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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
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奈落の灯火 / 盗剣士ダスイー



 ゆっくりと、そして足早に二人は螺旋階段を静かに下りきった。足の疲れと冷えがじっとりとまだ張り付いている。

 二十一階層と階段を分けていた鬼面をあしらった鋼鉄の扉は壊されて床に転がっている。松明に照らされた瞳が赤々と輝き、恨めしそうにこちらを睨んでいるように見えた。

 ダスイーは、それでも視線をちらりと向けるだけであっさりと踏み越えた。


「ここからは、大分違うからな」


 外套を被りながら、後ろにいるオリエルにぽつりと警告した。返答を待たず、足を早める。見れば分かることだ。

 そうして、扉だった場所を抜けようとすると、前から強い風がぶわりと吹いてきた。松明の炎が強く揺れた。

 そうして抜けた先には、ごうごうと吹きすさぶ寒風と黒々とした大地が広がっていた。いつくもの岩が丘のように連なり、転がっている。所々、焚き火の灯りが見えた。その回りには、人影のようなものがいくつも座り込んでいる。

 強風から目を庇いながらオリエルが口を開いた。


「これは、いったい」

「二十一階層はよぉー、“外”みてえ場所なんだ」


 そう言ってダスイーは上を指差した。天井のあるべき所には、空があった。中天には丸く真ん中を抉られたような太陽が浮かんでいる。


「日食、ですか」

「ああ、ずっと薄暗ぇまんま。真っ暗より、闇が見通しづれぇから気ぃつけろよ」


 ダスイーがここに最後に来たのは、赤銅竜との戦いの前だ。記憶はきっとあてにならない。陽光騎士団の持っていた“知見の宝玉”アルグズィノーからの知識、そして人々が踏みしめて出来た道だけが頼りである。

 それでも、松明を高々と掲げながらダスイーは薄闇の荒野にずかずかと踏み行った。


 いくつかの岩場が厳しいだけで、何事もなく拍子抜けするほど順調に二人は進んだ。

 警戒しているものの、怪物らしい怪物はもういないようだ。上半身の吹き飛んだオーガの遺骸を避けながら、そう確信する。

 あの悪魔の所業だろう。ただの戯れか、戦力確保のためかは分からないが、今進むには有り難い。


 白い息を吐きながら、ダスイーは思考を巡らせた。


 そう、あとの問題はこの寒さと体力だ。

 休む地点まで持つか、もし到着しても二人では見張りも容易ではない。だが、休まなくてはならないだろう。ただでさえ消耗は激しい。それに予想よりも風が冷たい。手持ちの装備では寒さをしのぐには少々不足している。


 参った。

 口に出すこともできない。ダスイーもオリエルもその気力はもう既に使い果たしていた。薄暗さと松明の灯りが隠しているが、お互い顔色もよくはないだろう。しかし、黙々と歩くことしかできない。そうして進んでいく足の代わりに考える力が止まっていくのを感じながら、焚き火の横に差し掛かった。


 黒くわだかまったような人影達がぼうっと火を囲んでいるだけで、何をしてくるわけでもない。外套に付いている頭巾を目深に被っているが、中から真っ黒な塵をぼろぼろとこぼしていた。

 真っ当な生き物ではない。しかし、危害を加えるわけでもなく、こちらに一瞥するだけで焚き火の方へ向き直った。

 オリエルも、ダスイーもその様子を確認するだけで通り過ぎることにした。


 あとはその繰り返しだ。

 日食の淡い闇のに転がる道に転がるオーガやリザードマンの骸の山を越え、焚き火ばかり見ている人影の横を抜けていく。時折、ブーツごしに伝わる、ごつごつした大地の感覚だけが、変化ある刺激だった。

 時折、強く吹きすさぶ寒風が岩肌を削ったように、二人の口数と気力をこそぎ落とていく。


「方向は……」


 ダスイーは懐から乳白色の宝玉を取り出して、中に仕舞ってある知識と現在地を確認する。示す知識から目標の休憩地点が割り出された。脳裏に浮かんだ、地図上ではもう少しだ。縮尺がおかしいのか、全然進んだ気にならない。


「合っている。大丈夫だ」

「分かりました、もう少しですよね」

「ああ、あと少し、あと少しだ」


 何度目になるか分からない、同じやり取りだ。


「いけませんね。どうも気弱で」

「ああ、気が弱るというのは頂けない話です。気力とは魂の力でございますから。これが弱くなると、“魂喰らい”どもの格好の餌になってしまいます」

「そんな怪物がこの階層にいるんですか」

「ええ、彼らに魂を喰われたなれの果てはあなた達も見たでしょう。まったく哀れなものですよ」


 聞いたことのない問答、そして声だ。萎えた気力が吹き上がり、全身から吹き上がる悪寒に咄嗟に振り返る。カタナではなく、肩から吊した投げナイフに手を掛けながら、振り返る回転の勢いをのせて、投げつけた。


 オリエルの横を銀の光が貫いて、それに突き刺さった。


「危ないではないですか。まあ、こちらも不作法でしたが」


 突き刺さったナイフを顔のあるべき場所からぬるりと引き抜くとそう文句を言う。

 それは黒い霧のような体を外套で包み、片手には青白く光るランタンを持っていた。黒々とした霧で出来た手に握ったナイフをからんと地面に落としながら、それは悠然とダスイーの方を見た。頭部には顔というのはなく黒い霧が吹き上げているだけではあるが、それでも視線を感じたのだ。


「何者だッ!」


 先程とは違う低く重い声だすオリエル。跳ねながら一転し、その怪異に刃を向けた。


「ふーむん、申し訳ありません。ワタクシ、故、有って名乗れませんが、そうですね。まあ、管理人といった所でしょうか」


 怪異がそう言うと黒い霧の顔が裂けて、にぃっと赤い光を放った。どうにも、笑っているようだった。

 その笑い方は、あの悪魔を想起させる。ダスイーは思わず身震いした。それでも、カタナを抜けるように腰を落とし、柄に手をかける。ダスイーが気合を入れると闘気が青白く輝き、鞘走りを待った。

 その様子に怪異は赤い光を納め、慌てたように真っ黒い霧で出来た手の平を待てとばかり広げた。


「ちょっ、ちょっちょっ、ワタクシは別に戦いに来たワケではないのですよ」

「はぁ、それでは一体、何を」


 純粋に首を傾けるオリエル。ダスイーは構えを解かず、闘気をカタナに収束させたまま様子を見た。

 確かに敵意はないだろう。もしあれば既にオリエルは奇襲を受けているはずだ。


「赤銅竜を打ち倒した徒党の一人、貴方に耳寄りなお話があるのですよ、ダスイーくん」


 黒い霧の怪異はそう言うと、また、にぃっと赤い光を出した。








 申し訳ありませんが、次回から隔週更新になります。

 次回の更新は1/22(日)を予定しています。

 ペースは落ちますが、これからもダスイー達の冒険は続けていきます。ゆっくりとお待ちください。

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