「ジュエリー」からの刺客 その1
ストーリーが合わないという人は、「ミコちゃん劇場だけでも拾い読みしていただければ、と思います。
翌日の朝、あんまり気は進みませんでしたが、とにかくあたしは、学校へ向かいました。
家から学校まで、走って約30分かかります。最近、ちょっと体重が気になりだしたもんで、登校の時間を利用して一汗かくことにしたんです。勿論、あたしはつらいことや面倒なことが大嫌いですから、降霊術を使って「心のしもべ2号」の母さんに走ってもらってます。元の肉体からある程度離れたところで降霊術が自動終了してしまうのが、難点ですけど。
というわけで、今、いきなり霊界です。ここは周りにろくなものがないので、妄想がはかどりますね。
ミコちゃん劇場・2 『幻界ナダ・ファンタジー』
幻界ナダはいにしえより一人の女神によって、平和と秩序が保たれてきた。その女神の名は「L」。千里眼と透視能力を持ち世界の理を司る女神エルである。彼女はエヌエル神殿と呼ばれる神殿にましまして、日夜、王に神託を下し、奇蹟の力をふるってきた。
しかし、ある日、エヌエル神殿に異変が起きる。神託を受けた幻界ナダの王・サダハルは直ちに騎士・サーロインを召喚した。
サーロイン「王様、騎士サーロイン、お召しにより、ただ今参上つかまつりました」
王 「そんなこと、いちいち報告しなくたって、お前がこの部屋に入ってきた時にわかってる」
サーロイン「しかし、それが作法でございます」
王 「幼なじみの間柄だ。作法など気にするな。堅苦しくていかん。ざっくばらんにいこうぜ。俺のことも昔のようにサダハルって呼び捨てにしてくれ」
サーロイン「いけません、王様。王様は王様でございます」
王 「やれやれ、相変わらず四角四面な奴だな」
サーロイン「それは、四角い顔が4つあるという意味でございますか?」
王 「やれやれ、相変わらず馬鹿だな」
サーロイン「馬鹿とは、無学無能、無知蒙昧の輩という意味でございますな。馬鹿といえば、よく『馬鹿は死ななきゃ治らない』と申しますが、これは正しくありません。『治る』という言葉は、悪い状態が普通の状態に戻ることを指します。果たして、馬鹿は死ぬと、馬鹿が治って普通の知性を持った人間になるのでしょうか? なりはしません。馬鹿は死ぬと、『死んだ馬鹿』になるのです。ただし 死んだ馬鹿は死んだ時点で馬鹿の状態から解放されていますから、『かつて馬鹿だった存在』であることを強調したい時以外は、単に『死体』と呼ぶべきでしょうね」
王 「お前、本当にあの『馬鹿のサーロイン』か?」
サーロイン「『サインボルト』は我が国で一番足の速い男ですが、いつもいつも全速力で走っているわけではございません。歩いている時には、駆け足の子供にすら抜かれるでしょう。頭の良し悪しもそれに似たところがございます。私は、普段は、極めて頭の回転が悪いのですけれど、『馬鹿』と言われると、急に頭がフル回転して……あれ、目が回る?」
王 「頭を回しながら喋るからだ」
サーロイン「ところで、本日はどのような御用件で?」
王 「お前を呼び出したのは他でもない。相変わらず不細工だな、お前」
サーロイン「そんな今更の事実を言うために、わざわざ私を?」
王 「いや、つい思ったことが口に出てしまっただけだ。本来ならお前の不細工さは懲戒解雇ものなのだが、まあ、幼なじみのよしみだ。目をつぶっておいてやろう」
サーロイン「王様、本当に目をつぶってどうしますか」
王 「おお、お前の気の毒な顏をまじまじと見たくない思いが先走って、つい……」
サーロイン「で、何度も訊きますが、いったい用件はなんですか?」
王 「魔神『ハヤブサ』が復活したのだ」
サーロイン「それは大変なことでございますな」
王 「他人事のように言うなよ」
サーロイン「それはそうと、本日はどのような御用件で?」
王 「魔神が復活したと言っておろうが」
サーロイン「それは事実であって用件ではございませぬ」
王 「ちょっとは頭を働かせんか」
サーロイン「また頭を回すのですか? あれは目と首が疲れます」
王 「もういい。今すぐ、言ってやる。実はな、神殿で女神様が……」
サーロイン「死んでん」
王 「というダジャレはさておき、お前に神殿へ至急行ってもらいたいのだ。もったいなくも女神エル様がお前を直々にご指名じゃ」
サーロイン「女神様が、何ゆえ、この私をご指名に?」
王 「さあな。とにもかくにも国一番の不細工をご所望じゃ」
サーロイン「王様、それのどこが『ご指名』なのでしょうか?」
王 「何を言う。『国一番の不細工』といえばお前の代名詞だろうが。ゆえにお前が名指しされたも同然」
サーロイン「納得いきませんな」
王 「納得はいかずとも、神殿には行け」
サーロイン「ははっ、わかりました。──ところで、神殿に行くのは、今日かい?」
王 「残念ながら神殿は教会ではないので、ダジャレは不成立だ」
サーロイン「参りましたな……神殿だけに」
エルエヌ神殿の謁見の間にて。
光り輝く美を備えた女神エルがサーロインの前に出現する。
エル 「ワオ、二目と見られぬその不細工さ。合格よ。あなたのような男を待ってたんだ」
サーロイン「女神エル様、私が不細工なのは自覚しておりますが、『二目と見られぬ』は、あんまりかと」
エル 「なるほど。最初にあなたを見たのは両目だったから、とっくに二目は見てしまってたわね」
サーロイン「あの。そういう意味では……」
エル 「まあ、いいわ。さっそく用件を話すわね。魔神ハヤブサが復活して、あたしの妹をさらっていってしまったの。で、あなたに勅命。魔神を倒して,妹を連れ帰ってほしいわけ」
サーロイン「は……?」
エル 「聞こえなかったの? 耳が悪いわね」
サーロイン「いえ、そういうわけでは。──妹がおられたんですか?」
エル 「え? ああ、そうか。あなた、妹の存在を知らなかったんだ。あの子はね、私と一緒にエヌエル神殿に住んでたんだけど、ずっと人知れず奥の間に引きこもってたの」
サーロイン「やはり、女神様なんですか?」
エル 「当然よ。この世の美を司る盲目の女神。その名は『N』。女神エヌよ」
サーロイン「なるほど。だから『エヌエル』神殿だったんですね」
エル 「そうよ。ま、そんなことはどうでもいいわ。とにかく、妹を頼んだから」
サーロイン「と、言われましても、いったいどうすればいいのでしょうか」
エル 「取り敢えず、妹とハヤブサの居場所の地図をあげるわ。何せあたし、透視と千里眼の女神だからね。どこに行こうと全部お見通しよ」
サーロイン「おお、これはすばらしい」
エル 「それから、これ。聖剣『ラッシュ』と聖剣『ダッシュ』。護身に使って。そんなに大したもんじゃないから、これだけでは魔神は倒せない」
サーロイン「おお、こんな見事な剣を二振りも。ありがとうございます」
エル 「おしまいに、この指輪をあげるわ」
サーロイン「なんでしょう、この真紅の宝石は。恐ろしいほどの魔力を感じますが」
エル 「魔神に対抗できるのは魔神のみ。この宝石の中にはハヤブサに対抗できる魔神が封印されているの。その名は魔神『ガーネット』。『約束の地』で3つの封印を解きなさい。それも地図をあげるわね」
サーロイン「至れり尽くせりですね」
エル 「封印『カザン』、封印『ガム』、封印『ガーファイブ』。──これら3つの封印を全て解いた時、伝説の魔神が蘇る。さあ、行きなさい、超不細工な勇者よ」
サーロイン「あんまり、不細工を繰り返さないでください。結構、辛いです」
エル 「何言ってるの。不細工だからこそ、あなたが勇者に選ばれたんだから、誇りに思いなさい」
サーロイン「それって、どういうことですか?」
エル 「あのね、実を言うと、妹も──女神エヌも、あなた同様にこの世のものとは思えないくらいの不細工なんだ」
サーロイン「は? 美の女神様ではなかったんですか?」
エル 「美の女神よ。だけど、自分が美しいんじゃないの。世の中の醜さや汚さを自分に移し取って、世界をきれいにしているのよ。だから自分はどんどん醜く、汚く、不細工になっていった。それで、誰とも会わないよう神殿の奥に引きこもってしまったんだ。盲目になったのも、自分の姿を見たくないからって理由で、自ら瞳を閉ざしたから。本当は見ようと思えばいつでも見えるようになるのよ」
女神エルの言葉を聞いて、女神エヌへの同情を禁じ得ないサーロインだったが、微妙にテンションが下がるのを感じていた。
エル 「だから、普通の勇者が助けに行ってもダメなの。いくら魔神ハヤブサを倒したって、連れ帰れることができない。きっと劣等感に耐えられなくて、神通力のありったけを使って逃げ出してしまう。目は見えないけど、本能で相手の『美』はわかるみたいなのよ」
サーロイン「私ならば、劣等感を抱かずに済むと……?」
エル 「チョー適任よ。保証するわ」
さて、そんなこんなでサーロインは旅に出ると、あっと言う間に指輪の封印を解除して、魔神ガーネットの召喚にも成功した。
そして、地図の通りに進んで、あっけなくハヤブサ城に到着。盛り上がりも何もない最終決戦である。
ハヤブサ 「おのれガーネットめ。だが、わしには最後の切り札があるのだ。『V5エンジン』換装!──ハヤブサ剣『片輪走行斬り』!」
サーロイン「なんと凄まじい剣だ。だが負けるものか。魔神GO! 必殺ソケット・レーンチ!」
ハヤブサ 「うおおおおおお! まさかこのわしが、ただの工具に倒されるとは……」
かくして魔神ハヤブサは滅び去った。
サーロイン「女神エヌ様。助けにきましたよ。ご安心ください。ハヤブサはこの私が倒しました。さあ、神殿に帰りましょう」
エヌ 「おお、勇者よ。助けてくれてありがとう。不思議ね。あなたからは安らぎしか感じない」
サーロイン「はいはい、そうでしょうとも」
エヌ 「でも、残念ね。あなたにはご褒美をあげなきゃ」
サーロイン「残念?」
エヌ 「神殿に帰ったらわかるわ」
神殿に戻ると、女神エルがドンピシャのタイミングで2人の帰還を待ち構えていた。さすがは千里眼である。
エル 「ありがとう、不細工な勇者よ。姉のあたしからもお礼を言うわ」
エヌ 「本当にありがとう。じゃあ、ご褒美をあげるわね」
サーロイン「ご褒美っていったい……?」
エヌ 「わたしは美の女神。あなたの顏から、不細工さを吸い取ってあげる。本当のこと言うと、わたしとしては、今のあなたの方が安らげるんだけどね」
サーロイン「え? ということは、もしかして私が美形に?」
エヌ 「その通り。──さあ!」
女神エヌがサーロインの頭に手をかざすと、2人の身体から突如として眩い光が発せられた。
エル 「何が起きたの? この光は、何?」
エヌ 「きゃあアアア」
サーロイン「うわああああ」
光が収まると、そこには超イケメンの騎士と、神々しい気高さに包まれた美しい女神の姿があった。
サーロイン「これはいったい?」
エル 「奇蹟よ。マイナスとマイナスを掛けるとプラスになるように、物凄い不細工と不細工との相乗効果で、エヌが超ど美人になったんだわ」
エヌ 「え、ホント? わたし、自分の顏見てみたいわ。鏡貸して」
エル 「はい」
エヌ 「見える。見えるわ。なんて綺麗なわたし」
エル 「おお、エヌの眼に再び光が。感動的だわ」
サーロイン「あのう、ただ、目を開けただけのように見えるんですが……」
エヌ 「今日からわたしは名前を変えるわ。わたしの名は『ETA』。女神エターよ。──勇者さん。わたしはあなたが気に入りました。このまま一緒に神殿で暮らしましょう」
エル 「あんなに他人から逃げ回っていた妹が、これほどまで男性に対して積極的に……。嬉しくて泣けてくるわ。うるうる」
かくして、エヌエル神殿は『ETAL』神殿と呼ばれるようになり、その中で2人の女神と1人の男は末永く幸せに暮らしましたとさ。
と終わればよかったのだが、世界にはまだまだ醜いものや汚いものがいっぱいあるわけで、女神エターはしばらくして元の顏に戻ってしまったらしい。サーロインは仕方なく神殿を出て、魔神ガーネットとともにサダハル王に事情を話し、仕官を願い出た。
──ところが……。
王 「サーロイン、いやサーロイン様。我ら幻界ナダの住民は全て女神様の臣民。その女神様と一時でも神殿で一緒に暮らしておられたとあれば、もはやあなた様は、一介の神託の受け手に過ぎない私以上の存在です。どうか今すぐ私と替わって王の座におつきください。いえ、王という位ですら、もはやあなた様の格にはふさわしくない。あなた様は今日から『最上級』の『最高』の『帝王』として『最帝』とお名乗りください。伏してお願い申し上げまする」
サーロイン「最帝……。この私が……」
その時、何をどう聞きつけ、どこからやって来たのか、突如として王城の周囲におびただしい数の群衆が集まってきた。
群衆 「最帝サーロイン様、ご即位万歳! 万歳! バンザーイ! ア、ソレ、『サーイーテー』! 『サーイーテー』! 『サーイーテー』! 『サーイーテー』!」
幻界ナダじゅうに最帝サーロインを称える声が響き渡るのだった。
おしまい
ああ、長かった。どうやら降霊術が解けないまま、校門まで辿り着けたみたい。
教室に入るや、あたしは、クラスのみんなにさんざんからかわれました。いうまでもなく、泳ぎながら眠っちゃったことについてです。どんなふうにからかわれたかって? 思い出すのも嫌なので、教えたげません。
でも、思ったより、みんなの関心はあたしに集まっていませんでした。ちょっぴりほっとしてます。
実は、女子水泳部の4人組が怪我で全員入院したという話題の方に、みんなの関心が集中してたんです。昨日の午後六時頃、救急車で運ばれたそうで、その時まで学校に残ってた人は、みんなそのことを知ってました。まさかあいつらが、あたしを窮地から救ってくれるとは思いませんでしたね。
それはそうと、奇妙だったのは、保健室が目茶苦茶になったって話が、どこからも聞かれなかったってこと。しかも、どこでどう話が伝わっていったのか知りませんが、女子水泳部の連中が怪我したのも、彼らが部室でらんちき騒ぎをやった末の事故ってことになっちゃってるんです。
疑問に思ったあたしは、すぐさま保健室に行ってみました。すると、どうでしょう。あたしは唖然とするしかありませんでした。
なんと、まるで何事もなかったかの如く、完全に復元されてるではありませんか。薬品類もきっちり揃ってるんですよ。
「あんた、昨日担ぎ込まれた人ね。どうしたの? ぽかんとイカリングみたいな口しちゃって。どっか悪いの?」
保健の先生が毎度の調子で、あたしに話し掛けてきました。
「あのう、つかぬことを聞きますけど、ここ散らかってませんでした?」
「ううん。なんでそんなこと聞くの? ──ははあ、あんた夢遊病でしょ? それで、寝てる間に、何かしたんじゃないかと心配になったのね。大丈夫大丈夫。なんともなってなかったわよ」
「はあ……」
おかしい。絶対おかしい。保健室での一件は、何者かの手で完全に揉み消されてしまっています。いったい誰の仕業でしょう? 不気味としかいいようがありません。
さて。
「ミコちゃん、おはよ!」
始業間際になって、マリちゃんこと古神真理さんが、元気に教室に入ってきて、あたしの肩を叩きました。──ギクッ。
「おはよう」
そう言って、おそるおそるマリちゃんの顔を見ると、彼女ったら、にやりと薄気味悪い笑みを浮かべました。思わず恐縮してしまうあたし。
あたし、昨日は、マリちゃんに制服を返したあと、彼女をベッドに寝かせたまま、1人でまっしぐらに家へ帰っちゃったんです。母さんに怒られちゃうって、すっごく焦ってたもんで、仕方がなかったんですよ。そりゃあ、無理やり起こせば起きたでしょうが、ダメージ受けてる人に、それはあんまりだと思ったんです。
「昨日は、よくもあんな奴らと一緒に置いてきぼりにしたわね。気持ち悪かったわ。5時半頃、目を覚ましたら、あいつらが床にぐてえっとノビてんのが、いきなり視界に入ってきて……。ああ、おぞましいったらありゃしない。──普通、目を覚ますまで待っててくれるもんよ。あんた、あたしより、親孝行の方が大事なの?」
え? と一瞬戸惑いましたが、そうでした。親孝行です。厚意です。そういうことにしておきましょう。
「うん!」
と、力強く答えた後で、あたしは、マリちゃんの言葉に引っ掛かるものを感じました。マリちゃん、保健室の中で女子水泳部の連中が倒れてた状態を、しっかりと見てたんですね。これは、ちょっと、厄介ですよ。
「やれやれ、ま、あたしの仇をとってくれたことだし、勘弁してあげるわ。──そういえば、保健室、ぐちゃぐちゃじゃなかった? あれ、どうなってる?」
「しーっ!」
あたしは、反射的にマリちゃんの上唇と下唇を、右手の親指と人指し指で挟みつけました。
「ばにふるぼよ!」
「昨日の保健室でのことは内緒。いい?」
マリちゃんが首を縦に何度も振ったので、こちらが外すまでもなく、指の間からスポンと彼女の唇は抜けていきました。
「ああ、痛かった。ミコちゃん、手加減なしなんだもん」
「だって、あれ、あたしがやったのよ。誰かに聞かれちゃまずいでしょ」
「それもそうね。ごめん」
マリちゃんが、すんなりわかってくれたので、あたしはそれ以上、何も言わないことにしました。
マリちゃんはあたしに気を遣ってるつもりでしょうが、実際はその反対です。保健室での事件を揉み消した人にとっては、揉み消したはずの事実を知ってる人間が邪魔なはず。不注意なお喋りでその人を刺激してしまうことのないよう、あたしは、マリちゃんに口止めしたんです。あたしに関することで、マリちゃんには面倒をかけたくありません。
「もう、いいのよ。それより、マリちゃん、身体、大丈夫なの?」
「まだあちこち痛いけど、一応、大丈夫よ。それにほら、今日、期末テストの日程と試験範囲の発表があるじゃない。休んでなんかいられないわ」
「あ、そんなのもあったんだ」
「あんたはいいわよ。なんにも勉強しなくたって、学年1位取れるんだから。あたしは、今度こそいい成績とって、親にご褒美もらおうと思ってるの。猛勉強、やってやるわ。ミコちゃん、これから1週間、遊びになんか誘わないでね」
「はいはい」
そう返事はしときましたが、内心ではあたし、ふふん、と鼻で笑っています。内心に鼻はついてませんけど。マリちゃんの決心なんて、どうせ長続きしないに決まってます。この子の根性は、所詮あたし並です。ついでにいうと、勉強の実力も、降霊術を使わない状態のあたしと、何ら変わるところはありません。それって、県内有数の進学校である、うちの学校の中では、かなり出来の悪い部類に入ります。
さあ、朝のホームルームのチャイムが鳴りました。お喋りの時間はおしまいです。とはいっても、大部分の人は、まだ席にもつかずに、ぺちゃくちゃやってますが。
それどころか、まだ教室に来てない人も結構います。──あっ、今、1人入ってきました。三界日音里、通称、サンちゃんです。うちのクラスの女子のニックネームって、ほとんどが名前の一部に『ちゃん』を付けただけ。安直ですね。
サンちゃん、制服のネクタイを手に持ったままですから、部の朝練に行った帰りだってことがすぐわかります。体育館の更衣室からこの教室まで、相当の距離があるもんで、チャイムが鳴ると、妙に気が急いちゃって、落ち着いて着替えていられないんですよ。
「ミコちゃん、昨日は見事なボケっぷりだったね」
サンちゃんは、ネクタイを結び終えると、早速あたしの方へやってきて、いい加減聞き飽きてる台詞を、またしても聞かせてくれました。応答が面倒くさいので、寝たふりで対抗するしかありません。
「ぐうぐう」
「おい、おい」
「ぐう……………………」
「ちょっと! 用事あんだから、ホントに寝ないでよ」
「──ん? 用って何?」
「これ」
サンちゃんが、一通の封筒を差し出しました。
「うちの部長が、ミコちゃんに、って」
「サンちゃんって、女子体操部だったわね。と、いうことは部長って、あの、ちまちました有名な……」
「そ。去年のインターハイ2位の、あの人」
「中賀さん、ね」
「うん。──今すぐ封を切ってくれない? 渡したら直ちに読んでもらうよう、ことづかってるから」
「どういうこと?」
「ぐずぐずするな。早く読む!」
「はい!」
あたしは急かされるままに、封筒を開き、中の手紙を取り出しました。
「神懸さんっ! 来たわよ!」
突然、誰かが教室に駆け込んできて、そう叫びます。あたしが手紙の文面を見終えたのと、ほとんど同時でした。
〔今すぐ行きます。待っててね。──中賀絵里〕
これが手紙の文面です。何のための手紙だかわかりゃしません。
もうじき、先生が来られる頃だというのに中賀さん、いったい何の用でしょう。
中賀絵里さんは非常に小柄です。身長は1メートルほどしかありません。彼女は、その保育園児並の身長の低さを逆に利用し、年齢相応以上のジャンプ力を身につけることで、床運動での伸身3回宙返りを可能とした、すっごい人なんです。演技の優美さはかけらもありませんが、とにかく、くるくるよく回るので、去年のインターハイでは総合2位の成績を修めました。とかく校内でも、その活躍がよく話題に上る人です。
その中賀さんが、わざわざあたしの席にまで、とてとてとかわいらしい足取りでやってきました。そして、椅子に座ってるあたしを見上げ、こう言ったんです。
「放課後、話があるから、体育館に来てね」
って。
回りくどいにも程があるぞ、このガキ、と思いつつ、あたしは努めて冷静に、
「部活動の勧誘ならお断りですよ」
と、言葉を返しました。
「違うわ。もっといい話よ」
中賀さんがにこりと微笑みます。極端な童顔なので、保育園児が笑っているように見えます。無垢な天使の笑顔です。しかし、高校の雰囲気には全然合いません。
「絶対来てよね。でないと、後でひどいわよ」
そう勝手に言い残すと、中賀さんはちょこちょこと走って教室を出ていってしまいました。
唖然として見送るあたし。
「どんな話があるか、聞いてる?」
って、サンちゃんに尋ねても、
「ううん」
の一言しか返ってきません。まったく、なんだっていうんでしょう。
続く