七話/彼女の、唄
僕は、鈴村の寂しそうな顔を見て、頭の何かが、止まった。
ぼんやりと、鈴村の輪郭が視界に入ってくるだけで、僕自身ここにいるのかさえ、分からなくなっていた。
暗い暗い、淡いブルーの海に閉じ込められた様に、僕は浮いていた。
上には、人魚になった、鈴村が嘲笑った様に、尾びれを揺らして、僕の頭の上を旋回しているのだ。
そして、彼女は歌いだす。口ずさむメロディーが、残酷に聞こえる。
僕は、彼女の海の檻に閉じ込められてる。
「フーンン、フフ、フンフフー・・・」
耳の中に、誰かの鼻歌が入り込む。
オルゴールみたいに、小さな可愛い鼻歌が、僕の思考に水を注ぐ。
「フン、フフフーフフ、フンフンフン・・・あ。」
心地よいのか、悪いのか・・・よく分からない鼻歌が、止んだ。
うっすらと目を開けると、視界にまず、入ってきたのは、学校の薄汚い天井だった。
誰かがつけた、上履きの跡とか、画鋲とかが、天井の所々にあるのだった。
僕は、重い体を起こした。
「大丈夫?君ね、倒れたんだよ。」
心配そうに鈴村は、僕を見つめた。
「イキナリ、倒れてホント、ビックリしたよ。だって、床にガーンって。人間って、本当に、倒れるんだね。漫画とか、ドラマの中だけだと、思ってた。」
鈴村は、とても、驚いていた。
「・・・大丈夫?頭痛い?」
「うーん・・・うッ!??」
「大丈夫?痛いの?あ、頭にくっついてるハンカチ貸して。」
「え?・・・あぁ、はい。」
自分の後頭部に、ハンカチがついている事に、驚きながらも、僕は、鈴村にハンカチを渡した。
ハンカチは、湿っていて、頭に張り付いていた。
「ごめん。ちょっと待って、今、濡らしてくるから。」
そうゆうと、パタパタと静かな廊下に鈴村は、走っていった。
「あぁ・・・倒れたのか、俺。」
僕は、ぼんやりと黒板の方を見ながら、後頭部を押さえた。
黒板には、「明日は歯科検診」と書いてあった。
今さっき、自分が見た、あの海の景色は・・・なんだったんだろう。
きっと、あのせいで、僕は、倒れたんだろう・・・。
そう勝手に、解釈すると、また、床に寝転んだ。
「そういえば・・・あの曲は・・・なんて名前だろう?」
小さく呟くと同時に、鈴村が帰ってきた。
「・・・歩けそう?」
「・・・あぁ、うん。大丈夫。」
僕は、立ち上がり、バックを持った。
「え!?何バック持ってんの!??頭打ったんだから、もっと、安静にしてなよ。」
「大丈夫だよ。この、くらい。」
「血が出てない方が、危ないんだよ!!・・・って、なんかで、言ってた気がするから、駄目だよ!!」
「大丈夫だって。暗くなる前に、帰ろう。」
僕は、強引に鈴村の進めを押し切って、教室を出た。
その後ろを、鈴村がパタパタと上履きを鳴らしながら、急いでついてきた。
「あ!鈴村。」
「何?」
「あの曲・・・なんて言うの?」
僕は、笑って聞いた。
靴箱から、靴の臭いが、嗅覚を刺激した。




