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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
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遺骸の街 / 女騎士オリエル





 薄闇の中、松明の僅かな灯りが三つの人影を浮かび上がらせた。


「協力しようというのですよ、ダスイーくん」

「はァァァン、何言ってやがる、いや何知ってんだァ、おまえ」


 霧の怪異に刃を突き付けたまま、ダスイーが闘気を青々と輝かせた。目はじりっと焼け付くような殺意が宿っている。疲労によるいらつきによるものでもない、本気だ。

 その様に管理人はばたりと外套をはためかせて、手を振っては黒い霧を散らした。


「まあ、そうそう硬く成らずに」

「質問に答えろッ! いや黙れッ!」


 油汗すら掻きながらダスイーは理不尽に言い放ち、不作法に刃を振るっていた。オリエルが止める間もない。刃すら見えない一刀だった。

 そう、ダスイーは確かに霧の怪異を断ち切って、外套の先まで薙いだ。


「痛くはないですが、怖いんですよ、それ」


 自身の中をすり抜けた刃を見ながら、霧の怪異はぱっかりと赤い光で笑う。

 ダスイーは怯まず舌打ちと共に、一閃を放つ。真っ青な光が辺りを一瞬、暖かく輝かせる。それでも霧の怪異は姿を霞ませるだけで、その場に留まっている。


「クソッ」

「止めておきなさいって、通じたら私だって苦労しませんよ」


 管理人は肩をすくめた。そして、ため息のように、ふぅっと黒い霧が吐き出した。


「そうですね。ここは相手をするだけ無駄でしょう」


 怪異に向けていた片刃剣をオリエルはさっと納めた。躊躇いはあまりなかった。


「おい、正気かッ!」


 警戒したまま強い声を叩きつけてくるが、ほうっと息を漏らしてから反論する。


「正気です。管理人さんがこちらを害するつもりでしたら、我々は死んでいましたよ」

「ハッ、“願いの悪魔”の類なら、まさに今から攻撃開始ってところだろ」


 望みを叶える代わりに、魂を奪っていったり、拗くれた悲劇としてその願いを成就させる古典的な悪魔をダスイーが説いてきた。


「昔、昔、ある村でってな。干魃の時、“願いの悪魔”に雨を願ったら洪水が起きて何もなくなっただの、よく聞くだろう」

「ダスイー殿、割と私のこと馬鹿にしていませんか」


 さすがにムッとしながら、オリエルはダスイーを睨んだ。疲労が怒りを誘っているのを理解はしているが、波打った感情が抑えられないほど、理性も摩耗しつつある。

 ダスイーはハッと笑うと言葉を続ける。松明の灯りを浴びて瞳が鈍く揺らめいて見えた。


「冒険者でも、よくある話だぜぇー。仲間の蘇生を頼んでみたら、そいつが吸血鬼になっちまったりよぉー」


 カタナを握る腕が動いている。戦士の型が乱れるというのは、感情もまた同じように揺れているのだろう。オリエルはその過去にあっただろう事に、さすがに口をつぐんだ。


「つーか、悪魔なら、“名前が言えない”っつーのは道理だぜぇー。弱点だからな。こっちの土俵に引っ張り込んで、ぶっ飛ばすのに必要だしよぉー

 てめぇがぶった切れねぇーも、悪魔だから、だろ? 上のアイツと切った感じが良く似てるぜ」


 悪魔の絶対とも言える不死性は、この世界から外れた存在であるためだと言われている。それを名前という存在の根源である言葉でもって、この世界に堕とす、ことができるらしい。


「確かに立場が良く似てますから。誤解もやむなしですが」

「というと?」

「普っ通ぅーに聞くなよぉー、おい。人の話聞いてっか?」


 ダスイーは脱力したように言葉を漏らす。


「そうですか? 特に問題はないですよ。嫌な感じもしませんし」


 顔をすっとなぞってからオリエルは、のんきな声で答える。

 敵意があるなら裂傷が痛む。悪意があるならもっとドロッとした不快感がある。オリエルはその感覚をよく知っているし、信じている。


「はァァァー。うん、もう好きにしろ。お前らのソレは信用してるから」


 そう言って頭をがっくんがっくん振るダスイー。合わせてカタナから青い闘気がハラハラと消えていった。あ゛あ゛ーっと低い声を上げてから、どんよりとした顔で得物を納めた。


「決まりですね、では、まあ落ち着いた所でご案内しましょう。体を休めるには良い場所がありますからね」


 軽い様子で管理人と名乗る怪異は言う。そしてするりと歩き始めた。二人を先導するように、無造作に背中を晒している。大仰なほど、隙だらけの後ろ姿だった。


「ここまでやるか」

「中々、剛胆ですね」


 呆れたように息を吐くダスイーとほうっと感心するオリエル。二人は並んで、霧の怪異の後ろに付いた。


「ああ、しかし、こうして誰かと話すというのはいいですなあ、ワタクシ、ここ数年、話せていませんからねぇ」


 独り言のようにぽつりと漏らすと、そのまま霧の体を揺らめかせながら進む。音もなく、滑るような歩みだった。


「最後に話した記憶は、そう、あの忌まわしきガラハム・イーナンですからなあ、いやあ、面白みがないこと」

「あ゛ッ?」

「えっ」


 からかうような軽く楽しげな口調で、霧の怪異は言葉を落とす。ぎょっとした冒険者の様子が楽しいのか、かんらかんらと笑い声を長く響かせた。


「まあ、ワタクシ、奴に“名前”を奪われてしまいましてね」


 松明を掲げて進む二人に語りかける。怪異が歩く先はだんだんと崩れた石畳へと変わっていった。横には焼け焦げた柱が無造作に並んでいる。通り過ぎる度に、灯りによって長く細い影を落としては、直ぐさま闇に溶けていく。



「貴方は――」

「ええ、かつては、精霊だとか神だとか、言われる何かだったそうですが、もはや、それも覚えていません。まあ、覚えておりませんので、悪魔である可能性も、否定はできないのですが」


 同じような闇をまとい、怪異は進み続ける。確実だが、ここに居ないような動きのまま、するりと石畳を滑っていく。

 そうして、碑の建った十字路を真っ直ぐ通り過ぎた。嫌に焦げた臭いのする建物の跡が目と鼻についた。痛々しい火事の跡そのまま放置された、それは松明の光だけで再び燃え上がりそうな気すらした。


「そうして拘束されて、この迷宮を管理させられているのですよ。直接戦いはしませんがね、いちいち召喚装置を動かしたりとか、詰まらない召喚の報告だとか、もううんざり」


 怪異は気にせず、語りかけながら抜けていく。するすると進む様は遅く見えるが、体力の削られた二人は追うのだけで必死だった。

 気が付くと、だんだんと石畳はまた荒くなると崩れた道となり、柱は消えて再び荒野に戻ってきていた。


「ワタクシはその軛から解き放たれたい。貴方達に頼みたいのは迷宮の底にしまい込まれたワタクシの名前を取ってきていただきたい。報酬は協力で支払いましょう」

「迷宮の底って、そんな所行ってる暇あるわけねーだろ」


 疲れ切ったようなダスイーの声に、ハハッと笑う霧の怪異。


「いやいや、ダスイーくん。君が求めている大切な名前だってあるんじゃあないですかね」


 二人の冒険者は顔を合わせる。二人は小さく口だけ動かした。行くか、行きましょう、と短い受け答えだった。もう、お互い、それで十分だ。

 オリエルは口を結び、再び真っ直ぐ前を見た。

 寒々とした荒野の中では松明の灯りは弱々しく、力はない。だが、まだ前に進むだけの熱は残っている。


 その小さい光に照られて、黒々とした石造りの建物が見えてきた。領主などが街に作る頑強な館を連想させる。門番こそいないが、硬く冷たい石の門が行く先を閉じていた。


 管理人は門の前に素早く立つと、くるりと回り一礼する。


「さあさあ、ここが終点、太陽騎士団の秘密基地でございます」

「なんつーか、でけぇ秘密基地もあったもんだな」


 疲れた口調でダスイーは答えた。普段なら、何故この場所だの知っているかと、疑問を叩きつけるだろう。おそらく、疲労感がその思考を放り捨てた。管理人を名乗っているのだ、分からないということもない。すでに諦めてことを進めているようだ。


 彼は無造作に腰から乳白色の宝玉を取り出した。前に突き出して、掲げると門がズルズルと重い音を立てて、ゆっくりと動き始めた。

 ほうっと感心の息を漏らして、オリエルはその様子を眺めた。


 音と共に開らかれていく館、その眺めはオリエルにとってはどことなく懐かしい作りだった。古典的な頑強な作り、そして相反せず並ぶバラの庭木があった。彼らは迷路のような庭を作り上げている。薄闇の中だというのに立派に育った白いバラが、松明の光によって幽玄に浮かび上がった。


 わずかな甘い香りが届いた時、また息をついた。気持ちがすっと凪いでいく。かつてのコークスグルト家でも、白バラはよく育てていた。これ程、見事でもなく香りも弱いものだったが、ただただ大輪の花を咲かせていたものだ。


「おい」


 声をかけられて前を見る。すでに、ダスイーが大分と奥へ進んでいる。彼がずかずかと歩いた跡が、館の石畳を汚している。

 それがオリエルを引き戻した。濡れたブーツで荒野を歩き、作りだした辛酸の後だ。そうだ、まだ、ここは迷宮なのだ。

 きゅっと口を締めてから、オリエルも汚れた足で薄闇の中へと踏み出していった。 

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