恐怖の女子水泳部 その2
はて、ずっとボーッとしてたんで、時間の経過がよくわからないんですけど、なんだかマリちゃんの帰りが、とっても遅いような気がします。どこかで油を売ってるんでしょうか?
と、思ったその時です。保健室のドアが荒々しく開けられました。そして、揃いも揃っていかつい顔をした、ハイレグビキニ姿の4人組が、室内に押し入ってきたのです。
「あっ、マリちゃん!」
赤い水着を着た、4人組のリーダー格と思われる1人が、ぐったりとなったマリちゃんを、あたしの目の前に放り出しました。
「ごめん……ミコちゃん。服や内履きの代わりに、こんな奴ら連れてきちゃって」
マリちゃんは、苦痛に表情を歪ませながらか細い声でそう言い終えると、途端に意識を失いました。よっぽどひどい仕打ちを受けたんでしょう。――親友を傷つけられ、あたしの心に、怒りの炎が燃え立ちました。絶対に許せません。
あたしは、シーツを身体に巻き付けるや、すぐさまベッドから降り立って、4人組を睨みつけました。
「あんた達、女子水泳部ね!」
「ご明察! よくわかったわね」
リーダー格は感心したように言いました。聞くまでもなく、この人が部長でしょう。
「そのハイレグの水着を見れば、誰が見たって一目瞭然よ!」
「なるほど。さすがは学年一の秀才のことはあるわ」
なんだか、物凄く馬鹿にされている気分です。――とはいえ、今はそんなことに目くじら立ててる場合じゃありません。
「あんた達、マリちゃんに何をしたの!」
「あなたの居場所を教えてもらっただけよ。ほら、この娘、あなたといっつもつるんでるじゃない。よく見掛けるのよ。折よく出くわしたから、あなたのこと、ちょっと尋ねてみたの。手荒な真似は本意ではなかったんだけど、抵抗するもんで、仕方なく、ね」
「何が『仕方なく』よ!」
「落ち着いて。あたし達女子水泳部は、あなたの味方。あなたを救いにきたのよ。――神懸さん、あなた、狙われてるんだから」
「変なこと言わないで。狙ってるのはあんた達の方でしょ。あたし、絶対に女子水泳部には入らない! あたしはね、あんた達のような、卑劣でアブノーマルな人間が大嫌いなのよ!」
「まあ、失礼ね。そりゃ確かにあたし達は卑劣なことが大好きよ。それは自信をもって認めるわ。だけど、あたし達のどこがアブノーマルだっていうの? 侮辱は許さないわよ」
「ハイレグ着て、女子水泳部を名乗って女言葉を使う男どもの、どこが、どこがっ、まともなのよ!」
「そう言われると、自信がなくなってきちゃうな」
「部長、しっかりしてください」
それぞれ黒と青と黄色の水着をつけた、3人の女子水泳部員が、声を揃えました。
「ありがとう、頑張るわ。――ところで、神懸さん。あなた、マジな話、本当に狙われているのよ」
そう言われたって、相手が相手だけに全然信用できません。
「じゃあ聞くけど、なんであんた達、あたしなんかを救いたがるわけ?」
「今日の水泳大会のあなたが、素敵だったから」
ひええ。泳ぎながら眠って、なおかつトップでゴールインした異常さが、異常なこの人達の波長に合ってしまったんでしょうか? これは、とってもまずいことです。――それにしても、この人達、みんな3年生のはず。やっぱり、授業をサボってあたし達の水泳大会、見てたんでしょうかね。
「あたし達は、長い間、捜していたの。5人目の、そして、最後の同志を」
「それが、あたしだっつうの? 冗談じゃないわ」
「黙ってお聞きなさい。あなたは選ばれた人間なのよ。あたし達の同志になれる人間は、もはやあなたしかいないの。――さあ、あなたは今日から『背泳ピンク』になるのよ。それが、あなたに残された唯一の道」
「ちょ、ちょっと待ってよ。背泳ピンクなんて、あたしは知らないわ」
突然女子水泳部の部長が、妙なことを言い出したので、あたしは面食らってしまいました。
「背泳ピンク、それは水の戦士。――ある時、水があたし達の心の中に、こう訴えかけてきたわ。『我を――水を護れ』と」
「んで?」
もうあたしは真面目に聞いてません。眉に唾をべたべた塗りたくってます。
「水は生きているのよ。世界中の水全体で、1つの生命体を構成しているの。あらゆる生き物は、水が持つ莫大な生命力のほんの一部を貸してもらっているに過ぎない。ところが愚かな人間達は、その母なる水を、重金属や有機物や、放射性物質でどんどん汚染し、殺そうとしているわ」
「それから?」
「今、水は凄まじい勢いで衰弱してきているの。このままでは、水の生命はあと数年ともたない。水が死ねば、地球上の全生物は一瞬にして滅びてしまうのよ」
「ふうん」
「女子水泳部とは世を忍ぶ仮の姿。あたし達は金儲けに日夜明け暮れる、薄汚い人間どもの魔の手から、美しい生命の水を守るため、水によって選ばれた水の戦士。――その名も『フリースタイルレッド』!」
「『バタフライブラック』!」
「『平泳ぎブルー』!」
「『シンクロナイズドスイミングイエロー』! ――ああ、面倒くさい名前」
「我ら、『水泳戦隊スイレンジャー』!」
女子水泳部の連中は、赤に始まって、黒、青、黄色の水着の順番で、次々に名乗りを上げると、最後に合同で決めポーズをとりました。見ていたあたしがあきれたのは、いうまでもありません。――やっぱりこいつらとびっきりの変態だわ。
「そして、神懸さん。あなたが5人目のスイレンジャーなのよ。スイレンジャーになれるのは、世界でたったの5人だけ。そうよ、スイレンジャー最後の1人、背泳ピンクがあなたなの」
「なんであたしが、そんなしょうもないもんにならなきゃなんないのよ!」
「水が言っていたわ。遭難して疲れきっているわけでもないのに、泳ぎながら眠ることのできる者、それがスイレンジャーになるべき人物だと」
「それじゃあ、あんた達も……!」
「そうよ。あなたと同じ、泳ぎながら眠れる選ばれた人間よ。あたし達はあなたの出現をずっと待っていた。水の言葉を信じて待ち続けた甲斐があったわ。水の大いなる意志により、スイレンジャーは全てこの学校に集結することが、定められていたのよ。――さあ、女子水泳部にいらっしゃい。あなたが来れば、スイレンジャーは本格的な活動を開始できるし、あなたを危険な奴らから守ってだってあげられる」
「べーだっ!」
あたしは、顎まで届くくらいに、思いっきり舌を出してやりました。
「あたしがそんな子供だまし、鵜呑みにすると思う? あたしは、あんた達を絶対に許さない、って言ったはずよ」
「言ってないって」
シンクロナイズドスイミングイエローの人が鋭く指摘してきました。確かめてみたら本当に言ってませんでした。心の中では思ってたんですがね。
「じゃあ、今言うわ。よくも関係ないマリちゃんを痛めつけてくれたわね。あんた達のような卑劣な連中は、このあたしが絶対に許さない!」
「わからない人ね」
「わかりたくもないわ」
「でもね、神懸さん。事態はあなたの意志に関わらず切迫してきているの。このままあなたを野放しにしておけば、きっと奴らは、あなたを襲って再起不能にしてしまうわ。そうなれば、もうスイレンジャーもおしまい。スイレンジャーは5人揃わないと、本来の能力を全然発揮できないの。――どうやら、どんな手段を用いても、あなたをあたし達の保護下に置くしかないようね」
「やる気?」
「ええ。そのシーツをはぎ取らせていただくわ。それから、あなたの全裸の写真をいっぱい撮るの。その写真、どうしましょうか? ――ほら、言うこと聞きたくなってくるでしょ」
スマートフォンを取り出すと、じりじりとあたしに迫ってきました。
「汚い。卑劣すぎるわ。あんた達、それでも正義の味方、やってるつもりなの?」
「ノーノー。あたし達、水は護っても、正義は守らない」
「威張って言える台詞?」
「うん! ――みんな、やるわよ!」
「オー」
女子水泳部の4人が、あたしの周りを取り囲みました。みんな、いやらしい目つきで、あたしを見つめています。大ピンチです。ここは降霊術を使うしかないでしょう。
でも問題が1つ。いったい誰を降霊させるべきか。こういう事態の時は、荒事にも対応できる橘君が鉄板なんですが、彼が今、何をしているのかわからないのが不安です。例えばもし、階段を駆け下りてる最中だったとしたら、大怪我をさせかねません。ま、あたしが怪我するわけでもなし、別にいいか。ひとまず最終手段としてキープ。まずは……おっ、ナイスアイディアを思いつきました。さすがあたし。これで勝てるぜ。
「あんた達、4対1でよってたかってなんて、はっきり言ってクズね。勇気があるなら、1人ずつ順番に掛かってきなさい。強い奴からでいいわ」
思いっきり上から目線で挑発します。すると、女子水泳部の部長が一歩前に進み出ました。予想通り。体格が残りの3人とは全然違います。
よし。強い者は敵でも使え。
あたしは、右手を天井に向けて真っ直ぐに伸ばし、人指し指と中指を突き出しました。次いで、左手を前方に伸ばして、人指し指と親指を突き出します。そして、精神を集中。腹の底から息を絞り出すようにして、呪文を唱えます。
「ウエルカムウエルカム・ライライライ、来たれ我が心のしもべよ」
よし。女子水泳部の部長の目が虚ろになって、身体がふらつき始めました。あたしの身体に部長さんの生霊を呼び込めたみたいです。あとは、最後の一声とともに、あたしの魂が肉体を離れ、降霊術の完成となります。
「――降霊!」
続く
今回は連続投稿ですが、話を補充していく関係で、次の更新は三日後くらいです。よろしくお願いします。