きずり込まれるように闇の水面に消えていく。見たこともない円形の機械がちっちっと鳴り、針のようなものを動かしていたが、一周する前にバラバラと砕けた。そして、巻き戻すようにまた同じ形へと戻っていく。

 そうしている内に段々この闇が盛り上がり始めていた。


「これは、いったい」


 蠢きにさすがのオリエルも一歩退いてしまった。霧の怪異も体を震わせて、深呼吸でもするように縮んだり膨れあがったりしている。


「世界の外にある“混沌”ですよ。そもそも無理矢理、世界の外に向けて作り出すのが魔術師の迷宮。なればその中身は大地ではなく“混沌”で構成されているわけでして」

「んでよぉー、ほっとくとこれが溢れてくるんだわ。だから危ねーし、誰もやらねー。ほれほれ、閉じろ」


 それでも問いかけに答える霧の怪異に、槍の石突きで指示を出すダスイー。傍若無人といった風だが、額に汗している。慣れない得物に闘気を纏わせたせいだろう。


「確かに、“管理人”である私なら閉じられますがネ、これはないわー」


 文句を言いながら、霧の怪異はその体をひょいと動かし、半円の混沌へと跳び込んだ。沈み込んでいくと共に、壁とはしごが混沌から構成されていく。

 それを見送りながら、ダスイーが口を開いた。


「昔よォー、やったんだがな、この手。アレが溢れて、次の再構築まで潜れなくてなあ」

「初犯じゃなかったですかーッ! ていうか、アナタでしたかッ!」


 奥からすっとんきょうな悲鳴を上げる霧の怪異を、あーあーと言いながら無視するダスイー。オリエルはふぅっと白い息を吐いた。


「これで、かなり進めますね」

「ああ、次の階層もできりゃあ、いいがな、そーもいかねぇよなあ」


 白い宝珠を手で遊ばせながら、ダスイーは答える。きっと次の階層に思考を巡らせているのだろう。


「禁じ手が使えるというだけで、心強いですが」

「そーいうの嫌がりそうだったんだが、違ぇんだなあ」


 意外そうに言うダスイーに、オリエルは首を振る。


「正々堂々立ちむかうには、迷宮というのは嫌らしいですからね」


 毒の気と四方を壁に囲まれた瞬間を思い出しながら、声を出す。少しだけ不機嫌な声に自分で驚くが止まることはなかった。

 染まっちまったなあ、と困ったようにダスイーが頬をかいた。オリエルは答えることもなく、ふんすっと息を吹き上げるだけだった。


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