在りし日の思い出
全ての終わりの、始まり。
いまや恒例の行事となってしまった魔王自身が率いる「都市襲来」が本日も行なわれた。今まで嫌になる程見てきた風景だが、やはり街が真っ赤に染るというのは精神的にずしりと来るものがある。特に今日は、逃げろと言っても腰を抜かして動けなくなるガキと、「エルフ」だとかいう種族の亜人の娘を救助した為、非常に疲労が溜まっている。追加報酬をたんまりと頂かないと割に合わない。俺と同じ部隊の「王都直属騎士」の奴らは演習の時はゲラゲラ大はしゃぎして張り切っているくせして実戦になると急にしり込みしてなかなか出撃しなかったので、結局大量の死傷者を出し、街自体にも深刻なダメージを与えるという凄まじい無脳っぷりを見せつけてくれた。
おまけに魔王自身に「精製城」を更地に戻された為にこの場所付近からは再び無尽蔵に魔物が生まれ続けるだろう。
残った都市は四つから六つが良いところにだろうな。この調子だと後数ヶ月辺りで人類が滅亡してもおかしくない。人類滅亡。するなら勝手にすればいい。俺はどうせ後二、三日後にくたばるのだ。アンヌが死んだあの日あの瞬間から俺の人生は死んだも同然の日々となった。否、一応まだ死んではいないのか、なんせ、モルモット同然の状態で研究所に囲われているのだから。
俺の妻、アンヌが「マモノ病」なる病魔に襲われた時から俺達二人の人生は傾いていったのだろう。あの頃は幸せの絶頂だった。俺もこの騎士という仕事に誇りを持っていたし、彼女もまた、俺の仕事に誇りを持ってくれていた。都市襲来の時も人並み以上の活躍をした。魔物三体を同時に相手にし町人達をその間に逃がすなど、今思うと鳥肌ものの活躍をしたこともあった。それもこれも必ず帰って彼女の微笑む顔を見るという覚悟があったからだ。
いつもと同じく街の見回りを終わらし、いつもと変わらない家庭へ戻った時、俺に笑いかけてくれるアンヌの姿は無かった。どことなく漂う嫌な雰囲気に後押しされ、キッチンに飛んでいくと、都市襲来の時に現れる黒い噴煙に包まれて倒れているアンヌがいた。
俺は何が起こったのか分からないまま、彼女を抱えて街の診療所に全力で走った。苦しそうに粉塵を咳き込む彼女を見ていられなかった。出来ることなら変わってやりたい。そんなことを考えながら医師の診察結果を待った。そして医師からの診察結果は予想だにしないものだった。「病名不明」。医師の首根っこを掴んで問いただしたことは今でもはっきりと覚えている。その後、アンヌは王都にある最新鋭の医療機関で治療を受けることとなった。医療費は全額王都が負担してくれるという知らせを受けた時、戸惑うと同時にとても嬉しかった。未知の病気の研究の為でもあるだろうが、国がアンヌの為に全力で治療をしてくれるという事実があると考えるのが救いだった。
そんな俺の元に約二週間後届いた手紙は信じられない内容だった。
アンヌが病によって死んだ。
あまりのショックに気を失いかけた。頭が真っ白になるという状態を初めて味わった。震える足で王都の治療機関へ飛んで行ったが、俺に渡されたのはアンヌのものだという骨だけだった。担当医からは身体が魔素の粒子に完全に侵食されてしまったという話しか聞けなかった。何かを隠していると確信したのもその時だ。
おぼつかない足取りでそのまま俺は王都の図書館へ向かった。何か、何か一つでもアンヌに結びつく何かが無いか医療に関する本を何日も何日も掛けて読み解いていく。
ない。ちがう。これでもない。
殆どの本を読み切った時、古い医療書に小さな記事だがアンヌと良く似た症状の病を見つけた。
『マモノ病』
身体が粉塵となる病。その先は破り取られており、読むことが出来なかった。その時の俺には何者かによってその文献のみ隠蔽されようとしているようにしか見えなかった。必死だった。漸く見つけた妻との繋がりの糸をたぐり寄せることに。
その日の深夜の内に、俺は図書館へ忍び込んだ。目的は、禁書と呼ばれる書物を読むためだ。こうなれば、ここにしか情報はない。そう信じ、予め加工しておいた窓から侵入し、一目散に禁書が置かれている部屋へ向かった。
お目当ての物はすぐに見つかった。
マクロカンタノシア
「魔導反動病録」
非常に古く、黄ばんだ羊皮紙で出来たこの書物は、王都の連中が魔導師育成の邪魔と考え、殆ど焼き払ったと言われた医療書だ。内容は魔術の危険性、その反動による病について詳しく説明されているらしい。故にこうして何冊かはなにか起きた時の為に保存されている。ふざけた奴等だ。
マモノ……マモノ、…あった!!
ようやく見つけた。王都の連中がひた隠しにしてきた事実を突き止めた。病の詳細が気になる。
『マモノ病』
『患者の肉体がゆっくりと高純度魔素となる病。魔素がまとわりつく様子が魔物に似ている為、命名された。魔物に襲われた場合や、魔術の使い過ぎによって発症するものとはまた違った病である。術式を直接埋め込むことで病の進行をほぼ完全に抑え込める。
この病を発症する人間は非常に稀で、発生する魔素も非常に強力なものなので
『キルヒェンリート計画』の前進に大きく貢献してくれるだろう。』
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな!!
何が「病名不明」だ。「死亡した」だ。
治療が出来る病だったんだ。それなのに……なんで…
怒り、悲しみ、憎しみ、腑甲斐無さ。
身体の震えが止まらない。
利用されたんだ、『キルヒェンリート計画』なるものに…
その日から俺は、二十年近くも大嫌いな王都の騎士を続け、情報を集め続けた。そしてようやく、『キルヒェンリート計画』に関係ある情報を掴んだ。研究所だ。この破壊された「第四都市」の近くに王都の極秘の研究所があるというのだ。都市の中に建てられない王都の建造物。全く情報の無い「計画」。
この二つが関係の無いわけがない。
どうせ一つしかない命のなら、人類滅亡に巻き込まれより、アンヌを利用した計画をぶち壊す為に使ったほうが有意義だ。
男は血にまみれた城の廃墟から、ゆっくりと歩みを進めることにした。
男が通った後には、踏みつけられた王都の騎士の骸が転がっていた。
『バルドー ・ユスティーツ』
「ジョブ」:王都騎士
「装備」 : シミター・魔導反動病録
体力:62
魔力:36
筋力:レベル5 耐久力:レベル5
俊敏性:レベル3
「スキル」:『不屈』『剣技』『受癒』
同時並行でこちらも進めていきます。
良ければ本編の方も宜しくお願いします。