表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
17/83

悪魔   / 女騎士オリエル




 オリエルは遠くから近付いてくる光を見る。人の影は三つ、そして人ではあり得ない、通路を埋めるほど巨大な異形が一つ。あの圧迫感、近付いてくるだけで、びりびりと肌が震えるようなイメージが伝わってくる。

 一人、潰された。持っていただろう松明が落ち、異形を真っ赤に照らした。

 盲目の深海魚を思わせる顔面、生々しい赤口に並ぶ鋭い歯、板金鎧のような外皮、長すぎて床を擦る両腕、“巨像”もどき、だ。

 異形は一度、止まると潰れた人間に吐息を吹きかけた。

 意味は分からないが、それを好機とばかり、残りの二人が走り込んできた。


「どけっどけっ」


 一人は地上でダスイーと打ち合った大剣使いの男、もう一人は狐のように細目の男だ。大男の方がこちらの存在に足がもつれた。そのまま、狐目を巻き込んで、ダスイーに向けて滑り込むように転ぶ。

 ひょいと跳んでそれを避ける。曲芸師のような動きだった。


「また、てめぇかよぉー、邪魔ばっかしやがって」

「おま、おまえ、こそ、くそっ!」


 よろよろと立とうとする大男と狐目、ウィードがそれを簡単に引き上げて、後方へ引きずっていった。やはり呪術師離れした良い筋肉だ。


「来きます、ウィード、もっと下がって!」


 冒険者の死体で遊び終わったのだろう。異形はこちらに興味を示した。床を手で思い切り叩く。異形はこちらに跳躍した。壁の端をがりがりと破壊しながらも、目の前にまで跳んでくる。


「ア゛ア゛ッ!」


 自分でも不気味に思うほど、低い唸り声が吐き出された。咆哮と共にオリエルは相手の動きに合わせて、突き掛かる。自身の力を一点に集め、相手の力と重量をも貫通力に変換する一撃だ。


「ア゛ア゛ア゛ッ! グッ! ガア゛ッ!」


 のしかかってくる衝撃。震える腕と崩れそうな足腰を、叫び声と共に支えきる。

 鎧のような皮膚を抜いて心臓の位置へと突き刺さる。それを一度だけ捻って手放す。生物ならば致命傷。しかし、異形は苦痛の声を上げて、腕を振るう。深く差し込んだ剣をそのままに、オリエルは後ろへと跳んだ。それでも目の前には血に濡れた異形の拳が広がる。

 衝撃が全身に走った。ダスイーのような曲芸は無理だったが、拳に吹き飛ばされることで軽く体を打っただけで済んだ。

 鎧が軽い分、攻撃に重さがのらない。板金鎧と違って、踏ん張りが弱い。慣れない軽装鎧では、これの相手は厳しい。しかし、やるしかない。


 また振るわれる拳。狭い中で振るわれたものは、視界を圧倒するように覆い被さる。横からダスイーがカタナをかざして受け流す。後ろに跳ばされることもなく、闘気の刃がざっくりと殴った拳を引き裂いてた。


「武器、死体から!」


 こちらの動きをしっかりと見ていたダスイーの指示に従い、休憩地点だった場所に戻る。冒険者の円盾と鞘に収まったままだった片刃剣を貰う。円盾は小さいながらずっしりと重い鉄製だ。

 そこで少しだけ、冒険者が身じろぎしているのが見えた。先程は気がつかなかったが生存者がいるのだろうか。

 だが、後回しだ。あの異形に止めを刺してからだろう。あの狭い中では相手は動きは悪い。広い場所で戦ったのなら、下手をすれば敗北する。ここで仕留めなければ、後々邪魔になることは必須だ。


「すまない」


 小さく謝ってから、戦場へと戻る。

 ダスイーの刃は確実に異形の肉体を裂いているようだった。しかし、傷は浅いようだ。それでも普通の生き物なら血を失い、体力を失う。しかし、あの異形、血も流さない。肉と肉の断面は鎧のような表皮と同じ銀色をしている。

 赤々とした口を持ちながら、血は通っていないのだろうか。そして血を通わす心臓、いや内臓を持たなければ、あの突きも致命傷にならないのも道理だろう。

 そして、ダスイーの与えた傷もみるみるうちに治っていく。肉と肉同士が瞬く間に盛り上がり、傷を埋めていく。生物ではあり得ない回復力、トロルやヒュドラでもこうはいかない。


 オリエルは思い至ったこの異形の正体を口にする。

 血の通わない、異形の怪物。人を模した形を持つもちながら、人から、いや世界の法則から外れたもの。悪夢の顕現にして現出した悪徳そのもの。外より来たる神とも呼ばれ、存在すら禁忌とされるもの。


「悪魔めッ!」


 人が何万も、何千もそついらをそう呼んで罵った。決まってそう呼ばれた者達は、笑うという。“巨像”もどきの異形も外れることはない。造られたような低い音で、嘲るような笑い声を上げていた。

 傷付いていた体が笑う度にぶくぶくと盛り上がり再生していく。


 ダスイーは笑っている内にオリエルの横まで下がった。


「くそッ、馬鹿、言うなよ。人間が相手するもんじゃねーよ」


 そんなダスイーの悪態に哄笑すらはじめる悪魔。

 笑ったまま、ウィード達がいる方向を指差した。そしてぐるりと円を描いた。赤黒い光がウィード達の後方に円上に広がり、そこからオークの遺体がごろりと転がる。目は砕かれ、頭蓋から漏れた脳がもぞもぞと不自然に蠢いている。体についていた装飾品、彼らは人の首や頭蓋で出来たそれすらも、もごもごと動いてた。

 臭いはひどいもので、明らかに腐敗が始まっている。しかし、虫食いなどはない。蛆ですら沸いていない。こうして虫が寄りつかないのは、アンデッドの特徴だ。



「召喚魔術ッ!」


 ウィードが思わず叫ぶ。召喚魔術とは別の場所から自分に従属する存在を呼び出す魔術だ。高位の魔術であるが、悪魔ともなれば行使できるのは、不思議ではない。

 アンデッド・オークはよろよろと動き出すと、ウィード達のいる方へ向かってきた。

 後方を守っていた“豆の戦士”達が命令通り、松明で打ちかかるが、炎を受けても動じた様子はないが、損傷は受けている。元々の肉体がひどく損壊しているせいで、“豆の兵士”達でも対応できているようだ。


 悪魔は笑いながら、召喚魔術を行使する。また赤黒い円が浮かび、アンデッド・オークがよろよろと現れた。損壊は少ないそいつは、持っていた鉈を横薙ぎに振るうと味方ごと“豆の兵士”達を叩ききった。

 上下に分かれた“豆の兵士”達とアンデッド・オーク。肉と木の破片が飛び散り、床を汚す。“豆の兵士”達は縮んで、動かなくなる。アンデッド・オークの上半身はぞりぞりと床を這うが、その動きは緩慢になっている。そして、切り離されたせいか、下半身の方はぴくりとも動かない。


「遊ばれている、うちに、下がれ。ここは取りあえず押さえる」

「分かりました」


 絞り出す声に頷き、警戒しながら下がっていく。

 悪魔とは移り気だ。圧倒的な力を持ってすれば、一瞬で全滅することもありえるだろう。敵が本気でない今ならば逃げられる。


 無力だ。オリエルは唇を噛む。しかし、戦闘は目的ではない。今は兄の救出だ。


 前衛をダスイーと“豆の兵士”に任せると、悪魔に背を向けて走り込む。


 視界にはウィードと疲労で立ち上がれない男達、そしてそちらににじり寄る二つの死体があった。オークを元にしているだけあって力は強いが、動きは鈍い。大剣使いが万全であれば、対処できただろうが、そうもいかない。

 オリエルは彼らの横を通り抜ける。そうて、盾を構えながら、死者達に刃を向けた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ