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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
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反らせないもの / 鑑定士リオナ



 暗い道の上を、ひたすらに足を動かす。怪物の群れが響かせる地鳴りはすぐそこだ。薬のせいか、疲労のためか、茫洋とした意識のまま、リオナは駆ける。ガドッカは気遣うように、リオナの後ろに付いている。きっと怪物達が追いつけば、ただ一秒でも自分を逃がすため、足を翻すに違いない。


 嫌だ。速く、速く、動け。

 そんなリオナの思考とも言えないものが現れた。寒々とした城門に向かって、その意思だけが先行していく。

 だが、それも宵よりも真っ黒い影が頭上を覆うと溶けて消える。見上げれば羽毛を持たない皮膜が、太陽の残り火に赤く映えていた。飛竜だ。目は爛々と輝き、興奮が長く伸びた尾を鋭く振り回している。

 あの尾から生えた鈎針に刺されば、次に足の鈎爪で掴まれる。飛竜はそのまま高く飛んで、獲物を落として殺す。何人、何十人の冒険者がそうして、冷たく柔らかな肉塊になった、とダスイーから聞かされていた。十階層はだから、蘇生率が低いと、嫌悪と疲労に眉を寄せていたのを覚えている。


 その聞かされた死に様が、風を切って振り回された。他人事のように、ああ、呻く。リオナのいっぱいに瞳に飛竜の影が写った。


「なんとッ!」


 ガドッカはリオナを庇わんと鉄棒を振るうが、空を行く怪物には障害にもならない。ばさりと一つ、翼を振るっただけで飛び越える。残った電光の軌跡が虚しく爆ぜて、消えただけだった。

 狭い迷宮ならともかく、空がある場所で飛竜はガドッカには捕らえられない。そうガドッカには無理だ。



「離れろッ!」



 上方から低く太い声が響いた。

 同時に飛竜の翼がみしりと歪んだ。そのまま、リオナに向けて落ちてくる。倒れ込むように慌てて避けると、みしゃりと肉の潰れる音が近くで響いた。

 獲物達と同じように息絶えた飛竜、その意外には鉄の杭が共に突き刺ささっていた。いや、これは、矢だ。すべて鋼鉄で作られた対魔獣用の一品、そしてその特有の紋様を刻んだ意匠には見覚えがある。

 そして矢が来た方向、城門を見上げれば、攻城弓がそびえている。

 矢を再装填しているのは鎧姿の集団で、そこには悠然と旗が立っている。ぎらりと輝く瞳の紋様。“鉄の瞳”、陽光騎士団と並ぶアルディフを代表する冒険者の集団、オークで構成された戦士団の証。


「“鉄の瞳”かッ!」

「機械のッ! 迎えをやったッ! 上がれッ!」


 蒸気を上げながら吹き付けたガドッカの大仰な声に、答えるのは先程の太い声だ。命令のような口調なのは癖なのだろう。様々な鳥の羽で派手に着飾った鎧に、建材めいた巨大な長槍。“鉄の瞳”団長ギーロ・ボグナイン、その人である。

 陣頭指揮を取っているのだろう、ガドッカの返事も待たず伝令に指示を送っているのが見えた。


「まったく豚め、人使いが荒い」


 飛竜の遺骸からぬるりと発せられた女の声。パッと二人は振り向く。肉が蠢き、内から裂けて血が吹き上がった。流れた血溜まりから盛り上がるように現れたのは、オークだ。血のような赤い長衣、野牛の髑髏を取り付けた杖、そして長い牙から文化圏が違うのが分かる。

 文明圏に住むオーク達は普通、産まれた後すぐに牙は抜いてしまう。オークの歯は産まれた時には生えていて、乳を吸う時、母親を傷つけてしまうからだ。なお、歯科医にやたらオークが多いのはこのためだと、ウィードに聞いたことがあった。


「こっち来い、牙無しども、血に思い切り跳び込め、転移させてやる」

「え゛ッ」

「お゛う」


 漏れるのは承認ではなく、只の濁った呻きだけだった。それに女呪術師は歯を剥いて、急げ、とだけ言う。

 リオナも、ガドッカすらも言葉無く呻きながら、嫌そうにオークのいる血溜まりへと跳び込んだ。


 足下が一瞬消えて、浮遊感が広がった。目の前が赤黒い血で埋まる。回りから音は消えていて、死体がいくつも浮いているのが何故だが遠目で見えた。

 だが、それも一瞬だ、血の海をあっさり抜けるとすでに城門の上に立っていた。下には血で描かれた魔法陣が描かれていて、時折、ぼこぼこと脈打っていた。

 流れる魔力の波動は動いている心臓を見ているようで、あまり気持ちのいいものではない。助かった喜びもそこそこに、リオナ達は魔法陣から抜け出た。周囲には岩や廃材が乱雑に転がっている。城門に張り付かれた時に落とす備えだった。

 オークの女は廃材の上に座り込んだ。大分、疲労する呪術らしく顔色はよくないようだ。


「あいや、すまなんだ、助かり」

「いいから、城門の正面へ行け、ヴィンズ様と豚が待っている」


 ガドッカの声を断ち切って、そうすっぱり言うと彼女は目を瞑った。魔力を回復させるための休憩、眠りに近い覚醒、瞑想に入ったようだ。


「お爺ちゃんが?」


 リオナは首を傾げ、ガドッカと顔を見合わせたが、別段この後の案があるわけではない。オークに黙礼だけすると彼女の指示に従っていった。


 そうして、歩いているうちに太陽は落ちきった。空には闇と大きな赤の月が昇っている。ごうっと寒い風が立てられたかがり火を揺らしていく。

 城門の上にはヴィンズ神官長が目を瞬かせながら、遠方を見ていた。視線の先には相変わらずの砂煙、怪物達が一直線に街へと向かってきている。


「じい、あ、いや、ヴィンズ神官長」

「リオナ」


 ヴィンズは屈むと、視線を合わせた。優しくリオナの体から土を払いながら、言葉を続ける。泣きそうな老人の声だった。


「すまんなあ、体は治してやることはできんのだ」

「うん、今は大丈夫だから」


 それだけ、答える。泣きつきたいのは、後に出来る。今はそうしなくてはいけないのだ。リオナは真っ直ぐと神官長の瞳を覗いた。ヴィンズはもう一度だけ、すまん、と言うと立ち上がった。


「冒険者リオナよ、お前の眼を借りたい」

「お任せください」


 静かな、強い厳かな声にリオナは丁寧に答えた。

 リオナの瞳は魔力を見通し、単純に野伏として遠方まで視界を届かせる技術を持っている。ここで、アルディフを守るのに必要な力だった。

 神妙な顔のままの、ヴィンズにリオナはにぃーっと笑う。


「ほら、大丈夫だからッ! さ、早く追い払っちゃいましょッ!」


 強く、自分にも言い聞かせるような言葉を上げる。空の元気だけを詰め込んだ声は反響することもなく、夜へと沈んでいった。それでも、リオナは広がる闇から眼を離さなかった。


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