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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
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太陽の館 / 盜剣士ダスイー

 軋む音が辺りに響く。重苦しい木の扉を押し開けた。相変わらずの味気ない闇が広がっていたものの、ダスイーが足を踏み入れると天から淡い光が注いできた。

 なんらかの魔術が仕掛けてあるのだろう。燭台や暖炉の火が主人の到来と共に輝いて、館全体を暖かな光で包む。


 おおっと二人は間の抜けた声を上げてしまう。館自体が魔法の品ということであった。だが、薄ら寒い闇の中を歩き続けた冒険者には存外な歓待だった。

 ダスイーは手近な暖炉に持っていた松明を突っ込んで、長い息を吐いた。

 明るい光の下に浮き上がったオリエルの顔はやはり血色が悪い。自分もきっとそうだろうと、硬くなった指をにぎにぎと動かした。やはり鈍い。


「うし。休むぞ、そろそろやべえ」

「ですか、では私は見張りを」

「おめぇーも休むんだよ、オリエル。いいか、ここはたぶん唯一の安全地帯だ。なんの心配もないそうだぜ。それによー、ここで休まなきゃ、後がねーだろ」


 実際、知識の宝珠に寄れば、館は強力な結界なるもので守られているらしい。魔術的にも物理的にも有効な城の中にいるようなもの、とのことだ。

 説明するのは、理解するのが面倒なので省くと、ダスイーはただただ安全だ、安全だと念押しした。


「なんなら、手頃なのがいるじゃねーか、見張り役ならよぉー」


 影のように付いてきた怪異を指差しながら、ダスイーは矢継ぎ早に言う。疲労に後押しされて、普段より硬く、押し切るように言う。


「ワタクシですか、ま、いいですが、信頼してないのでは」

「今ここでもオレら、ぶち殺せる奴なんだ。警戒しててもしなくても一緒だろぉー、めんどーなこと答えさせんな」


 そう言い切って満足したダスイーは、宝珠の知識に従ってふらりと階段の方へ向かう。


「じゃあの、寝る。あー、空き部屋はたくさんあるから、好きに使って大丈夫らしいぞ」

「ですが、あの悪魔は」


 瞳の光だけが残る顔をオリエルは向けてきた。ダスイーはふぅっと息を長々と吐いてから、平気だ、と言い切る。


「オリエルよぉー、お前さんは十五階層分、とばして来ているから分からねーと思うが」


 苦い顔を浮かべ、ぐったりとした口調で続ける。薬湯を口に含んだ後のように、枯れた声で続けた。


「十五階層ってのはなげーぞ、マジでな」


 ダスイー達が長い時をかけて下った道がそう簡単に踏破できるはずもない。再召喚で蘇った罠や補充された怪物達もいるのだ。あの悪魔でも容易く乗り越えるとは思えなかった。

 確かに、そうだと言える矜持はダスイーにあるのだ。長い時間とグリセルとウィードがそれを作り上げていたのだろう。


 よほど不機嫌に聞こえたのだろうか。オリエルはその言葉に暗く目を伏せてしまった。


「わりぃな、ちぃーと駄目だ。寝るわ」


 自身の苛つきだと、思いながらダスイーはフラフラと昇っていくことにした。




▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲




 客室である空き部屋は暖かく、よく整理されていた。寝台も実家で使っているものより質のいい。いつまでもダスイーは睡眠をだらりと続けていたかったがそういうわけにもいかない。


 普段、目が覚める時間と逆算すればあれからおそらく六時間程度立っている。オリエルにああ言ったものの、別に時間を浪費したいわけではないのだ。


 ゆるゆると起きあがり、衣服の違和感にぶるりと震えた。やはり質が良すぎるのだ。

 あの後、鎧を脱ぎ、部屋着に着替えて眠った。何故か備え付けてあったのは、この館の特性故だろう。一度、寝て起きた後だと不気味に思えるが、もう今更だった。


 首を一周させてから、思考を放棄すると、やはり備え付けの履き物を突っかけた。腰にベルトを巻き、カタナだけ吊す。そうして、するりと館を歩き始めた。


 息を潜めているわけでもないが、特に音をだすこともなくダスイーは階段を下る。冒険者、特に斥候役の習い性だ。

 ダスイーは暖かな灯りの下を抜けて人の気配へ寄っていく。わざと足音がするように歩き方を変えながら、広間へと至った。


「おう」

「ああ、おはようございます」


 やはり貫頭衣めいた部屋着をまとったオリエルが茫洋としていた。薄衣というには厚いはずだが、真っ白で装飾の少ないその服は彼女のもつ体の流れをしっかりと浮かび上がらせている。

 口笛でも吹いて、鼻の下でものんびり伸ばしたい気持ちをぐっと抑えると、ダスイーはオリエルの体調を目算する。

 こちらに近付いてくる足取りはしっかりとしているから、肉体の方は大丈夫だろう。顔色もまだマシになったが表情ばかりはやはり優れない。

 むしろ、ダスイーには彼女が小さくなってしまったように感じられた。


「やっぱ、腰のもんがねーと落ちつかねーか」

「あ、え、はい、そうですね」


 あたふたと腰元を確認するオリエルの揺れる肉体、それから頑張って目を逸らす。こんな対応をする奴でもなかったはずだ。まあ、ただ寝起きのせいかもしれないが。

 ダスイーはとりあえず分からないことはしまい込むことにした。


「よし、とりあえず倉庫で武器、探すぜ。拾ったやつよかマシだろぉ」


 そう言ってずんずんとダスイーはオリエルの横をすり抜けた。


「え、武器庫まであるんですか、ここ」


 とっとっとっ、と軽い足音がダスイーの横に付いた。どことなくオリエルよりも妹のリオナを連想させてしまう。並ぶとダスイーの方が背が高い。それに喉に突っかかったような違和感が広がるが、まあ、並ばれること自体はもう不愉快ではない。

 灰色の髪がふわふわと揺れるのを横目で見ながら、ダスイーは答える。


「武器庫つーほどじゃあねーだろがなぁ。陽光騎士団の予備武器置き場みてえーのがある。借りていくぞ」

「気が進みませんが、ここは仕方ない、ですね」


 ふぅっと息を吐くオリエル。彼女の武具はもはや拾い物が中心で、あまり使い勝手がいいものではない。特に鎧は軽装だった。魔獣から作られたそれは、革鎧としては最上のものではあるのだが、いざ戻って悪魔と戦うとなると、まだ不安だ。

 ダスイーは目線を前に戻しながら、廊下を進んだ。廊下は灯火に照られされており、深い赤で染められた絨毯を煌めかせている。

 踏むと高そうだ。みみっちい連想をしながら足を速めて、部屋に入り込む。給湯室の裏手で、おそらく本来は食料庫として作られた場所だ。雑然と武器防具が並んでいる。


「あんまり整理されてないですね」

「こんなもんじゃねぇーの、倉庫なんて」

「昔、剣闘士してた頃の武器庫はもっとこう、整理してましたよ」


 そう言いながら傷痕の残る掌で、武具を掴んでは様子を見ていく。掴んだのはまずは大型の盾だ。握りを確認し、持ち上げては具合を見ている。他にも小型の盾がいくつかあるが長方形の大盾が気に入ったようだ。


「剣闘士なんてよぉー、危ねぇーモンよくやる気になったな」

「そうでもないんですよ」


 オリエルは息を吐いて、盾をごとんっと置いた。


「武張ったことをするとはいえ、観客を楽しませるためのものです。まあ演劇の類と考えてください」


 その盾だけ、入り口の方に立てかけると次は三つ叉槍を握る。誰からも使われた様子はないが、悪くない出来なのだろう。それでも、オリエルはしばし悩んだ後、元の場所に戻した。


「見せ物の戦いってことか、この辺りにゃねーから全然わからんが」

「そうですねぇ。実戦に近いことをしますが、よほど無様でなければ助命されます。相手もプロです、うまく負けてくれますよ」


 へぇとダスイーは声を上げる。もっと一対一で死ぬまで戦うものだと、勝手に思いこんでいたからだ。その声に答えるように、オリエルは遠くを見るような顔をした後、目を瞑り、そして開いた。


「実際、私が屠ったのは獣や罪人の類ですね。それでも何人か、事故で殺してしまった身内もいますが」


 懐かしむような、淡い声が漏れた。悲しむことはとうに過ぎたような擦れた音だった。


「すまねぇ」

「いえ」


 短いやり取りだけで、しばらく二人は黙り込んで武具を漁る。カチャリと金属が擦れる音だけが場に残った。

 ダスイーが道中で投げ捨てたナイフの代わりをいくつか見つけた頃、再びオリエルは口を開いた。片手には鉄で編まれた網を握っている。剣闘士が使う武具の一つだった。


「騎士ほどではありませんが、剣闘士というのはお金と時間をかけて育てるんです。だから雇い主にとっては大きな財産なんです。

 有り難いことにそこで武術の類は学ばせてもらいました。まあ、実質、奴隷扱いですから、おかげで稼ぐまで出られませんでしたけど」


 網を元に戻しながら、ふっと笑うオリエル。壊れ物のような顔は彼女に似合わなかった。


「分からねぇな。そこまで、するこたあ、なかったんじゃねぇーか」


 浮かび上がった疑問は最初と同じだった。それでも前とは違った慈しむような声がダスイーから漏れた。

 静かに、オリエルは答えた。感情の波が少ない声が擦れて聞こえる。


「家は、コークスグルト家はもうないんです。父母は諦めています。伯爵としての再興は不可能ならば、ただただ朽ち果てていくのみと。まるで生気がなくて」


 噛むように、一度言葉を句切った。オリエルの目はすでに思い出の方へ向いているらしかった。


「兄がどこかへ仕官できる伝手は、ことごとく潰されています。ですが、それでも兄は騎士としての道を選びました。在野で、民に仕える騎士となろうと、笑ってどこかに、いってしまいました」


 すぅっと瞳から涙が落ちた。


「今思えば、私はきっと逃げたんです、父母の諦観から。

 兄と並んで、騎士となる。ただの心地よい憧れでも、良かった。

 それで、やっと並んだと、この街で思ったのです」


 涙は一筋切りだったが、言葉の震えは止まらない。


「それが、こんなのって、ないよ」


 ただの傷だらけの少女がそこにいた。武具を振るうために育った肉体が歪に見えた。途切れたせいなのか。一度の眠りで張りつめていた意思がオリエルから抜け去っていったのだろうか。

 思考は回るが、ダスイーの口は開かなかった。言うべきことが、胸の奥で突っかかった。

 出来ることなら自分も同じだと、嘆きの声を張り上げたい。しかし、それは、今じゃないはずだ。

 どちらがが踏ん張らなければ、潰れて消える。何もしてないのに、何もしてやれていないのに、それだけは御免だ。


「だから、だ」


 自分の顔もオリエルと変わらないだろう。だからこそ、やらなければならい。ダスイーは適当な重さの剣をその辺りからすらりと抜くとオリエルに押し付けた。結構な重さであるが、傷痕の残る指は普段の動き通りに受け取った。


「抜け」


 短く、それでも力を込めて言う。

 オリエルは戸惑ったまま、するりと抜く。銀色の刀身が灯火によって赤々と輝く。根本には柘榴石の装飾がされていて、鈍い赤が炎に映えるように作られていた。

 ダスイーもさっと抜刀した。そしてカタナをオリエルの抜いた剣に合わせる。


「グリセルを助ける、悪魔をぶちのめす。そうすりゃオリエル。おまえもオレも一端の英雄様だ。

 アイツに並ぶんじゃない――グリセルを追い越すぞ」


 一方的に言い切ると、刃と刃を合わせて高い音を鳴り響かせた。

 オリエルは言葉を聞き、固まっていた。いや、これが何かといぶかしんでいるのかもしれない。


「金打だ」

「きんちょう、ですか」

「あ゛ー、なんだ、あれだ。要はこの鋼の音で約束しましたってことだ。ほら、騎士の誓いみたいなもんだよ」


 そういえば金打はカタナを譲ってくれた祖父から教わったことで、身内でしか通じない風習だった。

 とんでもない間抜けをしたんじゃないか、と顔が火照るのを感じる。


「騎士の誓いですか」


 じりっと止まったまま、柄をぎゅっと握る。

 ははっと力なく漏らす。そうしてオリエルは顔を上げた。灰色の髪がさらりと流れ、意思の宿った青い瞳がようやくこちらを向いた。


「それでは破れません。オリエル・コークスグルト、必ず果たしましょう」


 剣を騎士の礼のように構えた。そして涙の乾かないまま、オリエルは気恥ずかしそう、口の端を振るわせて、えへへと笑う。

 その顔に、ダスイーも同じものを返した。


 上手く立ち上がれたかは、ダスイーもオリエルも分からない。だが、立ち上がったのは確かのはずだ。分かる必要もない。あとはやるだけの話だ。

 二人がさっと刃を納める。もう一度、静かな部屋に鋭い音が朗々と響いた。


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