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鋼の声で歌って  作者: 五部 臨
鋼の声で歌って
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迷い路の交差  / 盗剣士ダスイー



 枯れた下水道は湿り気だけを残していた。

 下水道といっても、その水道の広さは大通り程広く、周囲は所々に灯りが見える。遠目には街灯のようだが、おそらくは“ウィル・オー・ウィスプ”と呼ばれる小型の怪物だ。雷光の塊といった怪異で不用意に近づくと罠が配置してあったり、その熱量で持って体当たりしてくる。そうして増やした死体から発生するガスを吸い、そのエネルギー体を維持していた。


 そんな危うい光に頼るつもりはダスイーにはなかった。ダスイーは片手に灯火を掲げる。

 揺らめく火に合わせて、一人きりの影が伸びていく。


 歩きながらダスイーは着ている革鎧をかくように動かした。背負った大きな荷物袋が食い込んで痛むし、さすがに蒸れる。革鎧が古いせいもある。だが、そもそもこの忌々しい場所が快適なわけがない。

 ここは“鎧の迷宮”、邪術師ガラハム・イーナンが剽窃した知識と物品が封じられたダンジョンの一つだ。

 普通の建物と違い、地下に階層を伸ばす迷宮だ。しっかりと狂気のような精緻さで建造で作られているようだった。その上、それを地図に起こしても嫌らしい迷路になっており、歩く人々を惑わしている。

 しかし、ここはまだ五階層。比較的地上に近い場所である。とうの昔に踏破されて以来、大したものは見つからない。慣れた冒険者にはただの通り道にすぎない。靴底で磨かれた石畳がそれをよく示している。

 

 現に前方から落ち着いた面持ちの冒険者達がやってきた。最低限の警戒はしているが、過度の緊張もない。


 見知った顔だった。

 顔の付いた太陽があしらわれた黄金のバックルは鎧姿でもよく目立っていた。彼らは陽光騎士団と名乗るだけあって、戦士達は煌めくほどに磨き上げられた板金鎧を纏っている。馬上で身につけるような板金鎧は、普通、長時間歩くことなどできない。だが、その鎧は軽量で固いドワーフ鋼を使っており、疲労を軽減し、なおかつ高い防御力を持っている。その上に纏った外套は銀糸が入り交じったもので、魔術に対して僅かながら耐性を持っている。

 鎧を着ていない者達も軽視されているわけではない。先頭の斥候である女盗賊が着ている、ぴったりとした黒い革鎧。あれは確かただの牛革でなくカトブレパスのもので、石化を無効にする。後ろから二番目を行く魔術師らしき、真っ赤な頭髪をした男は防具こそ最低限であるが、燃え立つような紅玉の埋め込まれた杖を持っていた。おそらくは火炎魔術の補助に用いるのだろう。



 先頭から二番目の男が軽く手を上げた。リーダーのグリセル・コークスグルトだ。兜の覆いを開けてこちらに向けて笑いかけてくる。無骨な鎧を纏っていても人の良さが滲んでくる。灰色の髪が僅かに見え、青く澄んだ瞳が真っ直ぐとダスイーに向けられる。


「やあ、久しぶり」

「おう、ずいぶんだったな。どうだ、調子は」

「まあ、それなりだよ。そっちは?」

「ああ、よくねぇな。仕事は尽きないぜ。今日もお一人様、ご案内だ」


 背負い袋を指差すダスイーは疲れを息と共に吐き出した。ダスイーの仕事、すなわち冒険者の死体回収だ。グリセルは拳を額に当てて短く祈りを捧げる。他の陽光騎士団も神妙に一人一人、それに続いた。迷宮に潜る冒険者に死は付きものだ。いつ自分と仲間を奪っていくか分からない。

 それでもこの遺体はまだ運がよい。仲間達が回収を依頼してくれるのだから。


「心配すんな。状態は悪くないさ。生き返るだろうよ」

「そうかー! それは良かった!」


 にっこりと子供のように喜ぶグリセルの様に、思わず微笑が漏れる。

 その視線のスミで、盗賊の娘がこちらを何か言いたげにしていた。あまり良い感情は抱かれてないのだろう。頬をかいてゆっくりと息を吸った。


「じゃ、ぼちぼち行くわ。復活の確率下げるわけにもいかんしなー」

「おおっと。そうだね。じゃ、ダスイー君、また地上で!」

「おう、またな……幸運を」

「幸運を」

 

 互いの拳を軽く合わせる。薄汚れた革の手袋と、上質な籠手が不釣り合いだった。

 奥へと進む陽光騎士団。きらびやかな装備が松明の光に輝いて、通り過ぎた。


 ダスイーとグリセルは同じパーティだった。もう二年も前の、短い期間だった。

 別れたのは実力差と方向性の違いからだ。グリセルは奥底にあるというガラハム・イーナン討伐への手掛かりを求め、ダスイーは冒険者特例である無税特権とその日の糧を求めた。その差は合わせた拳だけを見ても如実だった。

 別れたことに後悔はないが、もやもやとしたものが広がってくるのは止まらない。

 仕方ないさ。呟いて薄く笑う。握りしめた拳が革手袋を僅かに軋ませた。




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