冷たい果実を召し上がれ
8月
街の商業地区の広場はたくさんの色鮮やかなパラソルで埋め尽くされる。
いつも活気ある広場がいっそう華やかな明るい空気に包まれ、大勢の人々が街に押し寄せる夢の7日間…。
パラソルの下には料理から衣類まで様々な出店があり、商人たちは持ち前の大きな声とうまい口説き文句で客引きをしている。
明るい音楽と人々のざわめきの中に、澄んでよく通る少女の声が響く。
少女のパラソルの場所は広場の中心部からは少し離れた場所だが、人通りは多く、それなりに賑わっていた。
「今年のリコラスはここ数年で一番の甘さですよ!さあ、召し上がってくださいな。今ならよく冷えてますわ。あらお客さん、今日は早くいらっしゃったのね。どう?今日の売り上げは?」
少女にそう問われた青年は、額の汗をぬぐいながら軽くため息をついた。
「だめだね。全くこの暑さじゃあ、街を歩いたってものの数分でぐったりだ。人は涼しい建物の中に入っていくだけ。パラソル商売で儲かってるのはここみたいにフルーツか、冷えた酒を売ってる店だけだろうな。みんな冷たいものを欲してるってわけさ。俺の商売あがったりだよ。あ!奥に置いてある方が冷えてるだろ?思いっきり冷えたのを頼むよ。」
そう言いつつ、青年は店先ののベンチによいしょと腰を下ろし、儲けの計算をし始める。
その顔はだんだん険しくなっていき…。
「あー……。まだ昼間とはいえ、昨日の半額以下とはなぁ。お!ありがとう。」
言われた通り、思い切り冷えたリコラスの小皿を持って来た少女は、人様のパラソル内での自分の儲けを計算する図々しい態度に、きりりと眉をつりあげた。
「ちょっと、ザック!いくら先輩とはいえ、ここは私のお店よ。我が物顔で自分の儲けの計算しないでちょうだい。さあ、ご注文通りのよく冷えたやつよ。儲けの計算はそれくらいにして、召し上がりなさいな。」
お金を問答無用で片付けさせ、小皿をテーブルに置く。
店先でお金の計算をされたのでは、美味しいリコラスを低価格で誰もが買いやすいように販売するこの店の印象が台無しになるではないか。
「相変わらず気が強いなぁ、リリーは。目がコワイぞ。何でこんなに迫力あるんだか。組合の中でも有名だぞ、お前のおっかない顔。若い女のくせに怒った顔ときたら、町の衛兵も一睨みで怯えさせる恐ろしさってな。ああコワイねぇ、全く。」
そんなことを言って、クックッと笑いながらリコラスをつつく彼の向かい側にリリーはイスを持ってきた。
「おい、仕事しなくていいのか?今は稼ぎ時だろ?」
そう言われているにも関わらず、リリーは休憩中を示す看板を店先にたてかける。
「おあいにくさま。どっかの商売と違ってリコラスは気温が低い時を除けば、朝でも昼でも夜でも売れますのよ。」
少々トゲトゲしい口調に、相手も気付いたようだ。一拍おいて、素直に頭を下げた。
「…悪かった!言いすぎた。さすがに衛兵も怯えるほどってのは、俺も言いすぎだと思う。うん。当然だよな。すまん。ほら、これ一口やるから機嫌なおしてくれよ。な?」
差し出されたリコラスを無言でパクッと食べたあと、リリーはじっとザックを見つめた。
飲み込んでから口を開く。
「これくらいで私の機嫌が直るとでも思うの、先輩?」
ザックは渋い顔をして頭をかいた。
(俺もバカだよなぁ。よりにもよってこのタイミングで口を滑らせるなんて。)
自分の儲けが今一つなのは仕方がないとして、ここに来たのはリリーにぼやくのが目的ではないのだ。
(ここで話を切り出したところで、俺は相手にされないだろうな。ここはやっぱり店じまいまて待つか…。いや、でも店じまいのあとも組合の会合があるしな。それの後だと…って、いつも後回しにするから俺はダメなんだろうが!ここはやっぱり…)
「……ック!ザック!私の話聞いてる?」