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妖怪モノ

七歩の先

妖怪モノ二本目です。

そこまでほのぼのはしてませんが、グロくはないです。

うっかりしていた。

それだけで言い訳できるようなものでもないが、油断していた。

墨をぶちまけたような曇天から雨が降ってくる。闇夜に明かりはなく、雨は木々の葉や地を叩く音、そして己の体を濡らしてゆく感触としてだけ存在する。

≪それ≫は溜息を漏らし、境目の見えぬ空を見上げた。

体が冷えていき、睡魔が襲う。

それは降る雨のせいだけではないことは、≪それ≫が一番よく知っていた。腕の付け根から脇腹にかけてまっすぐ走る深い傷から流れる血が恐らく体を冷やす主要因だ。

(情けない……)

≪それ≫はため息をつき、己の命の灯が消えゆくことを既に諦めているかのように瞳を閉じた。≪それ≫の目には闇を通して見えていた世界も闇に包まれ、見えなくなる。

(まさか、この私が驕り(おごり)で死ぬなど……)

≪それ≫は最後にそう思い、

意識を手放した。


          ――――――――――


(早く……早くしないと。)

昨日の雨でぬかるみ、歩きにくい地面の上を一人の少女が走っていた。

何度も解れたのを繕ってきているのか、着ている着物はつぎはぎが目立ち、元の着物の部分のほうが少なく感じられるほうだった。結った髪に差した簪が多少のおしゃれのようだったが、それも装飾部分が欠け、多くの人の手を回ってきた安物だとうかがえた。

少女は小脇に抱えた小さな包みを丁寧に抱え直し、着物の袖で額に浮かんだ汗をぬぐった。

(早くしないと……怒られてしまいます。)

少女は一度大きな息を吐き、気持ちを入れ替えてからもう一度走り出そうとして、

「……あれ?」

≪それ≫を見つけた。

≪それ≫は道端の草むらに隠れるように横たわっていた。

(これは……妖怪……ですか?)

≪それ≫は近所のおばあちゃんから聞いた妖怪の七歩蛇(しちほだ)に似ていた。

大きさは四寸|(約12センチメートル)程の小さな蛇だ。ただ、普通の蛇ではなく、龍を小さくしたような姿だ。四本の足があり、色は真っ赤だ。鱗の間が金に光り、耳がぴんっと立っている。

名前の由来は七歩蛇が牙に持つと言われる猛毒だ。

七歩蛇に噛まれたものはその猛毒で七歩も行かぬうちに死ぬという。

小さい体に恐ろしい力を持った妖怪だ。

(まさか、本当にいたなんて―――!)

妖怪の話はよく聞いた。面白かったし、お婆ちゃんやお爺ちゃんは優しかった。だからもし会った時の対処法にも詳しいつもりでいた。

けど、実際に会ってみれば相手が動かなくても(・・・・・・)恐ろしい。

(……え?)

少女はふと、七歩蛇が一切動かないことに気づく。寝ているのだろうか?と考え、それは違うと否定する。この道は何度も通ったことのある道だ。けれど七歩蛇を見たのは初めてで、だからこそ七歩蛇がここで寝ているのではないと思った。

(どうしたんでしょうか……?)

少女は恐る恐る近づき……はっと息をのんだ。

七歩蛇の、右のわき腹。赤い肌に隠れて見えないが、腕の付け根からまっすぐに深い爪痕が残っている。雨に流されてはいるが、血も多く出ているのだろう。

(大変……!)

少女は相手が妖怪だということも忘れ、駆けよる。……包みをつぶさないように気を使ったが。

(息は……しています。)

少女は取りあえずほっと息をつき、恐る恐る周囲を窺う。そして誰もいないことを確認して、

「よいっ……しょ」

小さい掛け声とともに、少女は七歩蛇を持ち上げる。力の入っていないその体躯は意外に重く、少女は少しよろめきながら、七歩蛇を己の着物の袂へ入れた。ひんやりと冷たいその体に身がすくむが、

(鼓動は、あります……!)

妖怪の仕組みは知らないが、人の場合それは生命がつながっている証拠だ。

少女は七歩蛇が死んでしまわないか、という恐怖を頷いて否定し、先ほどよりも早く、足を動かし、

走った。

父に怒られるから、という理由で走っていた時とは違い、体も心もまっすぐ前に進んでいった。


          ――――――――――


(全く……)

三十代ぐらいの男性がいた。顔に媚を売るような笑みを湛え、正面に座るきれいな身なりの男性と話していた。ちらりと視線を動かし、外を見て

(あの馬鹿は何をやっている……!)

待っているのはまんじゅうを買いに行かせた己の娘だ。男の家は金持ちではなく、まんじゅうを買うなんて贅沢はめったにできないが、今日の客はもてなし、機嫌を取らねばならぬ客だ。

だからまんじゅうを買いに行かせた。というのに、

(遅い……!)

男性が内心でそう言った時だった。娘が息を切らし、けれどまんじゅうを乗せた器と茶の入った湯呑を盆に載せ、襖を開いて入ってきた。

「お口に合うかわかりませんが―――どうぞ、召し上がってください。」

そう言い、丁寧に……町人の娘なりに丁寧に礼をし、去ろうとする。

しかし、身なりの綺麗な男性が娘の姿をじろじろながめ、湿った着物に目を止め、手でもてあそんでいた扇子でびしり、と指す。

「その着物はどうした?」

(馬鹿……!)

娘の犯した失態に、男性は焦って内心で毒を吐く。娘も慌てて着物を見下ろし、湿っているのを見て、慌てて頭を下げる。

「すいませんっ途中で濡れた木にぶつかってしまいましたもので……でもご安心ください。まんじゅうは濡れてませんのでっ!」

(いう事がほかにあるだろう……!)

男性はそう思い、はらはらした様子で正面の男性を見る。彼は納得したように頷き、

「成程。……引き留めて悪かった。下がってよい。」

そう言った。娘は再び一礼をして、襖の向こうに消える。男性はとりあえずどうにかなったことに内心でほっとし、

「すいません。お騒がせしまして。」

そう謝罪をする。綺麗な身なりの男性はいや、と否定し、

「あれぐらい元気があったほうがよいだろう。……さて……」

袂から紙と筆を取り出し、

「幾らでそちらの娘を吉原(うち)に売る?」


          ――――――――――


(あ……危なかったです!)

少女―――はな(・・)はばれなかったことに息を吐き、着物の袂から七歩蛇を取り出す。くったりしたその姿にはまだ鼓動があって、素手に触ると、冷たい皮膚の下に温もりがあるのが分かる。

―――生きているのが分かる。

(よかった……)

少女はもう一度安堵の息を吐いて、採りだめている薬草を取り出しながら、七歩蛇の深い傷を見る。

(痛そうです……。)

それは何故ついたのだろうか?教えてくれるとは思えないが、痛いのだろうということは分かった。

(早く、手当をしなければ……)

はなはよしっ!と気合を込めて、薬草をするためにすり鉢を取り出した。

妖怪という恐怖は、すでに薄れていた。


          ――――――――――


(……っ)

≪それ≫……七歩蛇は深く体の芯に突き刺さるような刺激で目を覚ました。

「あ……()みました……?」

痛みとして襲いかかってきた沁みの後にやって来たのはそんな温かい言葉だ。七歩蛇はまだぼんやりする目を瞬きを繰り返して開き、自分が誰かの膝の上―――人間の膝の上で治療をされていることに気づいた。

(……人間っ!?)

七歩蛇は慌てて痛む体を動かそうとし……ぼてっと情けなく畳の上に落ちた。

「あ……駄目ですよっ。まだ治療は終わってないんですから!」

「……。」

七歩蛇は情けなく思いながら、声をかけてきた人物に目を向ける。

恐らく、町人の娘……身分の低い貧しい家の娘だろう。けれど、身なりさえしっかりすれば化けそうな少女だった。貧しい格好の今ですら、野にあふれる雑草の中で凛と咲く花のような可憐さがあった。

「おま……お前、は―――」

七歩蛇は動かしにくい喉を動かし、声を発する。

「まだ駄目ですっ。治療が終わるまで、大人しくしてくださいっ!」

少女は慌ててそう言い、よいしょっ……と小さな掛け声とともに、七歩蛇を膝の上に乗せなおす。

「沁みますからねー。」

そう言い、摘んできた薬草を七歩蛇の傷口に刷り込んでいく。忠告通り沁み、声が漏れかけたが妖怪としてのプライドで、七歩蛇はそれらを飲み込む。

「でも、よかったです。」

薬草を丁寧に塗りこみながら、少女はほっとした声で言う。

「冷たくなってて……心臓は動いてましたけど、妖怪(人ならざる存在)人間(私たち)と同じなのか、不安で。」

(この娘……正気か?)

七歩蛇は古着を裂いて作られた包帯を巻かれながら、思う。

「あ。ちゃんとお湯で洗ってますから、安心してくださいねー。」

(丁寧だ……ってそうではなく。)

七歩蛇はその猛毒で生物を七歩も行かぬうちに殺せる妖怪だ。外見でわかるだろうし、言葉を発しても驚かなかった時点で……というより、妖怪だとこの娘は知っていた。なのに、

(私を心配する……だと?)

どういう算段なのだろうか、と思う。七歩蛇の毒は毒ではあるものの、薬にはならない。殺し以外の道はないはずだ。誰か殺したい人間があるなら話は別だが……

「よしっ。できましたよー。」

七歩蛇は少女の正面に置かれた座布団に下ろされながら、少女を見上げ、とりあえず

「すまない。手を煩わせた。」

礼を言う。少女はいえいえー。と否定する。

(うむ。流石日本人だな。……奥ゆかしい。)

七歩蛇は納得し頷き、礼は言ったことにして、本題に入る。

「それで……小娘。」

「あ、はな(・・)です。私、はな(・・)といいます。」

「む……。では、おはな。」

「はいっ!」

名前を呼ばれ、うれしそうに返事するしょ―――はな(・・)に調子を狂わされながら、七歩蛇は聞く。

「何故、人ではない(妖怪である)私を助けた?」

その質問に、少女は―――


          ――――――――――


(何で、助けた……ですか?)

思う。なぜ助けたのか、と。

はな(自分)は人間で、七歩蛇()は妖怪だ。脅かし脅かされ、殺し殺され、恨み恨まれ、倒し倒され、滅し滅されという関係はあれど、救い救われ、という関係は七歩蛇の中にはないのだろう。

(送り狼など、きちんとすれば手助けをして下さる妖怪さんたちもいるにはいるのですが……)

七歩蛇はそれを知らないのだろうか?とりあえず、今は聞かれたことに対する答えだ。

はな(・・)は暫く考え、

「怪我していたから……ですかね?」

言った。


          ――――――――――


(怪我をしていたから……だと?)

何といい加減な理由だ、と思った。単純すぎて、驚いた。

そもそも七歩蛇の怪我の理由は自分の驕り―――自分より劣っていると思っていた妖怪に引っかかれたものだ。……情けないから言わないが。

けれど、はな(・・)は本気で言っている様子で……

(人の考えることは分からん……!)

七歩蛇はその言葉ですべてを片づけ、違う話題に移る。

「では、おはな。お前は何故あの道を通っていた?」

「まんじゅうを買いに行ってたんです。」

ほのぼのとした話題に、はな(・・)が嬉しそうにそう返す。七歩蛇はそこまでこの会話が楽しいのか?と疑問に思いながらも続ける。

「まんじゅう……?来客でもあるのか?」

「はい。今、いらっしゃってます。」

(だったら……私は迷惑ではないのか?)

少し不安に思い……七歩蛇は自分がこの人間を同等に考えていたことに驚く。

そんな七歩蛇の考えを感じ取ったのか、はな(・・)がフォローするように笑い、

「大丈夫ですよ。気にしないでください。」

そう言った。七歩蛇はそうか……と呟き、

「客人は何用で?」

尋ねた。はな(・・)はそれに表情を曇らせ……けれど、七歩蛇を心配させないように笑って、

「私を買う話を、してるんです。」


          ――――――――――


(売る……?それは、)

「吉原に、ということか?」

その問いにはな(・・)は頷く。

吉原は周囲をお歯黒溝(どぶ)と呼ばれる幅二間|(三.六メートル)の堀に囲まれた外界からは孤立した町だ。女性を前借金で拘束する町で―――

「そこに、売られる……と?」

はな(・・)は静かにうなずき、

「うちは貧しいですから。」

苦笑とともに言った。

……以前の七歩蛇ならはな(・・)が売られる運命から救ってもらうために自分を助けたのだ、と思ったのだろう。

……けれど、その優しさを受けた今ならば。

「私に任せよ。」

七歩蛇は体を浮かし、力強い声で言った。

「私がお前を救ってやる。」

救われたお礼だ、と似合わぬ行為を言い訳しながら。


          ――――――――――


(ここか……)

七歩蛇は不安そうに部屋の場所を教えたはな(・・)が言っていた部屋の前……といっても、二部屋あるうちの片方だったのだが。にたどり着き、中の話を伺う。中でははな(・・)を売る話が盛り上がっていて……

(自分の身内を売るなど……吐き気がするわ!)

七歩蛇はそう内心で吐き捨て、はな(・・)に内心で謝りながら襖を突き破った。

急に現れた妖怪に驚き、腰を抜かす男性二人を睨み、七歩蛇ははな(・・)との会話では抑えていたさっきを解き放ち、低い声で告げる。

「七歩蛇というものだ。」

低く、おどろおどろしい声で、

「今すぐこの取引を中止せよ。さもなくば―――」

死を宣告するように、告げる。

「わが毒で七歩行かぬうちに死に逝くか?」


          ――――――――――


見るな、と七歩蛇に言われ、はな(・・)は部屋を移動しないまま、父たちのいる部屋の方向を窺っていた。

(どうなってるんだろう……?)

不安に思う。

(七歩蛇さんが『殺さない』って言ってたので、死んではないと思うんですが……)

悲鳴が聞こえるのが生きている証拠だろうか?けれど、父はここにいても身がすくむような殺気に耐えれているだろうか?

不安に押しつぶされそうになり、約束を破ろうか、と考え始めたころだった。

七歩蛇が戻ってきた。殺気を封じ、悠々と宙を泳いで。

「解決したぞ。……襖を壊してしまったが。」

七歩蛇は申し訳なさそうにそういうが、心配しているのは

(父上は……!)

「お前の父は無事だ。死んではいない。……畳を腐らせてしまったが。」

「いえ……。そんなことは、どうでも……」

はな(・・)が聞く前にそう教えてくれた七歩蛇の言葉にはな(・・)はとりあえずホッと息を吐き、

「そういえば……私は、どうなるんですか?」

恐る恐る聞いた。売られる身として覚悟してはいたが……

(売られずすむなら……そう在りたいです。)

けれど、家は貧しい。願望だということは分かっている。不安そうにそう問いかけたはな(・・)の質問に、七歩蛇は目を、声を和らげ

「お前は売られない。」

言った。だから、と声は続き

「医者にでもなればいい。」

(医者……ですが……)

不可能だ。自分には知識がなく……。けれど、そう否定しようとするはな(・・)の言葉を遮るように、

「お前の薬草の知識は完璧だ。その知識さえあれば、金がなく医者にかかれず死んで逝く者たちを救える。」

そして、七歩蛇はその証拠だ、とでもいうように巻かれた古着を剝ぐ。妖怪だから、ということもあるだろうが、その下の傷はすっかり治っていて……

「私の再生能力だけでは治らなかった傷が、おはなの手助けがあっただけでこの通りだ。」

(医者……。)

本当は、少し憧れていた道だ。

けれど自分は女で、学がなくて……。けれど。

「守って……くれますか?」

はな(・・)は問う。それが自分の欲からくるものだと自覚はしつつも。

守ってもらいたかった。……否。

(そばにいて、欲しいです。)

はな(・・)はぎゅっと手を握り、七歩蛇をじっと見る。

七歩蛇はそれにめを細め―――


          ――――――――――


一人の男性が走っていた。

夜通し走ったかのように息を切らし……けれど、確かに大地を踏む。

男性は一つの村にたどり着き、村人に尋ねた。

「すいません。ここらに安くて正しい治療をして下さるお医者様がいると聞いてやって来たんですが……」

村人はあぁ、と頷き、

「いますよ。誰かがご病気ですか?」

「嫁の調子が急に……」

男性ははぁ……はぁ……と息を切らす間にそう訴える。その声には心配と、自分には何もできないという絶望がにじんでいた。

(何もできないまま大切な人を失うのが嫌で走って来たんだろうなぁ……)

村人は男性の奥さんが愛されてるなー。と思いながら、安心させるように笑って、

「この道をまっすぐ行けば、すぐです。」

言った。

「まっすぐ行けば、女性と蛇の医者がおります。」

お付き合いいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] このサイトでの表記を上手く使い、それぞれに語句を強調したり言葉を言い換えたり それでこの作品の雰囲気を独特なものへと作り変え変えていく そしてそこに合間っての素晴らしい話し。 俺、妖怪の…
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