太陽を積みながら / 剣英ダスイー
グリセルが笑いながら、鍛錬場を鎧姿のまま動き回ってた。並べられた壁や平均台、敵を模した案山子の間をするりと抜けたり、跳ねたりする。ダスイーは苦笑しながら、それを見た。女々しい記憶だな、ともう一人のダスイーが呟いた。
竜と戦う前は日課だった二人の鍛錬だ。鎧を来たまま、長時間動く。かなりの疲労と熱中症などの誘発、それの対策や慣れのために続けなければならない。
長いこと続けていたせいか、日は大分傾いていた。あと少しもすれば大地にたどり着き、赤々とした夕闇が広がることだろう。
ざざっと足を止めて、ニカッとグリセルが笑った。もう一周を終えたらしい。
「どうだい、前より速くなったかい?」
「足運びは前よりいい。けど、ちょい遅いなぁ。疲れてきてんじゃねぇーのか」
「むぅー、そっかあ」
不満げに唇を尖らせる。二年も前だ。まだまだ、グリセルも子供っぽかった。あまり変わらんのではとは思う。一応、今は表情をちょっとは取り繕うようにはなったらしいけれど。
「もう休めよぉ」
そう軽く言って、ダスイーは握っていた練習用の鉄剣を軽く構えた。
そして、近くに転がっていた丸い石をひょいと蹴り上げた。誰かがスリングの練習に使ったものだろう。石工に加工されたもので、その辺りの石を使った時より投射距離が違う。鉛球などを使うこともあるが、やはりただの石は格安でこちらを愛用する冒険者は多いのだ。
「よっと、とと」
その丸い石を鉄剣の刃にのせて転がす。球遊びの要領で、刃の表裏、剣の腹から柄頭にぐるんぐるんと石を回していく。かつて祖父の鍛錬をサボって練習したものだ。
「おお、うまいね。それじゃ、僕も」
石を蹴り上げて、グリセルも剣の上で遊ばせる。石は不格好で、磨いた球体ではない。バランスが難しい所だが、それを上手く制している。鎖帷子がじゃらじゃらと揺らしながら、はっ、ほっとダスイーに倣った。
しかし、柄頭にのせようとした所で、ころんと石は落ちていく。
「難しいなあ。んー、コツとかあるかい?」
「割と、なんか勘でやってたからなあ、なんともな」
「むむむ。あ、丸い方なら」
そういってグリセルは石を探して剣にのせる。しかし、どうも上手くいかない。逆にごろごろと転がり落ちていく。角張っていた方がグリセルには具合がいいようだ。
「うううん?」
「けけッ、さすがにコレはなあ。真似できねーだろ」
特に何の益にもならない技だが、得意げにダスイーは胸を張った。最後に剣の腹で、コンっと石を跳ね上げる。素早く鞘に剣を納めて、落ちてきた石を手で掴む。
不満げにグリセルは膨れると、石をかき集める。
「なら、これは出来るかな」
「おいおい、なにするつもりだ」
「こうするッ!」
掴んだ複数の石を一気に空中に放り投げた。そこに練習用の鉄剣で突く。石は剣と比べれば軽く、ただ吹き飛ぶはずだった。
だが、突き掛かったグリセルの剣は石を貫いて、すっぱりと割った。そのまま真っ直ぐ他の石を突き刺して、裂いていく。
ばたばたと練習場に割れた石が転がった。
「どう?」
「お、おう? どうやったんだ、これ」
「なんか勘、だよ」
ニカッとグリセルは笑う。ダスイーは自分の頭をわしゃわしゃとかき回す。
「グリセルぅー、おまえ、お返しのつもりかぁー」
「ダスイぃぃぃい、そっちが教えてくれれば教えるよぉー」
グリセルはダスイーの物まねしながら答えると剣を納めた。眠りかけた太陽を反射して、赤く輝いた。黒々とした夕闇がそこまで迫っている。
「あ、やべ、そろそろ帰るぜぇー」
神殿に預けていたリオナを引き取りにいなくてはならない。訓練場からは近いが、あまり遅くなると、神官長の有り難い言葉に襲われる。実にめんどくさい。
「おお、気をつけて。僕はもう一周してくるよ」
「こんな暗いのに、か? あぶねぇーぞ」
「そんなに暗いからだよ」
迷宮の中は薄暗いから確かに訓練にはいいかもしれない。ふーん、と鼻で返事をする。ダスイーは一応の納得すると手を振った。
「ま、無理はすんなよ、それじゃ、またな」
「ああ、また明日っ!」
ぶんぶんと腕を振ってグリセルは見送ってくれた。ダスイーは一度だけ振り返ったが、薄闇の訓練場に彼の影は見えなくなってた。




