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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
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青の茨 / 盜剣士ダスイー




 鬨の声というものがある。声を使うということは筋肉の活性化には大切なものだ。それは動く死者であっても変わらない。

 先程までの足音と違い、遅々とした動きではない。力強い足音が響く。すばやく切り込んできた革鎧が、短剣を握り締めている。首が逆さまだというのに、軽快な斥候や盗賊役特有の動きはおそらく生前通りものだ。

 ダスイーは悪態をつくと、生命力をぎゅうっと、更に強く刀身へと込めた。闘気となった生命が青い海のような光を放つ。そして、十字路に飛び出す。


「しゃっアッ!」


 かけ声と共に刃を走らせた。逆さまの首は、その一撃をぎりぎり掠めるように避けた。しかし、かすっただけで、青い閃光が走った。そのまま、光が革鎧の全身に走り回り、爆ぜて散る。

 死霊を動かす負の生命力に、正の生命力を元にした闘気を叩きつけた時、特有の反応だ。正負の生命力が接触すると相殺し、その力を削り会う。ダスイーが強く、闘気を込めた一撃は死体を青い光に包むと静かに動きを止めた。

 しかし、それはダスイーにとって利点ばかりではない。


「くっそ、強いぞ、こいつら」


 光を失った刀身にもう一度、生命力を込める。汗が額に浮かんだ。

 相殺によってダスイーが与えた闘気もごっそりと失われていた。単体なら楽な相手だが、この数となると生命力が削れてしまう。


 通常、アンデッドとは魔術や怨念によって作り出される。それらは負の生命力を遺体や魂に込めて、動かしている。存在の位階が強ければ、動かすための込められた負の生命力も強くなる。それを相殺するとなると消耗が大きすぎる。

 闘気を使いすぎれば、生命力が枯れて貧血のようになる。かといって、これほどの強さを持つアンデッドに闘気なしで立ち回るのは厳しい。全力をつくせば打ち倒すこともできるだろう。だが、まだ奥に行かなければいけない。


 思考を回すが、敵は待たない。味方を犠牲にすることで一気に、突撃してきた四人の戦士達が、通路を埋め尽さんと得物を振る。

 左手を軽く振るい、真っ先に突いてきた槍を受け流す。そのまま、踏み込もうとするダスイーに、他の死者達から無造作に得物が振るわれる。軽々と避けられる程度の速度だが、数が多い。舌打ちと共に後ろに跳んだ。


「お゛お゛お゛お゛ッ!」


 擦れた鋼のような声が、踏み込みと共に響く。ダスイーに変わってオリエルが前に踏み出したのだ。

 それに対応するのは槍使いだ。飛び出してきたオリエルの喉を狙う。それを彼女はわざと、ぎりぎりの所で避けた。革鎧を掠めているため、苦痛に目を歪める。それでも、槍を切り払った。穂先が叩き折られ、落ちる。しかし、そのまま棒としてオリエル目掛けて振り下ろす。


 横に避けようとすれば、手斧や剣の攻撃が待っている。死者だというのに位置の誘導、戦術がある。だが、彼女はそれを覆す。沈み込みように低く相手目掛けて跳んだ。


 近付いた彼女に振り下ろされる得物は勢いが乗り切っていない、ただの木の棒だ。逆に彼女は体当たりと同時に振り上げた剣を深く相手へと切り込んでいた。片手で振るったというのに鎖帷子を裂く程の一撃だった。深く腐肉を抉り、骨を断ち、内臓だったものをどろりとこぼした。


 生者ならば致命傷。だが、死者は動く。

 戦士の死体は生前の記憶のまま、棒を手放すと拳を振るい、オリエルを床へとたたきつけた。他の戦士達がそれに合わせて、切り込んでくる。

 ダスイーはカタナを振るい、それを牽制する。接触すれば活動を停止させることが分かっていた動く死者達はぴくりと動きを止めて、下がる。


「助かりました」

「ああ。しかし、やべえな」


 立ち上がり横に立つオリエルに答える。

 視線の先には、小さな影が並び立っているのが見えた。コカトリスのアンデッドがしっかりと近付いてきた。

 小さな影は戦士達の足下を通り抜けて、寄ってくる。跳躍と同時に羽ばたく。それによってわすがな距離を飛び上がった。コカトリスの死体が通路一杯に埋め尽くされる。

 石化対策をしているのはオリエルだけだ。これは死んだろうか。ぼうっと頭にリオナのことが思い浮かんだ。


「城を守れ、我が茨、永久の安息を覆すな」


 それを沈ませる、暗い黄色い光が放たれた。右の壁から伝わった茨がぐんぐんと伸びると通路一杯に広がり、壁へと変わる。そのまま飛び上がってきたコカトリスを網のように捕らえた。茨は暗い光に包まれているが、コカトリス達の爪や嘴に触れると光を失って、石へと変わってしまった。

 杖を構えたウィードがいる。彼女の茨の呪術だ。触った物に巻き付く効果もある。確かに、ぐるぐると何匹か捕らえているのだが、コカトリスの蹴爪と苦痛を感じない死者の肉体には無力らしい。壁がどんどんと削られて、壊れていく。石となり、ひび割れて床に落ちた。

 崩壊は予想より早かった。ぼろぼろと崩れていく。


「これは無理。逃げ切れそうもないわね」

「チッ、ケツでも突かれたらたまらねぇな。仕留めっぞ」


 ダスイーはウィードに目を向けた。

 視界の隅に一度だけ、マンティコアの石像が見えた。その苦悶の顔を見ると胸のあたりが重くなったような気がした。


「ダスイー」


 気遣うようにウィードが肩に触れる。すまん、と小さい言葉だけを漏らす。息を整えて茨の壁が邪魔している間にカタナと闘気をしまうと、息を整えた。


「アレをやる。終わったら、あとは頼んだ」

「分かった。任せなさい」


 ウィードと視線を交わし、うなずき合う。オリエルは戸惑っているようだが、説明している時間はあまりない。

 茨の壁は石と化して、ひび割れいく。下から崩れて、こっこっこっと鶏の声が血や腐肉と共に飛び散った。コカトリスの死体は石と化した茨に体を先ながらも通り抜けてくる。


「遊びて覆え、我が茨、汝の庭はここにあり」


 再び暗い黄色の光が浮かぶ。ウィードが呪いをつむいで解き放ち、茨を伸ばす。先程と違うのは、自らの腕から茨を発生させていることだろう。


 それが幾本も細く伸びて、死体達を少しだけ刺していく。だが、動きは止まらない。壁とした茨より細く、頼りないものだ。


「よし、逃げるぞ」

「え?」


 戸惑った様子のオリエル。説明には少し時間が足りない。ウィードは既に先行し、周囲に茨を広げている。

 手を引いて、その茨を踏みながら進む。茨は鋭いがきちんと補強したブーツならば問題ない程度の鋭さだ。ウィードがうまく調整してくれているのだろう。

 追いつくと後方の茨は棘を鋭く伸ばし、太く長く変わっていった。


 同時に後ろからばりっと以外と軽い音、石が転がる騒音が響く。とうとう壁がすべて砕けたのだろう。

 相手は上下左右すべてにみっちりと広がる茨も気にせず突撃をしてくる。アンデッドというのは機械的、あるいは衝動的に動くものがほとんどだ。正常な判断ができないものが多い。普通ならば、罠も疑っただろうに。

 ざくざくと茨に刺さりながら、腐肉を散らし群れが通路全体を覆った。


「刺さった、よ」

「よっし、そのままだ」


 ウィードの絞り出すような言葉にダスイーは茨の元をぎゅっと握る。長い息を吐き、そしてもう一度、強く吸い、吐く。汗が滲むが、それすらも絞るように強く叫んだ。


「滅ッ!」


 黄色の光の上を統べるように群青色の闘気を流す。色濃く、触れなそうなほど強い存在感を放つほど強めた闘気だ。水の、いや波のような音を立てて茨の絨毯を流れていく。そして、すべての死体に叩きつけられた。


 目の前が一瞬、真っ青に輝いた。波の引くような音を立てて、光が迷宮を駆けて消えていく。ばっと爆ぜた後、死体達がぴたりと止まり崩れ落ちた。茨を利用して動かしていた負の生命力を空間ごと相殺し、消し去ったのだ。


 ダスイーは脂汗と共に膝を突きそうになる。生命力を使いすぎたのだろう。引っ張り回したオリエルが支えようとするが、ずるずると床に下がっていく。崩れていく体を感じながら、全身から疲労を吐き出していった。





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