六話/彼女の、涙
僕は、鈴村の方を午後、一度も見なかった。
怖かった・・・。
鈴村と目が合ってしまう事を、恐れた。
助けなかった事の罪悪感・・・?自分でも、よく分からなかった。
でも、鈴村の冷たい軽蔑した瞳を考えるだけで、心に鉛が一個づつ、増えていくのだった。
放課後の寂しい空気を振り払い、僕は靴箱に向かった。
遠くの方で、色々な声がする。
「帰りは、どっか寄ってく?」
「マジかよ!??うぜぇ・・・。」
「早く帰ろうよぉ!疲れた!!」
目を閉じた・・・
きっと、鈴村はいないだろう・・・
そう思いながら、靴箱を見た。
・・・靴がある。
僕は、靴を脱ぎ、上履きも履かずに、校内へ入った。
きっと、汚れた埃まみれの靴下を見たら、母は怒るだろう。
階段を一段一段、上がっていった。
不安の濃い色の中に、少しの淡い期待の色が、僕の胸を支配している。
2階に上がると、誰もいない静かな廊下に出た。
自分の影だけが、やけに目立つ。
僕は、自分のクラスの戸を開けた。
ガラガラガラ・・・
「・・・鈴村?」
教室は、夕焼けの真っ赤な光が、入り込んで眩しかった。
鈴村がいない・・・
検討外れだったか・・・
そう思ったが、意外な所に鈴村はいた。
「・・・寝てるの?」
鈴村は、椅子を3つ使って、仰向けに寝ていた。
僕は、徐々に足を進め、鈴村の横に立った。
「・・・・・・鈴・・・村?」
彼女の頬に、涙が伝っていた。
長い睫が、夕日の光で透き通っている。頬には赤みがなく、病的に白い。
細く折れてしまいそうな腕は、椅子から落ちて、だらんとしている・・・。
「・・・!まさか・・・!??」
僕の体温が一気に、下がった。
「鈴村!??鈴村!??」
僕は、彼女の細い肩を両手で掴んで、起こした。
「・・・・・・・・・」
鈴村は、何が起こったかわからず、ぼんやりとした瞳でこちらを見つめている。
「・・・よかった・・・。」
僕は、一気に力が抜けた。
あまりにも、鈴村が静かだったので、死んでいるのではないかと思った。
「・・・何が?どうしたの。」
「・・・いや・・・なんでもない。」
「・・・待ってたの、部活お疲れ様。」
「・・・え。あ、あぁ、ありがとう。・・・じゃあ、帰ろうか。」
僕は、一瞬、目を見張った。
鈴村が、僕を持っていてくれた。
僕は、待っていないかと思った。
彼女は、知っている・・・。絡まれている鈴村を、僕が助けなかった事を。逃げた事を。
彼女は、何事も無かったように涙を拭いた。
そして、寂しそうに、教室を後にした。




