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あなたはXXXXXXですか?

作者: 柳田陽

 晴れた日の朝だった・・・

男は部屋でたばこの煙を深く吸い込んでいる。


 彼は先月仕事を失い、妻と子供は出て行った。

学歴もなく、特に資格の類を持たない彼は今年38歳、不景気が叫ばれて久しい昨今では再就職の口を捜すのも容易ではないだろう。

 本当ならば今頃は職業安定所に出かけめぼしい仕事を探して歩き回るべきなのであろうが、傷心に暮れた彼には「やる気」というものがカケラも残っていなかった。

彼を取り巻くあらゆる逆境よりもこのことが一番の深刻な問題点と言える。


 「こんな男は見限るべき!!」

妻の下した判断は利口と言って差し支えなかろう。

いや、そもそもこんな男を一度でも選んでしまったのだから決してそうではないのかもしれない・・・


 換金性の高い家財道具は全て売り払い生活費の足しにしたため伽藍とした部屋にはガラクタばかりが放置されている。

無論彼もその対象外ではなかった。


 「どうしたものだろう・・・何一つやる気が起こらない」

部屋の随所に散らばるガラクタを眺めながら大きなため息とともにつぶやく。

 「リサイクルショップで引き取ってすらもらえなかったお前らには存在意義なんて無いのさ、どこの会社に行っても相手にもされない俺と同じだ・・・」

もの言わぬガラクタに話しかけている自らの異常性に気が付き、気が狂う日もそう遠くは無いと苦笑いを浮かべている時だった。


 「ジリリリリリリリー」

とっくに止まっていたはずの携帯電話が静寂を切り裂いた。

 「なんだなんだ?」

不気味ではあったがとりあえず出てみることに決めたのは約10回目のコールの後だった。

 「あなたはXXXXXXですか?」

???大事な部分が聞き取れない・・・


 「あなたはXXXXXXですか?」

 「なんだ??どうやって電話をかけているんだ??」


 「あなたはXXXXXXですか?」

 「お前は一体誰なんだ?」


 「あなたはXXXXXXですか?」


 こちらから何度呼びかけても一切無視を決め込み陰気な女の声は何度も繰り返した。


 「あなたはXXXXXXですか?」


 全くワケが分からない・・・もしかしたら俺はすでに気が狂っていて、今や何の機能も果たさない、かつて携帯電話と呼ばれていたガラクタに向かって一人でしゃべっているのだろうか?

そんな彼の思考をよそにガラクタは淡々と繰り返している。

 「あなたはXXXXXXですか?」

約20分に渡って繰り広げられた噛みあわない問答に一向に進展が見られないため、彼は電話を切ることにした。


 「一体今の電話は何だったんだろう?あなたはXXXXXXですか?のXXXXXXの部分は一体何と言っているんだろう?」

疑問と恐怖心がふつふつと湧き出してくる。

そういえば稲川淳二の怪談にそんな話があった。

女は実は「あなた死にたいんでしょ?」と言っていてそれを聞き取れるまで電話を切らず「俺は死にたくない!!」とはっきり言わねば近日中に死んでしまうといった内容の話だ。


 「まずい、俺は電話を途中で切ってしまった・・・」

近日中にやってくるかもしれない死の恐怖に怯え、彼の顔はたちまち青ざめた。

自らの薄運を嘆き「いっそのこと」とどこかで考えていた彼だったが突然湧き出た死の影には心底恐怖した。

 「死にたくねえ!!」

そうつぶやいた瞬間再びガラクタがうなりをあげる。


 「もしもし?」

 「あなたはXXXXXXですか?」

良かった。もう一度チャンスはあったようだ。

彼は意識的にこれ以上ないほどはっきりとした活舌で叫んだ。

 「俺は死にたくない!!死にたくないよ!!」


・・・「あなたはXXXXXXですか?」

 「??違うのか??」

どうやら質問の内容は例の怪談とは違うようだ。


 ならばXXXXXXに入る事柄はなんだ。

「あなたはXXXXXXですか?」という質問に対しては「俺はXXXXXXだ」で答えるのが適当であろう。

「俺はXXXXXXだ」

・・・俺は何だ?

この日からXXXXXXにあらゆる語句を代入してあの女の質問を想像することが日課になった。


 「あなたはガラクタみたいな人間ですか?」

 「俺はガラクタ人間だ」

この体たらくっぷりを見れば他人は俺のことをガラクタ扱いするんだろうし自分でもそう思う。

存在意義が欲しくてたまらない。


 「あなたはひどい夫ですか?」

 「俺はひどい夫だ」

おそらくもうすぐ離婚届が届くだろうから夫では無くなるだろうが、妻には散々迷惑をかけた。

大恋愛の末、結婚したあの頃がウソみたいに夫婦仲が冷え切ってしまったのも金絡みの喧嘩が絶えなかったせいだろう。


 無職である彼には他にやることが無かったため四六時中考えた。

そして毎日必ずかかってくるあの陰気な女からの電話にその日の思考の成果を報告する。


 「あなたは後悔しているんですか?」

 「俺は後悔している」

今までの生きかた、無気力になってしまった現在、なんとなく過ごしてしまった時間、自ら踏みにじってしまった大事な人、

その全てに後悔している。


 「あなたは反省しているんですか?」

 「俺は反省している」

おおいに反省している。これ程自己に嫌悪感を覚えたことはこれまでなかった。


 何度目の電話であろうか、いつものように静寂を切り裂く唸り声を止め彼はガラクタを握り締める。


 「あなたはXXXXXXですか?」

 「俺はやり直したい!!」


 そう叫ぶと彼はドアを蹴破り、外に向かって走り出した。


 意味不明の質問を長期間浴びせられ、それに対し飽き飽きするほど思考を繰り返したことによって、

彼は次第に自らが潜在的に望む質問を代入し、結果自らが望む答えを得た。

思考を止めた時人間の精神は死ぬが、

思考を繰り返しつづければ必ずや道は開けるのだ。


 

 一ヵ月後彼は妻と子供を迎えに田舎の一軒家を尋ねていた。

この後、妻の部屋で見慣れた番号が表示された先月分の携帯電話の領収書を見つけ彼は思うのだ。

「この女は俺が想像していたよりはるかに利口で偉大である」と・・・



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