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「ジュエリー」からの刺客 その2

 放課後です。「後でひどいわよ」の言葉が怖くて、あたしは体育館に向かいました。別に「もっといい話」ってのに釣られたわけじゃありませんよ。


 今日から期末試験が終わるまで、部活動は原則として禁止になります。ですから、体育館の中はがらんとしていました。


 そこであたしを待っていたのは、3人の女子。いずれも上級生です。3人とも体操服を着ています。一人は中賀さんで、残る3人は顔こそ見知ってますけど、名前まではわかりません。カバを想起させる山のような巨体の人と、割と長身で、ひょろひょろっとした人です。顔の描写は、二人に申し訳ないのでしないことにします。


「よく来てくれたわね。神懸さん」


 中賀さんがそう言ってあたしに近寄ってきました。


「お話ってなんですか?」

「話っていうのは、広辞苑によると……」

「そういう意味で言ったんじゃありません」


 ちょっとムッとしたあたし、我ながらつんけんした言葉遣いをしてますね。


「じゃあ、お話、はなし。──あ、今のはジョークね。面白かった?」

「え? どこか面白い要素がありましたっけ」

「あ、やっぱり通じなかったか。ごめんなさい。雰囲気を和ませようとして、冗談を言ったつもりだったんだけど。──あたしの冗談て、一般ウケしないのよ」


 当然です。ちなみにマニアックな人にも絶対ウケません。


「じゃ、ひょっとして、あの回りくどい手紙は、ギャグのつもりだったんじゃ?」

「あら、わかってくれた? あたしの冗談もまんざら捨てたもんじゃないわね」


 絶望的なギャグセンスです。ユーモアには理解のあるあたしも、思わずげんなり。


 中賀さん、学校ではすました顔しか見たことありませんでしたが、恐るべき正体を秘めていましたね。冷気をばら蒔くことに関しては、雪女を上回ると言わざるをえません。この人、多分古くさいオヤジギャグも大好物なんじゃないかな。家に帰った途端、「このモモヒキ、ステテコい」なんて言って、家の人を悲嘆に暮れさせているに決まってます。ああ、なんて悲惨な家庭。──この人、名前はなかなか面白いのに……。


「で、改めて訊くけど、お話って? ─まさか、ギャグの作り方を教えろってんじゃないでしょ」


 もう丁寧な言葉遣いをする気も起きません。


「教えてほしい気もするけど、今日はやめとくわ。それよりあなた、女子体操部に入らない?」


 中賀さんから意外な台詞が飛び出したもんで、あたしは、思わず鯉みたいな表情を浮かべてしまいました。


「え、朝、勧誘じゃないって、もっといい話だって……」


 これじゃまるっきり詐欺です。こんなにあっさりと約束を破ってくれるなんて、思いもしませんでした。


「気が変わったのよ。せっかく呼び出したんだから、チャンスは生かすべきだって、ね。でも、いい話があるってのは嘘じゃないわ。楽しみは最後に取っておいてよ。──で、部の方はやっぱり、駄目?」

「当然です」


 あたしはきっぱりと断りました。この箸にも棒にもかからない態度こそ、あらゆる部のあの手この手の勧誘を突っぱねるための秘訣なんです。普段、他人とのお付き合いには欠かせない、お愛想の微笑みすら表情筋の下深くにしまい込んでしまいます。


 突然、中賀さんの後方から、2人の上級生が勢いよく飛び出してきて、中賀さんの横に並びました。まるで、ドイツで捕まった小さい宇宙人の写真みたいな構図です。一瞬、何事かと思いましたけど、何のことはありません。大声で、2人いっぺんに喋り始めただけでした。


「じゃ、ねえねえ、女子相撲部に入りなよ。女子相撲って、水球並にマイナーなスポーツだろ。あんた、スッゴクかわいいから、うちの部の目玉にして、女子相撲のイメージアップを図りたいんだ」

「科学部に来てくださいよお。お願いしますよお。実験は終わってるんですけど、あたし達の頭じゃ、研究結果をまとめられないんですう。このままじゃ、九月の市の科学展に間に合いません。神懸さんの天才的な頭脳をどうかお貸しください」


 ヘン、誰が言うこと聞くもんですか。あたしは、中賀さんに脅かされて、いい話とやらを聞きに来ただけなんですからね。それ以外のことは、知ったこっちゃありません。


「お断りします」


 もう2度と勧誘しないで、って意味を込めて、あたしは、にべもなくそう撥ねつけました。


「あら、そう」

「ふうん」


 3人の上級生の眼差しが、急に冷やかなものに変わります。中賀さんのあどけない顔も今では冷たい能面の顔にしか見えません。


「じゃあ、しょうがないわね。本題に戻りましょう。いい話の中身よ」

「やれやれ、やっと聞けるのね」

「それでは。──おめでとう。あなたは『ジュエリー』の最優先ターゲットに選ばれたわ。もしあなたが無事この試練を乗り越えた暁には、この学校での自由と安心と居心地の良さが保証されるの。いいでしょ」

「ちっともいい話に聞こえないんだけど。もっとわかりやすく言って」

「これから襲いくる刺客をことごとく打ち倒したら、あなたに安らぎが訪れるわよ、ってこと。まあ、無理でしょうけど。ちなみにあたし達も刺客ね。というわけで、『ジュエリー』の名の下に、あなたを再起不能にします。──神懸さん、バックレずにここに来て正解だったわね。来なかったら予告もなしに闇打ちよ」

「何よそれ! 部活をやらないぐらいで、なんでそんなひどい目に遭わなきゃならないのよ」


 あまりの理不尽さにあたしは憤慨しました。


「どうしてかしらね。特に部活は関係ないんじゃない? あなたがどこかで『ジュエリー』に楯突くような真似を仕出かしたんでしょ。──フフン。あたし達の部のどれかに入ってくれたら、かばってあげたのに」

「何にもしてないわよ。だいたい『ジュエリー』って何なの!」

「さあね。だけど、この学校で『ジュエリー』に狙われたら最後、絶対に無事ではいられないわ」

「そういうこと。──この仕事、あたしがもらった。助太刀はいらないよ」


 厚い皮下脂肪でダブダブにくるまれた巨大な怪物が、一歩前に出てきました。


「女子相撲部部長、甲鳥久美こうとり・くみ。人呼んで、スリーサイズと体重と身長の数値が全て同一の女。──神懸さん、するめみたいに押し潰してやるよ」


 とっても長い通称の持ち主である甲鳥さんが、四股を踏みます。床に激しい振動が伝わり、窓ガラスが一斉にピシリと音を立てました。


「本気で暴力ごっこしようっての? あたしに怪我させて、警察沙汰になったら、あなただってただじゃ済まないわよ」

「事後工作さえしっかりやっときゃ、ただで済むよ。30人も偽の証人を仕立てとけば、それでもう充分。数の力は絶対さ。あんた一人がどれだけ真実を訴えたって、30人が一度に唱える嘘には勝てやしないよ」

「げ。そこまで考えてたの」

「ふふふ。女子水泳部を一人で壊滅させた怪物が相手だ。相手にとって不足はないな」

「あなた、女子水泳部のこと知ってるの?」

「当然。女子水泳部の部長こそ、『ジュエリー』が送った最初の刺客。部員まで連れていった挙げ句、壮絶にやられちゃったけどね。あのあと、事件が表面化しないよう、手を打ったのはあたし達なのさ」


 あれあれ、女子水泳部の連中、やっぱりあたしを狙ってたんでしょうか? なんか話が食い違ってます。──ま、それはいずれ、ゆっくり考えるとして、今は……。


「おっと、お喋りが過ぎたようだね。──勝負だ。どすこい」


 いやいや、女の子が「どすこい」はないでしょ、「どすこい」は。


 ともあれ、ピンチです。困った時は降霊術。誰を降霊しましょうか。一番楽なのは女子水泳部の部長をやっつけた方法ですね。目の前の人を降霊して、自分で自分をやっつけさせるんです。ただ、この人、あたしとあんまりスタイルが違い過ぎるもんで、憑依した時にどんな戦い方ができるか、ちょいと不安。あと、一撃で仕留められるかが問題です。幾ら魂が抜けて無力化してしまってはいても、耐久性は恐ろしくありそう。何せ攻撃を受けた瞬間に魂が戻っちゃいますから、一発でのしてしまうしかないんです。


 それなら、橘君の方が実績がある分、安心感はありますね。彼を降霊してのケンカはまだやったことないんですが、彼が十人の不良を一瞬で叩きのめした場面に、偶然出くわしたことがあるんですよ。飄々とした優男なのに、なんかいろんな武道をやってるみたいで強い強い。彼が今、図書室みたいな静かな場所に、一人でぽつんといてくれれば嬉しいんですけどね。またどこかの部の勧誘を受けてる最中だったら、どうしよう。


 ああ、別にどうもしないか。橘君が急に倒れて騒ぎになったとしても、それであたしの秘密がバレるわけじゃないし。


 あたしは心を決めました。橘君を降霊します。彼がどこで何をしていようと構いません。例え誰かに揺さぶられて降霊が解除されるとしても、そうなる前に勝負を決めてしまえばいいんです。頼んだからね。橘風太。


「ウェルカムウエルカム・ライライライ、来たれ我が心のしもべよ。──降霊!」




 ミコちゃん劇場・3 『放課後の決闘』


 神懸美子は、彼女の視野を覆い尽くすかのように眼前にそびえ立つ巨大な肉の壁に対して、動じる気配すら見せなかった。ただ端然と立っている。その表情は冷たく、硬い。内心を見せるのを頑に拒んでいるようでもあり、何も考えていないようでもある。昼でも陽光がほとんど差し込まない体育館の、くすんだ空気の中にすっと佇む彼女は、甲鳥久美の全身から発散される凄まじい闘気を、全く知覚せぬかの如く平然と受け流していた。


 甲鳥久美は、神懸美子の落ち着き払った態度を不気味に感じた。闘気と鋭い睨みをぶつけながら、己の威容をたっぷりと見せつけることで、まず相手を萎縮させてかかるのが、彼女の常套手段である。そんないつもの作戦が、上滑りしていっている。勝手の違う、やりにくい相手だった。


「どうした。怖じ気づいたのか」


 甲鳥久美は、挑発して、とにかく相手の反応を見ようと試みた。


 だが、神懸美子は応答せず、表情を動かすことすらしない。ふと甲鳥久美は、相手を前にして怯みつつある自分に気付いた。神懸美子に彼女を威圧する要素は何一つないにも関わらず、なぜか得体の知れない不安を感じずにはいられないのだ。


 その要因に甲鳥久美が思い当たるまで、さほど時間を要しなかった。


(こいつから何も返ってこないこと、それ自体が曲者なんだ)


 甲鳥久美が闘志を剥き出しにすれば、相手はとにかく、怖じ気づくなり、闘志を返すなりの反応をするのが普通である。その普通の手応えを彼女は欲していたのだ。自分の闘志が相手になんの影響も及ぼせないでいるという、ある意味での無力感、虚しい空回りの感覚は、彼女の気力を著しく萎えさせ、彼女を浮き足立たせた。闘志はぶつかり合う相手があってこそ激しく燃え上がるもの。今の彼女は、不完全燃焼の状態で闘うことを強いられてしまっていたのである。


 空気が重い。ねっとりと甲鳥久美の全身にまとわりつく。闘志を保ち続けようと努力すればするほど、彼女の焦りと緊張は高まっていった。


(いかん。自縄自縛だ)


 やっとそこに思い当たった甲鳥久美は、張り詰めた糸を自ら切った。ふうっと一気に息を吐き、それからゆっくりと大きく空気を吸う。次いで、手足をぶらぶらと動かして、緊張をほぐした。


 冷静さを取り戻した頭で、対峙する以前の心境をもう一度反芻する。


(神懸美子が、いかに無敵の呼び声高い天才少女であろうと、所詮は吹けば飛ぶような小娘。かなり正体不明なところはあるが、それでも全身に『178』という数字を5つも有するこのあたしが、体力面で圧倒的に有利。負けるわけがない!)


「さあ、いくよ」


 甲鳥久美は、相手を気にかけず、マイペースで闘うことにした。精神的な余裕を作るために、相撲の仕切りの態勢をとる。形式的動作の型に自分を嵌め込めば、次にするべきことは自ずと決まってくるから、取り敢えず落ち着いていられた。


「八卦よい!」


 そう一声叫んで、甲鳥久美は、神懸美子目掛けて突進していった。巨大な肉体からは想像もできないほどの鋭い出足である。彼女の踏み込みの一歩一歩が、体育館の空気を震わせ、安っぽい床板に悲鳴を上げさせた。


 たちまち相手に迫った甲鳥久美が、自慢の太い右腕で、相手の顔面目掛け、掌底突きを繰り出す。彼女の腕の筋肉のバネが生み出す爆発的なパワーに、178キログラムの体重と突進のスピードが相乗して、まさに一撃必殺の破壊力を秘めた掌が生まれた。その前には厚さ5センチメートルの木板すら、ひとたまりもないだろう。


 電光の一撃を前にして、神懸美子が、全てを諦め冥目するかのように両眼をすっと閉じる。捉えた、と甲鳥久美は確信した。


 しかし、甲鳥久美が捉えたと思ったのは、実は、相手の残像に過ぎなかった。攻撃が空振りに終わったのを知覚する間もなく、彼女は、顎に強烈な衝撃を受け、唾を吐き散らしながら、数メートルも撥ね飛ばされた。


「伊賀に伝わる無想闘術だ」


 神懸美子が、意識を失った甲鳥久美を横目に見ながら、初めて口を開いた。技の名が彼女の技の全てを物語っていた。彼女は、相手の攻撃を避けようとする意志も、相手を倒そうとする意志も持ち合わせていなかったのだ。ただ無心、それだけだった。


 無想の境地の中に、殺気という名の影が落ちる時、神懸美子は、本能的に危険回避運動に出る。動物的な自己防衛本能が、反射的に殺気をかわし、殺気をもたらす根源に向かって、神速の攻撃を打ち込むのである。殺気の知覚から運動までの間、何の思考も意志も介在しないがゆえに、そのスピードと瞬発力は、精神を統一した状態の動きさえも遙かに凌駕する。そして、正確無比さについては、まさに鍛練の賜物としかいいようがない。


 神懸美子は、その一瞬、甲鳥久美の顎に旋風と化した後ろ回し蹴りを叩き込んでいた。自分が何をしたのか、覚えてさえいなかったが、手応えはしっかり身に残っている。それで充分だった。要は勝てばいいのである。


「次は、どいつだ」


 神懸美子は次の対戦相手を求めた。


「は、はあい」


 背の高い、痩せっぽちの娘がおどおどとした態度で応える。


(何だ、この気迫のない、隙だらけの女は。こんな奴が、俺の闘う相手だというのか)


 訝る神懸美子に、長身で華奢な体格の娘は震える声で、こう話し掛けてきた。


「あ、あのう。ちょっと、変わったお願いがあるんですけどお……」




 あれ、やけに、あっけなく片がついちゃいましたよ。とんでもない太っちょの甲鳥久美さんが、傍らに気絶して転がってます。腕自慢みたいでしたけど、所詮は女子高校生。橘君の敵ではなかったということですね。


 それにしても、なんであとの2人は無事なんでしょう。ひょろっとした科学部の人は、あたしの目の前にぴんぴんして立ってるし、中賀さんはステージで横になって、暇そうにあたし達を見ています。こんな状態で、橘君、どうして戻るって合図送ってきたのかな。


「どうですかあ? 私の提案」

「え? 何?」


 ひょろっとした科学部の人に突然、妙なことを言われ、あたしは面くらいました。もっとも、向こうとしては、単に話の続きをしているだけなのでしょう。どうやらこっちが話の途中で入れ代わってしまったみたいです。


「聞いてなかったんですかあ? さっき、うんうんと頷いてたじゃないですか?」

「ごめん。度忘れしちゃって。もう一度、そっちの名前から順に話してもらえない?」

「あのう、私、まだ、自分の名前、一度も言ってなかったんですけどお」


 この人の喋り、聞いてると、なんかイライラしてきます。とても、あたしを狙う上級生の言葉遣いとは思えません。これじゃ、上級生相手に無礼な口をきいてるあたしの方が、浮いてしまいます。


「とにかく最初からお願い」

「私の名前は、西園州リカ(さいえんす・りか)といいます。科学部の部長です。私、気が弱いし、腕力もないんで、クイズで勝負したいなあ、と思ってるんですけどお、どうですか、って、さっき言ったんです」

「『クイズで勝負』ったって、クイズじゃ、あたしを再起不能になんてできないわよ」

「そりゃそうですよね。中賀さん、乱暴だからよくそんな物騒な表現を使うんですけど、実のところ、『ジュエリー』からの元々の指令は、ほんの何週間か神懸さんを使い物にならなくすれは、それでいいってことなんで。だったら私にもワンチャンありかと」


 西園州さんが急にひそひそ声になります。話の内容を中賀さんに知られたくないみたいです。だったら、あたしも、声をひそめてあげましょう。


「ワンチャンなんてないでしょ。たとえあたしがあんたにクイズ勝負で負けたところで、『だからどうなの』って話。結果なんて幾らでも無視できるじゃない」

「それが大丈夫なんですよお。──ところで神懸さん、あなたは超能力の存在を信じますか?」


 何を唐突に、って思ったけれど、あたしも超能力者みたいなものの端くれ。こう答えないわけにはいきません。


「信じるわよ。それがどうかした?」

「なら、話が早いです。実は私、超能力があるんですよお」

「え?」

「元々私が科学部に入ったのも、自分の能力を科学で説明できないかと……。あ、今はどうでもいいですね。とにかく私には不思議な力があるんです」


 そう言って西園州さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべました。ゾクリ。背筋に戦慄が走ります。思わず身構えるあたし。超能力者を相手にどうやって戦えばいいのよ。あれ、そしたら、なんでクイズで勝負したがるの? あれ?


「説明しましょう。私と勝負して負けた人は、どんなに強靱な精神力の持ち主であろうと例外なく、一か月はひたすら落ち込み続け、とことん無気力になります。なぜかはわからないんですが、間違いなくそうなるんですよね。カウンセリングも薬も効きません。だから、神懸さん。私と勝負しましょう、クイズで。平和的でお互い怪我もなく、最高じゃないですかあ」


 何それ。思いっきりヘンテコリンな能力ですね。変わり種の度合いからいえば、生霊しか自分に憑依させられない霊媒師を2ランクほど上回っています。


「馬鹿馬鹿しい。あたしはあんたを一方的にやっつけることができるのに、どうしてそっちの都合に合わせなきゃならないの」

「私の能力を聞いた以上、勝負を断った時点で不戦敗になりますよ。あなたの負けってことです。いいんですか?」

「じゃあ、問答無用じゃないの」

なんかハメられた気分です。橘君、こんな人の話なんか無視して、さっさとぶっ飛ばしといてくれたらよかったのに。

「わかったわよ。やるわ。でも、あんた、自分が負けた時はどうするの? 何のペナルティもなしなんて許さないわよ」

「そうですねえ。私も痛いのは嫌だし、お金もあんまりないし、『ジュエリー』についての情報提供っていうのも、バレたらこっちの身が危ないし……」

「で、何ならできるのよ!」


 あたしは凄んでみせました。


「ひっ、そんなに睨まないで。と、とってもおいしいラーメン屋さんを教えるっていうんじゃ、ダメですよね。やっぱり。どのグルメサイトにも出ていない隠れ家的なお店なんですけど。一見様お断りで、会員の紹介が要る店なんですけど」

「お願いします」


 何たる僥倖。あたしはラーメンにはとにかく目がないんです。さあ、勝つぞ。どんなクイズかな。


「では勝負です。ジャンルはとんちのなぞなぞ。お互い一問ずつ出します。答えられなかった方が負けです。二人とも答えられなかったり、二人とも答えられた場合は、次の勝負となります。──じゃ、まず、問題を作りましょう。一分間で考えてください」


 とんちのなぞなぞですか。雑学系のクイズなら橘君にお任せと思ってたんですが、彼のとんちの実力は未知数。ならば、問題を作るのも解くのも、あたしがやりましょう。あたしみたいなひねくれ者の方が、とんちのなぞなぞには向いているんです。実際、屁理屈であたしに勝てる者はクラスにいませんし。とんちも屁理屈もはっきり言って一緒ですよね。


 というわけで、今回は降霊術、なしです。


「──一分経ったんですけどお、いいですかあ」

「いいわよ」


 いよいよ勝負です。最初は西園州さんからの出題ということになりました。


「いきます。──王貞治さんが、西武の監督になりました。背番号は何番でしょう?」


 おお、いきなり超難問です。王さんといえば以前、プロ野球の監督をやってた人ですよね。今は何をやってるんでしょうか。で、西武といえばパリーグの球団。実にマイナーなところを突いてきますね。普通、あたしぐらいの歳の女子だったら、問題の意味さえチンプンカンプンですよ。──ですが、このあたしには通用しません。プロ野球の知識はほんの少ししかありませんが、この問題を解くのに必要なものはオヤジギャグのセンスだけ。ならばあたしに解けないはずはない。そう。一瞬でピンと来ました。


「答えは、110番でしょ」

「う! ──そのココロは?」

「これがホントの110の王! ライオンズの監督ってのが、ミソなのよね」

「ガーン。徹夜して考えてきた、会心の問題だったのに」

「ずっるーい! さっきの一分で考えたんじゃなかったの? ──まあ、いいわ。簡単だったから。次はこっちね。最初だから、あたしもまずは簡単な問題、出してあげるわ」

「え、ありがとうございます」


 フフフ、単純な人ですね。


「問題。──犬に羽が生えたら何になる?」

「えっ?──ええと。それ本当にとんちのなぞなぞですかあ?」


 西園州さんがきょとんとした表情を浮かべます。


「とんちのなぞなぞよ」


 あたしがぶっきらぼうに言うと、西園州さんは首をひねりながら脂汗を垂らし始めました。


「──ううう、わかりません。あたしの負けです。降参します。──答え、何なんですかあ」


 考えに考えた挙句、西園州さんが遂に白旗を掲げました。なので、あたしは意気揚々とこう言ってやります。


「答え。──犬に羽が生えたらね、羽の生えた犬になるのよ」

「ええー! そんな問題のどこが、とんちのなぞなぞだっていうんですかあ」

「意表を衝いた答えだったでしょ。常識に囚われてちゃ答えに辿り着けない──それが本当のとんちってものよ」


 ハアー、と西園州さんが大きく息を吐いてうなだれます。

「──ラーメン屋さん、今度一緒に行って紹介してあげますねえ」

「約束よ」

「では、これで私は……」

「あ、ちょっと。ここ出ていくんなら甲鳥さん、連れて行って」

「はーい」


 西園州さんは、重い甲鳥さんをゴロゴロと転がしながら体育館を出ていきました。とても転がしやすい人みたいです。


続く

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