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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
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わかれ道 / 盜剣士ダスイー




 それは横腹が抉れた時に似ていた。痛みより、戸惑いよりも力が抜けていく感覚がダスイーを支配していた。五感が鈍くなり、夢の上を歩くように定かではない。 それでも、ダスイーは熟練の迷宮冒険者だった。染みついた動きと、定型の観察眼を残している。オリエル達を無言のまま、先導した。誰もが無言だった。

 のろのろと後ろに続く大剣使いは仲間を背負っている。極度の疲労が噴出したためだろうか、狐目の男はぐったりと動かない。


 ダスイー達も何もしゃべることはない。いや、できなかった。

 あの忌まわしき悪魔に、グリセル・コークスグルトの魂は囚われている。あの後、ウィードがそう口走った。呪術師である彼女の見解を抜きにしても、確実だった。


 たとえアンデッドと化していても、死体に戻すことで蘇生はまだ可能だ。しかし、あの悪魔を打ち破ることは不可能に近い。方策がない、闘気をまとったカタナでも、腕一本すら断ち切れない。


 ダスイーは大きく首を振って、思考を拒否する。今は、どう生き残るかが重要だ。ここで死んでは、アンデッドの仲間入りだ。幸い、あいつらが追ってくる様子はない。

 感覚と慣れに任せて、滑りやすい洞窟と通路が混じった二十階層を進み続ける。見慣れた罠を避けながら、時折、徘徊するアンデッド達を切り捨てていく。

 だが、それもとうとう終わった。


 がらんと大きな穴が空いている。その中には記憶通り、螺旋状の階段が続いている。二十一階層に続いているが、壁や石段はところどころ砕けている。巨大なものが通った痕跡だ。体躯から予想すれば、先程の悪魔だ。


「おいおいおいおい、おいおいおいおいおい」


 ぞっとする連想が、ダスイーを惰性の世界から解放した。

 そうだ、何故考えなかったんだ。あの女盗賊、ラーハは三十階層で悪魔に出会った。形容とかじゃなかった。あいつだ。ここは二十階層、そして動く死者となったグリセル達を引き連れていた。一つしかない。

 追ってこないのではない。元々ダスイー達のことなど眼中にない。悪魔の目的は別に冒険者を弄ぶことではない。そんなものはついでだ。


 悪魔の目的は地上に出ることだ。


 かつての赤銅竜と同じだ。その災厄を振るうことも含めて。赤銅竜と違うのは、奴が暴れれば爆発的にアンデッドが増えるということだ。おそらく手慰みとしてアルディフの街を壊滅させてもおかしくない。下手をすれば、ノエン地方すら終わるかもしれない。


 地上に出すわけにはいかない。


 オリエルは階段の傷をなぞっていた。ウィードはダスイーの肩に手をかけた。二人とも同じ考えに至ったようだ。


「“帰還石”を使いなさい」


 ウィードは断定するように言う。

ダスイーは腰から房飾りのついた黄色の宝玉を取り出した。“帰還石”。使う意思さえあれば、神殿へと一瞬で空間転移させる。神殿で生み出される奇跡の品だ。

 しかし、“帰還石”は所持者と所有物のみが対象だ。


「一人で帰れっつーのか」


 戻れるのは一人だ。ウィードとオリエルを置いていくのはダスイーの選択肢にはない。


「ウィードよぉ、おまえが使え。相当参っているだろ。」


 ダスイーは持った宝玉を押し付けるように突きだした。“豆の兵士”、茨の壁や毒抜き、体力共有の呪術、そして男二人を引っ張り回して逃げていた。ウィードと消耗は大きい。枯れたような顔色はいつも以上に悪くなっている。


「私も、賛成です。一度、地上に説明できるものが帰らないと被害が、増えます」


 青白い顔を極力動かさないまま、オリエルは言う。ダスイーは彼女にも戻って欲しかったが、ここは後衛を優先する。竜殺しにも参加した古参の冒険者、呪術師の見解ともなれば、説得力が出る。

 ウィードは申し訳なそうにすると宝玉を掴んだ。


「待ってくれ」


 割り込んできたのは、大剣使いだ。その背には大分参った狐目の男がいた。


「ああん、なんだよ、おめぇ」


 ダスイーは思わず柄に手を添えた。“帰還石”の奪い合いを予想したためだ。財宝の分け方をはじめ、冒険者達の同士討ちというのはこと欠かない問題だ。


「いや、こいつを一緒に戻してやれないか、背負ってくれれば戻れるんだろう」


 ぜいぜいと息を荒くする狐目の男。外傷もない極度の疲労で死にそうになっている。魔力や闘気の使いすぎた状態に似ている。


「確かにそうやって死体なら運んだことがあるけどよぉ」

「確か、帰還の奇跡は自分が持てる限界までだから、そうね」


 専門家であるウィードがしばらく考え込む。


「いっそ、ばらしちまおうぜぇー。デカブツは頭だけもってきゃいいだろぉ」

「おい」


 巨漢とダスイーは睨み合う。今にも抜きそうな雰囲気だったが、ウィードはそれを押し返した。


「大きな人が私を持って、“帰還石”を使う、それでいきましょう。この二人を庇って動くなんて無理でしょう」

「まあ、それが無難か、死人増やしてもめんどーなだけだしよ」


 巨漢は何か言いたげにしていたが、すまん、と小さく礼を言った。ウィードは肩をすくめると巨漢に寄る。


「助かる、頼むぜ」


 大剣使いがウィードを抱き上げた。粗雑な引き上げに不満げなウィードだったが、今はその体力も惜しかった。


「俺達はとりあえず、二十一階層の休憩部屋へ向かう。正直、こっちがどうするかは後回しだ。何も思いつかねえ」

「分かったわ。地上は任せて」


 二人は手慣れたように言葉をつづる。一瞬だけ、ウィードのくすんだ金色の瞳と、ダスイーの爛々とした緑眼が絡み合う。

 どちらともなく、ふぅっと息を吐いた。


「それじゃ、またね」

「ああ、またな」


 ウィードは黄色い宝玉を、巨漢に渡す。ぱりんっと“帰還石”が割れた。草の香りが迷宮の中に広がった。夏のような暑さが広がり、澄んだ黄金の光がぱぁっと輝く。光の中へ、三人の姿はすっと消えていく。途端に黄金の光は、ぱっと消え去り、がしゃんと黄色い宝玉が迷宮の床に落ちて、ぶすぶすと音を立てて灰へと変わった。

 後には静寂と、幽かに残った青臭さが鼻をつくだけだった。

 それを思い切り吸い込む。ダスイーの思考と感情は未だに絡まっている。切り替えることもできない。

 それでもダスイーとオリエルは歩みを進める。わずかな足音だけ後に残して、ゆっくりと階段を下りていった。





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