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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
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ひび割れた癒し / 盜剣士ダスイー




 ひどく霞んだ子守歌が耳朶を叩く。

 胸には暖かな感覚が広がり、安らぎすら感じる。ぬるま湯のようなモノにダスイーは寄りかかっていた。人の持つ体臭にわずかにミントのような香りが混じっている。

 心地よい匂いだった。

 それを消すように、頭が揺れ動く感覚で目が覚めた。ダスイーは誰かの背の上にいた。しょぼしょぼと目を動かす。磨かれた石のような髪が目の前に広がっている。

 思わず顔を上げた。

 離れていった、柔らかな匂いが名残惜しく感じてしまった。

 オリエルの背の上のようだ。こちらの身じろぎに反応して、歌を切り上げた。そうして、こちらを向いた。


「大丈夫ですか」

「すこし、つかれた、だけだ。おろしてくれ」


 答えを聞かず、よろよろとした様子で降りようとする。だが、そのまま崩れるように頭から床に落ちた。衝撃はそれほどでもない。


「ダスイーさん、本当に大丈夫ですか」

「あ゛ー、くそっ、しまらねぇなあ」


 屈んで、手を差し伸べてくるオリエルに苦く笑う。今まで気にしてもいなかったが、革鎧に包まれたぴっちりとした胸がダスイーの目の前にあった。毒だ、猛毒だ、と目を背けながら、手を取って立ち上がる。

 血を巡らすように、ぽんぽんと跳ぶ。体に異常はない。生命力も大分戻ってきている。戦闘になっても問題なさそうだ。


 周囲をざっと見渡す。二十階層の通路、一本道だ。場所を推測しつつ、隊列を確認する。前後を守るように奇妙な小人が二人ずつ、立っている。豆の蔓で編まれたような体を持ち、松明を構えている。

 前を見ていたウィードが振り向く。疲れた顔をしていた。


「“豆の戦士”かぁ」

「ええ、護衛が足りないので造ったのよ。久々だけど」


 “豆の戦士”とは、ウィードが得意とする呪術の一つだ。それは簡単な前衛を豆から作り出す呪術だ。しかし、その戦闘能力は大したことはない。そして歩くか戦う程度の命令しか出せない。また豆から戦士が成長をするを待たなければならない。

 浅い層では前衛として役に立っていた“豆の戦士”も、深い層ではたまに罠に突撃させたり、囮に使うぐらいの選択肢しかない。それでも緊急時に使い捨てていい“豆の戦士”は、便利な呪術ではある。


「今、安全地点まで向かっているところよ。とりあえず大休憩、取りましょう」

「いや、今からでも平気だ。いけるぜぇ」


 出来れば休みたいが、ダスイーは軽口を跳ばした。元気だ、安心しろという強がり。ウィードは口に手を当てて、苦笑いした。


「君は寝てたからいいけど、私たちが持たないでしょ。今は見張っておくから、部屋についたら、交代してね」


 二十階層の安全地点はグリセルと共に作り出した最後の休憩室だった。これより先は地図こそあれど、正確には知らない。

 目標地点は三十階層、現在の到達している階層では最深部だ。下手をすればこの迷宮の底かもしれない。

 今この階層でしっかり休むべきだろう。ダスイーが頷くと、ウィードは前を向いてまた歩きはじめた。“豆の兵士”も合わせて、動きはじめる。押されるようにダスイーも足を進めた。

 オリエルはダスイーの横に並んだ。近くに来ると先程の香りが漂ってくるようで、気恥ずかしい。誤魔化すように口を動かした。


「どれくらい、寝ていた?」

「正確には分かりませんが、まだ三十分ほどかと」

「割と早いな」


 意外そうに言うダスイー。普通、生命力を絞り出せば、半日寝ててもおかしくはない。回復力には自信があるとはいえ、いくらダスイーでも早すぎる。


「ウィード殿が呪術で治療してましたからね」

「つーことは、共有の呪術あたり、か。また迷惑かけちまったなぁ」


 あの夢の中で神官長へ掛けてた呪術だろう、と予想する。付き合いは長いからたぶん合っているだろう。ダスイーもウィードもお互いの手札はよく知っている。知っていなければ、簡単に死ぬのが迷宮というものだ。

 オリエルを横目に、ミスったなあ、とぼやく。こいつのこと知らない。だが、わざわざ情報を突き回すのも、今更だ。

 考えがまとまらないダスイーに先んじて、オリエルが口を開いた。


「そういえば、兄はアルディフに来て、どうでした」

「どうでしたって、そりゃ、まあ、グリセルだった」


 噛み合わない。前方でウィードが頭を押さえて、杖で床をドンと叩いた。


「うおっ、だいじかぁ」

「不調ならば、変わりましょうか」

「ああ、うんほんと、平気だから。君達は心配しなくていい」


 駆け寄ろうとする二人に、しっしっと腕を振るウィード。足取りはしっかりしている。何より“豆の兵士”のコントロールも悪くない。問題はなさそうだ。まあ、大丈夫だろうと目算した。

 ダスイーは癖で一度、後方確認してから、口を開いた。


「なんで、また、んなこと聞くんだ」

「背中から兄の名がなんども聞こえたのです。しかもうなされているようでしたし、それで、少し」


 オリエルの目線が下に向いた。こいつも心配なのだろう。それを、覚えていないとはいえ、自分の声がその不安を煽ってしまった。


「あ゛ー、ま゛あ゛、あれだ。少し、嫌なこと思い出したんだよ」

「そう、ですか」

「そう、おめーの兄貴が砂糖細工の城、頭からかじってるとこ」

「ぶふぅッ!」


 不意打ちに吹き出し、オリエルの視線がこちらに戻ってくる。こいつとも大分話せるようになったなあ、と思いながらダスイーは言葉を続ける。


「あんときゃあ、ドン引きだったぜ。領主様んとこのパーティん時だったなあ。普通、ああいうのってお飾りだろう、それを削ってバリバリ食ってたんだぜ」


 地域によっては普通に食べる貴族もいるらしい。そういった地域ではかなりの高級品であり、黄金を食べるようなものだった。その豪華さに価値があるのだ。

 しかし、砂糖が南部から簡単に手に入るアルディフではそこまでの価値はない。普通の調味料である。そしてここで出される砂糖菓子というのは、パーティの後に砕いたものをお土産として渡されるのが慣習だ。


「なんというか、相変わらず甘党ですね」

「しかもその城っていうのが領主所有の城でなあ。丁度天守閣に当たるところを、領主の目の前でむっしゃむっしゃしてた」


 赤銅竜退治の戦勝会なので、問題にされなかった。だが、パーティの後、神官長にとっぷりと怒られていた。


「にいさぁん」


 情けない声を出すオリエルに、ダスイーはにやっと笑う。


「んで、地元ではどうだったんだ、グリセルは」

「ああ、はい。兄は、剣の神童でした。幼くして斬鉄の剣技に至りました」

「いや、そういうんじゃなくていいぜ。そーいうのは、よく知っている。もっとくだんねぇーことでいいんだ。あいつが話しそうもないことで頼むわ」

「はあ」


 フォローしようと出た褒め言葉を打ち消して、ダスイーはオリエルをせっついた。


「兄は斬鉄を覚えた後、楽しくなって雨の中、跳ね回って風邪を引いた、とか」

「あいつ、昔からだったのか。雨、好きなんだよなあ。酔っぱらうとたまにやるぜ」

「なにしているんですか、兄は」

「グリセルはグリセルしてんだろ」


 はあっと長い息を二人で吐く。脳裏には、無邪気な笑みと澄んだ青の瞳、研いだ石のような灰色の髪が浮かぶ。純真な子供のような男だった。


「相変わらずですね」

「ああ」


 だが、奴は遠い。ダスイーは呻くように天井を見上げた。竜殺しの英雄、貴種の風格を持つ男、かつては手に届く位置にいたのに、もうそこにはいない。


「普通なんですけどね、そういう所は。でも、見ていないと遠くにいってしまう」


 そう言ったオリエルを見れば、ダスイーと同じ目だった。置いていかれた者の瞳だ。違うのは今も追いかけていることだけだろう。いや、追い越そうとしているのかもしれない。この女、オリエルの強情な性格なら、そうするだろう。

 羨ましいとも、妬ましいとも違う感情が少し芽生えた気がした。ダスイーは何か言おうとして、口を開けて閉じる。


 ウィードが止まっていた。“豆の兵士”達が松明を武器として構えている。辺りには砕けた木片、椅子や藁が飛び散っている。

 近くには壊された戸が、部屋からだらんと繋がっている。弛緩した死体が伸ばす舌のようにも見えた。

 見覚えがある。グリセルと共に安全地点にした部屋の戸だ。


「チッ」


 怒気を込めて、ウィードと豆の兵士より先に行く。これだけのことをする相手は“豆の兵士”では力不足だ。時間稼ぎにもならないだろう。


 気配を探るが、生きているものの気配はない。中を覗くと、ひどいものだった。冒険者の死体がごろごろと転がっている。無造作に、砕かれた肉体は、かつての竜の爪を受けた冒険者を連想させる。

 おそらく長期間の滞在を予定していたのだろう。追加されただろう寝具が並んでいる。その上には散乱した食料、水樽や酒樽がゴロゴロと転がっていた。

 酒はすっかりこぼれて、辺りを黄色や赤に汚している。ワインとビール、ラム酒などが混じり合っている。酒に弱いダスイーは嗅ぐだけ酔いそうで、思わず口を覆った。

 血の臭いは酒のせいで消えているが、気分が悪くなるのは変わらなかった。


 そして近くで悲鳴が聞こえる。こちらに近付いて来ている。言葉は人間の、ノエン地域に伝わるもので、アルディフでの公用語だ。前のような、迷宮に住む野蛮なオークではない。


「まだ、続いているようですね」


 剣を構えるオリエルに、ダスイーは頷くと横に並んでカタナを抜いた。逃げるにはもう遅いようだった。





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