殺撃の声 / 盜剣士ダスイー
“動く鎧”が石畳にいやに軽い音を響かせる。彼らの肉体は、板金鎧で作られているというのに素早く動く。中が空洞になっているためだろう。
それは走り込んだ勢いのまま、ダスイーに盾を突き出すように襲いかかる。本命は後ろに構えた、剣による刺突だろう。だが、オリエル、そしてグリセルを知るダスイーにとってはただの温い体当たりに過ぎない。
壁を片足で蹴ると、その横を滑るように通り抜ける。後ろを獲ると、体に回してただ一閃。下段から走った青い光が、がらんどうの肉体を抉るようにに裂いた。
“豆の兵士”程度の動きしかできず、少し固い程度の怪物、一体だけではなんら障害にはならない。
からからと崩れる“動く鎧”。糸の切れた人形だった。実際、ゴーレムというのはそういう怪物だ。ダスイーはその人形の頭と胴を蹴り上げる。
腹いせではない。
蹴り上げた胴、板金鎧はただ、空っぽだった。しかし、兜の裏にはびっちりと文字が刻まれている。知らない言語だが、今のダスイーにとってはどうでもよかった。ただ兜を核にしている型の“動く鎧”という確認だ。
「なんでこいつだけ、突っ込んできたんだ」
疑問の声は小さく、鎧戸を叩く風音に消えた。
その間にも金属の軽快な音が、冷たい通路にぎらぎらと響く。鎧戸を激しく揺れて、隙間から冷気が僅かに忍び込んできた。氷を叩き蹴られたような気分に、ダスイーは呻いた。
他の“動く鎧”達は狭い通路にしっかりと並んでいく。
盾を構え、槍を持ち、陣形を作っている。一列たった三体だが、ファランクスのような体勢である。そのまま、じりじりと迫ってきた。それが五列。
いくらなんでもこの数は、先程の静寂とは場違いだ。おそらく警戒音の罠と連動した召喚の罠か何かだろう。これでは一瞬で“怪物の家”に放り込まれたようなものだ。
ダスイーはもう一度、しつこいぐらい周囲を見渡した。オリエルが閉じこめられた壁が猛然と叩かれている。
ダスイーは見た。壁、床、天井、壁、壁。乾いた目が動き回るだけで、解除に使えそうな仕掛けはない。ただ黒い霧の怪異が申し訳なそうに立ちつくしているだけだ。
八つ当たりするように声を上げる。
「なんとかしろッ!」
「権限が、ないんですよぉッ! 動き終わったり停止しているなら、ともかく。動いている罠は、いじれませんッ!」
その答えにダスイーは歯ぎしりを送り返した。増やすことは出来ても、止めることはできないらしい。
もう壁から響く音だけが、オリエルの生存を知る手段だった。
それでもここを切り抜けなければ生はない。音から意思を離すと、それを“動く鎧”達に向けた。青い闘気を纏ったまま、刀身をしっかりと正面に構え直す。
そのダスイーに向けて、後三列から槍が投げられる。勢いは十分だが、体重がない分、軽い攻撃だ。切り払い、そして避ける。石壁に刺さることもなく、槍はからからと床を転がった。
この程度の攻撃ならぱ、疲労の少ないダスイーにとっては容易だ。それでも、姿勢は崩れる。
最後の槍を避けるために、床に伏せたダスイーに向けて、前二列が槍をぎらつかせながら、突撃してきた。個人の武勇に由来しない集団の攻撃だ。
逆に、ダスイーは転がるように、いや、地を這う蛇のように敵陣に向けて踏み込む。
そのまま、突き掛かってくる三つの槍をすり抜けるとふわりと跳び上がった。足を地から離す。いつもは決してしない動きだったが、今は時間がない。
落ちつかない感覚に悪態を付きながら、ダスイーはただ一瞬、右にある壁に足を向けた。その高さは“動く鎧”の頭と同じ位置だ。
二列目が槍を突き上げる前に、足が壁を叩き、体を捻って横薙ぎを放つ。
「斬ッ!」
声だけを残してダスイーが通り過ぎると同時に、並んでいた“動く鎧”達の頭があっさりと切り払われる。兜が顎の辺りから割れて、ごろりと転がった。石畳に六つ甲高い音を響かせる。
しかし、それだけだ。
頭が取れただけで、彼らの槍は着地した先に叩きつけるように振るわれた。
ダスイーは、舌打ち共に足をバネのように爆ぜさせる。そして、一歩床を叩くと同時に胴を切り払った。それで、ようやく“動く鎧”は、がらがらと空っぽの肉体から力を手放して行く。
「性格わりぃな、こいつはぁッ!」
叫んでから、転がるように槍の間合いから離れる。追撃は空を切るだけだが、刃のぎらつきがダスイーの気力を刻んでいく。
わざわざ、兜が本体の“動く鎧”を見せてから、別の型の“動く鎧”を配置する。嫌らしい上に、わざわざこの罠のために一体を犠牲にするやり口。
ダスイーは顔の筋肉が不自然に動くのを確かに感じた。
「くっそ、くっそ、解除方法も捻くれてんだろぉッ!」
「どーしましょーねー」
「他人事だなッ!」
悪態を叩きつけながら、ダスイーは脳を動かそうとする。考えているはずなのに答えは白紙ばかりで、無意味な考えが不安に混じって思考をぱらぱらと空回りさせた。
鈍く壁を叩いた音が後ろから響く。それが悲鳴にも聞こえて、ダスイー焦りを増やす。ぼろりと落ちた石がダスイーの足に当たった。
「んんん?」
後ろをちらりと見れば壁からはみ出してきているものがあった。剣の柄だ。それは壁の向こうへと一度戻ると、壁を砕いて、小さな穴を広げた。
掘っている。彼女はただひたすらに石の壁を剣の柄を叩きつけているのだ。
「はッ! マジかッ!」
驚きと喜色の籠もった声に答えて、鎚のように剣の柄が振るわれた。穴がめりめりと広がっていく。ダスイーは口の端をニヤッと引き上げた。
「うっし、離れてろッ!」
落ちてきた壁に体を向けて、ダスイーは刀身に強く、闘気を纏わせる。後ろから迫ってくる無色の殺意が、槍を構えるがまったく問題にはならない。
こちらの方が早い。
ダスイーは結論と共に青白く輝くカタナを穴の空いた壁へ向けて、振るう。斬撃は縦と横にそれぞれ一閃。重い岩のずしりとした感覚が闘気を逆流させようとする。刀身が悲鳴を上げているが、ダスイーはその流れより強く闘気を込めて、押し斬った。
十字の切れ目が出来た所に、槍が後ろから振るわれる。しかし、その単調な動きに振り向くこともなく、ダスイーは横へ跳んだ。
「やれッ!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」
ひび割れている壁から低く重い潰れてしまった女の声が沸き上がる。叫びと共に石が砕け散る。体ごとぶち当たるように剣の柄を振るっただろうオリエルが飛び出してきた。
“動く鎧”達はその石の雪崩に巻き込まれて、姿勢を大きく崩した。
手みやげとばかり、オリエルは剣の柄を胴に叩き込む。がらんどうの鎧が鐘のように派手に鳴るとひしゃげた板金ががらがらと転がった。もう動くこともない。
「助かりました」
オリエルは一息つくように声を出した。顔色は悪くない。
毒の気があるだろう、緑青色の気が彼女の足下へと流れてくるが、それだけだ。壁の奥をちらりと見れば、城外へ続く頑強極まる鎧戸は砕かれていて、冷たい雪風が吹き付けてきていた。
ふっ、と息を吐いてから、ダスイーは向き直った。
「いや、すまねぇ。こっちがトチった」
「それでも、ですよ」
静かに笑うオリエルに、ダスイーは柔らかな表情を返した。
それに割り込むように甲高い、金属の擦れる音がした。石に埋もれていた“動く鎧”達が立ち上がってきたのだ。後方に控えていた人形達もいつの間にか抜剣し、じりじりと近寄ってきていた。
数は多い。
だが、すでに二人にとっては、それだけだ。
「では、行きましょうか」
兜の面を下ろして女騎士が力強く言う。剣を柄からきちんと握り直し、盾を突き出すように前に出した。姿勢こそ“動く鎧”と同じだが、肉と血が通った彼女の構えはまるで違っている。
「まっ、後始末だわなぁ」
ダスイーは軽く答えると、彼女の横に立った。もう負けることはない。そう思いながら、彼は静かに刀身を青々と輝かせた。




