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決戦! 「ジュエリー」総司令 その1

 目の前の光景にあたしは思わず自分の目を疑いました。

 

『前回のあらすじ


 「ジュエリー」の組織の謎を解いた神懸美子は、ナンバーワンを除く全てのメンバーを撃破。だが、その時、生徒会室の空間に異様な文字群が浮かび上がっていた』


 そう。まさにこの文章。明朝体で書かれた「前回のあらすじ」が、室内をふわふわ舞っています。


 怪し過ぎですね。


 でも、まあ、残るは、「ジュエリー」のナンバーワンただ一人。わけのわからないことは後回しにして、サクッと部活動ファイルを調べてしまいましょう。


 あれ?


 部長に該当者がいません。どういうこと?


 まさか平の部員? いやいや、ありえない。きっと部に所属していない何らかの権力を持った人です。「エリ」という名前でそれに該当する人といえば……。


 わからないから、やっぱ今日は帰ろうかな。


 そう思って生徒会室を出ようとした時です。


「お待ちなさい!」


 突如として、あたしを引き止める声が室内に響き渡りました。


「誰?」


 あたしは辺りを見回しましたが、広大な生徒会室の中には、あたし以外に、意識のある人間は一人もいません。


「せっかくマンガ風に派手派手しく盛り上げてあげているのに、あなた、少々淡白過ぎはしませんか。部活動ファイルに載っていなければ、生徒会組織図を見るなり生徒名簿を見るなりしたらどうです。こちらは、あなたが何か閃いた時のため、わざわざ『電球マーク』を用意して待っていたのですよ」

「さっきから妙な映像やら文字やら出しまくってるのは、あんたね」

「私は場の雰囲気を最高潮にするのが趣味なのです」

「いったいあんたは誰なの? 出てきなさいよ」

「私は『ジュエリー』のナンバーワン。『ジュエリー四天王』の筆頭。そして、『ジュエリー総司令』の作戦参謀」

「『ジュエリー総司令』ですって? そんなの初耳だわ」


 あたしは姿なき声の主に向かって、そう言いました。──あと一人やっつけたら終わりだと……終わりだと信じてたのに。


「ジュエリーは、それを身に付ける者が存在して初めて、真に光り輝くのです」

「ちょっとお、出てきなさいってば!」


 声はすれども、姿は見えず、というのは非常に不気味です。


「お望みとあらば、姿をお見せしましょう。ただし、立体映像ですけれど」


 すると、ぼうっとした人影が、生徒会室の一角に浮かび上がりました。


「ああっ! あんたは!」


 あたしは思わず叫びました。背中まで届く赤茶色の髪、異様に長くしかも黒い睫毛、切れ長の大きな目。こんなに目立つ特徴をもってる人は、あの人しかいません。うちの学校には、エリ峰田さんの他に、超有名なハーフがもう一人いるんです。全生徒を代表する立場にあるあの人が。


「私は、エリ・エリ・レマ・サバクタニ・イトウ。──通称『エリ伊藤』と言えばおわかりかしらね」

「当然知ってるわ。生徒会長だもんね。加えて、何だか知らないけどいっぱい賞をもらった天才科学者でもある。──なるほど。こんな立体映像なんて、あんたには朝飯前のことかもね」

「あら、朝御飯はしっかりいただいてますわよ」


 ビミョーな返しが来ました。無視します。


「うっかりしてたわ。『エリ』といえば真っ先にあんたを思い出さなきゃならなかったのに。あんたが、あたしを襲えという指令を、『ジュエリー』に発していた張本人なのね」

「そうです」

「なぜ、あたしを狙うの?」

「邪魔だったものですから」

「なんであたしが邪魔なの? 峰田さんが言ってたけど、あたしが『ジュエリー』の未来に災いをもたらすから? ──そんなのあなたにどうしてわかるのよ?」


 伊藤さんの余りに理不尽な言いぐさに、あたしは怒りを覚えつつ問い質しました。


「私が峰田さんにそう言ったのは、あなたを襲わせるための、単なる口実に過ぎません。本当のところ、私には『ジュエリー』の将来なんてどうでもいいのです。なぜなら、私が『ジュエリー』を結成した元々の目的が、あなたとその仲間を打倒することにあるのですから」

「え?」


 それってつまり、「ジュエリー」のためにあたしを襲ったのではなく、あたしを襲うためにそもそも「ジュエリー」があったってこと?


「今まで『ジュエリー』の傘下の人達に好き放題させてきたのは、この私の壮大な計画の最大の障害となる人間を捜し出し、除去するための手駒になってもらうためだったのです」

「それが『ジュエリー』の存在意義? だけど、なんであたしが……」

「あなたの疑問は、私と話していればいずれ消えるでしょう。しかし、核心に触れる前に言っておきたいことがあります。──私の命は、もうそんなに長くはありません。脳に先天的なややこしい欠陥があって、現代の医学でも直せないんです」


 いきなり伊藤さんが、悲しげな表情を浮かべ、衝撃的な事実を言いました。どう反応したらいいのかあたしにはよくわかりません。あたし、暗い話って苦手なんです。


「ですが、私は一人では死にません。どうせ死ぬものなら、自分の意志で、そして、華々しく地球上の全ての生物を道連れにして死んでやります。それが私の悲願!」


 おやおや、今度はとんでもないことを言い出しましたよ。同情の余地が一瞬でゼロになってしまいました。


「そんなこと、できるわけないでしょ!」

「まだ気付きませんか? ──『選ばれし者』のくせに……」

「『選ばれし者』って何? 勿体ぶらないでよ。ただでさえこんがらがってるんだから」

「捜しましたよ。泳ぎながら眠ることのできる人間を」

「へ?」


 胸がズキンとしました。ヤな思い出をつついてきますね。──それにしても伊藤さん、ころころとよく話題を変える人です。


「この学校に、泳ぎながら眠ることのできる人間は5人います。あなた以外の4人はまだ確認できていませんが、この学校にいることは確かです」


 つい先日、どこかで聞いた話ですね。おぞましい人達の記憶が、鮮明に蘇ってきそうなので、これ以上は考えたくありません。


「その5人は、この学校に来ることを宿命づけられていました。2年半前、それを知ったあたしは、直ちに来日し、執事の名を借りて、この学校を買収したのです。そして、執事を理事長の座に就かせるや、自ら生徒として入学し、豊富な資金と理事長の権力とを利用して、将来の部長候補を集めたエリート生徒集団『ジュエリー』を結成しました。メンバーを全員『エリ』という名で統一したのはご愛嬌ですが」

「……」


 いや、きっと「エリ」を10人揃えるのに並々ならぬ執念を燃やしてたと思いますよ。中賀さん共々。なんかさっきからの無駄に頑張った演出を見てると、そんな気がしてなりません。


 伊藤さんが続けます。


「短命であることを宿命づけられた代わり、知能指数400の超天才として生まれついた私は、科学者となって、8歳の時から、NASAで超次元通信の研究に携わってきました。その傍らで片手間に取得した特許は数知れず。ロイヤリティーの収入だけでも年間数千万ドルになります。──ですが、その程度の業績で死んでいくのは嫌でした。私にも超天才としての意地があります。せめて世界征服クラスの偉業をなし遂げてから死にたいと、常々考えていました」

「はあ」

「2年半前のことですわ。私は超次元アンテナの実験中、実用化されていないはずの超次元通信の信号を、偶然キャッチしたのです。信号の内容を解読し、それが水の発したSOS信号だと知った時、私は、これだ、と叫びました。最後の研究にふさわしいテーマを見つけたからです。地球上の全生物を道連れにして死ぬという壮大なテーマを。──手段はとっくにおわかりですね」

「いいえ」


 そうあっさり返事すると、伊藤さんがあきれたような顔をしました。


「知らないふりは、もうしなくていいのですよ。私は何もかも知り尽くしてしまっているのですから。──答えは一つ。水を殺すのです」

「水を、殺す?」

「あくまで知らないふりですか。ならば、言って差し上げましょう。──地球上の水は、全体で一つの生命を持っています。この地球上の全ての生物は、水の生命を借りているに過ぎません。水が死ねば、全生物は一瞬にして滅び去るのです!」


 あれ、これって、どこかで聞いた台詞。そうだ! 女子水泳部の人達が言ってたことと、そっくり同じじゃありませんか。極めて突飛な話なもんで、心になかなか滲み入ってきませんが、変態4人組と伊藤さんの話の符合、妙に気になります。──これはマジな話なのかもしれません。一応、理解に努めてみなければならないでしょう。


 まず、伊藤さんの目的は、女子水泳部の対極にあるみたいです。するってえと、伊藤さんがあたしを狙う理由ってのは……?


 ああっ! もしかして、あのインチキくさい水泳戦隊スイレンジャーの排除?


 とすれば……。


 あたしの頭の中で、数々の謎が一気に解きほぐされていきます。たとえば伊藤さんは、「ジュエリー」の結成の動機を、あたしとその仲間を打倒するため、と説明しました。あたしの仲間って誰のことなのか、ちんぷんかんぷんだったんですけど、今となっては、女子水泳部の連中のことだとはっきりわかります。


 要するに、水が発したメッセージを傍受した伊藤さんは、水を殺して、地球上の全生物と心中しようと思い立ったけれども、同時にそれを妨害する勢力として、スイレンジャーがいることも知ったわけです。それで、スイレンジャーが集合するというこの学校をわざわざ買収し、自らも生徒となって「ジュエリー」を組織した。──スイレンジャーをやっつけるために。


 で、泳ぎながら眠れる生徒を捜したものの、なかなか見つからない。ところが2日前、1学年の水泳大会で、泳ぎながら眠ったバカを発見した。これがスイレンジャーだと確信した伊藤さんは、直ちに「ジュエリー」の傘下の人達に、あたしを襲えと指令を出す。その刺客の第一番手に指名されたのが、こともあろうに女子水泳部の部長だった。


 まあ、事の次第はこんなもんでしょうね。勿論、女子水泳部の部長は、「ジュエリー」の真の目的なんて、全然知らなかったと思います。ターゲットのあたしが、泳ぎながら眠った人間であると知って、慌てて「ジュエリー」の命令に逆らい、部員達と一緒になってあたしを仲間に引き込もうとしたんでしょう。


 やった。話の辻褄が合いました。バンザーイ、バンザーイ!


 だけど、ホントに水が通信したり、死んだりしますかねえ。伊藤さんも女子水泳部の連中も、みんな夢でも見てるんじゃないでしょうか。もしホントだったら地球最大の危機だって、わかってはいるんですが、あたし、やっぱり真剣にはなりきれません。


「どうやって水を殺そうっていうの?」


 試しに聞いてみました。立体映像の伊藤さんが答えます。


「このまま放っておいても水は確実に息絶えます。『ジュエリー総司令』の計算では、水の命の核は、過去、海流に乗って絶えず移動していましたが、現在、どういうわけかこの近所の溜池に入り込んだまま、身動きのとれない状態だそうです。その溜池の汚染は極めて進んでおり、このままだと水は遅くとも3年以内に死んでしまうでしょう。──しかし、それをただ待つだけでは私の偉大さの証明にはなりませんし、そこまで命がもつとも思いません。目下、私と『ジュエリー総司令』は、水を殺す即効性の毒薬を開発しています。誰にも邪魔されなければ2箇月以内に完成の見込みです」


 と、聞かされても、はあ、そうですか、って感じ。真面目に聞こうとは思ってるんですが、どうも話が大きすぎてピンと来ないんですよね。ま、もののついでに、一応、これも聞いてみましょう。


「『ジュエリー総司令』って誰なのよ」

「全生物が滅びた後、神として地上に君臨される御方ですわ」

「それって、生き物じゃないの?」

「コンピューターです。パテントを売却したお金で購入した一世代前のスーパーコンピューターに、私が改造とプログラミングを施したものですわ。私の全意識パターンをインプットしてありますし、もとより計算速度は私を遙かに上回っていますから、さしずめ私を超えた私といったところですわね。──近頃は生徒会の仕事も、『ジュエリー』の事務も、片手間にやってくれてます。やっぱり『ジュエリー総司令』と名乗るからには、そのくらいはやってもらわなければ……」

「名前にかこつけて、体よく雑用を押しつけてるわけね」

「まあ、そういうことですわ」


 伊藤さん、嬉々として喋っている印象を受けます。きっと誰かに自分の壮大なプランを話したくて仕方がなかったんですね。ですが、こっちはそろそろ飽きてきました。さっさと生徒会室を出て、彼女の実物を捜しましょう。


「じゃ、サイナラ」


 あたしがそう言うと、伊藤さん、キョトンとした顔になりました。


「待ってくださいな。今から、あなたをやっつける装置を見せてあげようと……」

「誰がそんなもの、見たいもんですか」


 あたしはスタスタと生徒会室を出ていきました。目指すは理事長室。理事長が伊藤さんの執事なら、理事長室にもきっと何か秘密があるはずです。


 まずは2階。分厚いドアが目の前にあります。ノックしても返事がないので、勝手に開けちゃいました。


 何ですかね、この部屋。窓がありません。明かりは、薄暗い照明だけみたい。だだっ広い部屋のそこかしこに、ごちゃごちゃとわけのわからない機械類が置かれています。とても理事長室といった雰囲気じゃありません。


 あ、伊藤さんが奥にいます。見いつけたっと。


「あら、いらっしゃい」


 伊藤さん、すました顔であたしに声を掛けてきました。


「ここにいるような気がしてたわ」

「私もあなたが来るだろうと思って、鍵を開けておきましたの」

「理事長は?」

「この部屋は元から私のもの。執事は立場上、時々ここに姿を見せるだけです」

「ふうん」

「ねえ、神懸さん。もう少し、こちらへ近づいていらっしゃいな。話がしづらいわ」


 その言葉に、あたしは一瞬、罠があるかも、って思いました。でも「虎穴に入らずんば虎児を得ず」です。いいでしょう。行ってあげます。


 あたしは、用心しながら部屋の奥へ進みました。


「来ましたね」


 突如、伊藤さんの口許に笑みが浮かびます。


「では、さようなら!」

「あっ!」


 ぱっと伊藤さんの姿が消え去りました。──やられたっ! またしても立体映像です。あたしは急いでドアに駆け寄りました。


 ガチャン!


 あたしの手がドアのノブに触れる寸前、ドアロックの音が響きました。駄目です。ドアは全然開きません。閉じ込められちゃいました。


「ほほほほ。しばらくそこで、おとなしくしていなさい。準備が調い次第、催眠音波を流して、あなたの口から、残るスイレンジャーの素性を白状してもらいますからね」


 どこかから、伊藤さんの勝ち誇った声が聞こえてきます。


 ああ、どうしましょう。スイレンジャーが女子水泳部だってことをバラすくらいは、なんでもないんですが、その後が心配です。あたしを無事に帰してくれるとも思えません。


 困りましたね。この部屋、壁もドアも頑丈にできています。この学校で一番力のありそうな甲鳥久美さんを降霊したとしても脱出は難しいかも。ま、とにかく、やれるだけのことはやらねば。


「ウェルカムウェルカム・ライライライ、来たれ我が心のしもべよ。──降霊!」




 ミコちゃん劇場・その7 『決闘の情景』


 文明が衰えた遠い未来の話。


 その1


 強い空風の吹く夕暮れだった。雑多な草がぼうぼうと生い茂る名もなき草原に、巨大な木製の鳥居がぽつんと立っている。社殿は影も形もない。かつて壮大な社殿があったとおぼしき一帯が、僅かにうず高くなっている程度である。今や、赤い漆のほとんど剥げ落ちた鳥居だけが、ぽつねんと天を見つめてそそり立っていた。


 そして、その前で対峙する男が2人。なぜか2人とも西部劇のガンマンスタイルで、ホルスターに収められた拳銃に手を掛けていた。


「ち、父の仇、覚悟」

「相変わらず、言うことはそれだけか。剣でも格闘技でもトランプでも一回として俺に勝ったことのないお前に、これなら万が一があるかもと、わざわざ銃を用意してやったんだぞ。それも雰囲気が出るように、衣裳・小道具一式取り揃えてな。これほどまでに温情溢れる俺に対し、面白いことの一つも言えんのか」

「あんたは、いつもそうだ。面白いことのためなら、自分の生命さえ天秤にかける。だが、あんたが『面白い』と感じることは、僕にとってはクソつまらなかったり、不幸なことだったりするんだ」

「ああ、カタいな。堅過ぎてあくびが出る。──いいか、小僧。こうなった以上、お前は今日俺に撃たれて死ぬ。だがせめてもの情けだ。死ぬ前にダジャレの一つも言わせてやろう。そしたら笑ってやる。冥土の土産にな」

「馬鹿な。ありえない」


「──さあ、チャンスをやろう。いつでも先に銃を抜いていいぞ。待ってやる」

「何ぃ……」

「どうせ勝つのは俺だがな。この世は勝った方が正義なのだ。俺は正義。お前の親父は悪。そしてお前も悪として死ぬ。──さあ、どうした。抜け!」

「人殺しが! 偉そうに『ぬけぬけ』と言いやがって!──はっ!」

「わはははは。ダジャレを言ったな。ワハハハハ!」


 パン!


 一瞬乾いた音が響いたが、強烈な風の音にかき消されてしまった。


「さすがに笑いながら銃は撃てないよな」


 面白さに殉じた男に舌を巻きながら、「小僧」と呼ばれた男は父親の墓を目指し、歩き出した。



 その2


 強い空風の吹く夕暮れだった。雑多な草がぼうぼうと生い茂る名もなき草原に、巨大な木製の鳥居がぽつんと立っている。社殿は影も形もない。かつて壮大な社殿があったとおぼしき一帯が、僅かにうず高くなっている程度である。今や、赤い漆のほとんど剥げ落ちた鳥居だけが、ぽつねんと天を見つめてそそり立っていた。


 そして、その前で対峙する男が2人。なぜか2人とも西部劇のガンマンスタイルで、ホルスターに収められた拳銃に手を掛けていた。


「日頃の恨み、今こそ晴らしてくれる」

「ほう。腕に覚えのある拳銃でならば、私に勝てると思いましたか。甘いですね。予言しましょう。『あなたはみじめに取り乱しながら死んでいく』と」

「何を馬鹿げたことを」


「では、言いましょう。あなたの一人娘は、あなたの子ではなく、私の子です」

「な、何いっ!」

「当然、あなたの奥さんは私の愛人です」

「な、なんと!」

「あなたが死ねば、あの2人は私と幸せに暮らせるでしょう。──さあ、みじめに取り乱すのです」


「ふふ、ふははははは」

「何がおかしいのです?」

「お前に言われるまでもなく、そんなこととっくに気付いておったわ」

「ま、まさか」

「だから、俺は別の家に愛人を囲い、子どもも3人作ったのだ。残念だったな。今さら、取り乱すことなど何もない」


「ふっ、ふふふふふふふ」

「な、何を笑う?」

「墓穴を掘りましたね。私がさっき言ったこと、全部嘘です。あなたの奥さんを愛人にしてなどいませんし、あなたの娘はあなたの子です。──さあ、みなさん出てきてください」


「あ、お前たちは!」

「あんた、よくも浮気して子どもまで作ってたわね。許さないわよ」

「父ちゃん、信じてたのに!」

「わー、待て待て話せばわかる、話せば」


 ザシュッ! ドスッ!


 血しぶきが舞った。一人の男がナイフでめった刺しにされ倒れ伏す。


 自らの手を汚さずに勝利を掴んだ男は首をひねりながら、こう呟いた。

「『みじめ』に取り乱してもらう算段でしたが、ちと『地味め』でしたね」



 その3


 強い空風の吹く夕暮れだった。雑多な草がぼうぼうと生い茂る名もなき草原に、巨大な木製の鳥居がぽつんと立っている。社殿は影も形もない。かつて壮大な社殿があったとおぼしき一帯が、僅かにうず高くなっている程度である。今や、赤い漆のほとんど剥げ落ちた鳥居だけが、ぽつねんと天を見つめてそそり立っていた。


 そして、その前で対峙する男が2人。なぜか2人とも西部劇のガンマンスタイルで、ホルスターに収められた拳銃に手を掛けていた。


「ち、父の仇、覚悟」

「相変わらず、言うことはそれだけか。お前は堅物過ぎる。運動音痴のお前が、こうやって銃を持ち出してみたところで、俺に勝てないのはわかってるだろうが」

「自分で決めたことですから。勝てぬとわかっていても、挑まずにはいられないのです」

「じゃあ、仕方ないな。ならば冥土の土産にいいものをやろう」」

「も、もしかして……」

「お、なまじ俺のダジャレ好きを知っているだけに、思わず『メイドの土産』を想像したな。顏が一瞬にやけたぞ。でも残念。自分の顏の横を触ってみろ」

「おっ、このヒモは何だ?」

「さっきお前が寝てる間に、こっそり付けといたんだ。それからついでといっては何だが、お前の弁当に毒盛っておいたから」

「な、な?──うっ! くっ、苦しい!」

「やっぱ、苦しかったか。『冥土の土産』として『毛糸もみ上げ』てのは」

「苦し過ぎる!──ぐふっ!」


 やがて、生き残った男は、死んだ男に内心でこう詫びたのである。

「すまん。あれ、毛糸じゃなくて麻紐だったわ」


 おしまい



 ああ、自分の身体に帰ってきましたが、全然状況は変わっちゃいませんね。残念です。内側からはどうやっても出られないみたい。


 ドガン!


 突如、轟音があたしの耳を叩き、突風があたしの身体を吹き飛ばしました。──何? 何があったの?


 あ、ドアが外から破られてる!


「神懸さん、大丈夫!」

「生きてる?」


 そんな声とともに現れたのは、ハイレグビキニにスネ毛ぼうぼうの連中!──女子水泳部です。


続く

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