九話/僕の、涙
「バイバイ」
ニコリと、冷たい笑顔がこちらに向けられる。
手を、小さく振って、彼女は、僕と反対の方向へ向かっていった。
彼女の白い肌が、やけに、目立っている。真っ白な肌は、生命を感じない色だった。
ただ、真っ白な雪の様に、彼女は溶けてしまいそうだった。
夏服のセーラー服の襟をひるがえし、彼女は、前へ進む。
いや、もしかしたら、後ろなのかもしれない。
それは、僕には、分からない。
彼女しか、分からない。
僕は、引きとめようと、必死でもがいた。
もがいて、もがいて、もがいて、もがいた。
彼女は、それでも、僕なんていなかった様に、前へ前へと向かっていく。
彼女の背中が、やけに、怖かった。
冷たい何かが、僕の胸の中に、広がっていった。氷の様に、冷たい。
彼女を見た途端に、そうなった。何故だろう・・・彼女が、何故か、怖い。
それでも、僕は、彼女を追いかけた。
手を出し、足を出し、前へ進むため。
けれど、ぶわっ、と物凄い勢いで、何か、どろっとした、液体が僕を捕らえて、そこから動けなくなってしまった。
液体は、僕を捕らえて離さない。
どろどろとした液体は、僕の動きを鈍くさせていく。
徐々に、徐々に、その液体は、僕の足を捕まえ、体を捕まえ、腕を捕まえ・・・僕全体を、飲み込んでいった。
息が、出来なくなる。苦しくなる。
僕はそれでも、彼女を求めた。手を、出した。
彼女の思い出の鼻歌が、頭の中で、ぐるぐるぐるぐると、リピートし始めた。
僕は、泣いた。ただただ、泣いた。
彼女は、もういない。