十七話/彼女の、体温
僕は、時々、孤独だ。
クラスでは、明るいグループに属していた。
周りの友人は、今、流行のカラフルなシリコン製バンドを腕につけ、シャツの腕をまくる。
僕は、それに合わせているのか、それとも、自分自身の意思なのかは分からないが、同じ様なシリコン製バンドをつけた。シャツの腕をまくった。髪の毛も、ワックスを使って、毎朝セットする。
周りの友人は、いい奴ばっかで、おもしろかったし、僕は僕なりの、「突っ込み役」というポジションを手に入れていた。
その位置を、揺らがない様にするぐらいの術は、僕にも持っていた。
それでも、僕は時々、孤独になる。
満たされない心の液体が、急に、揺れだすのだ。
タプタプと、波を揺らしながら。
きっと、このタプタプは、満たされている人には、聞こえない。
液体が、足りなければ、足りないほど、波のゆれは激しく、タプタプという音が聞こえるのだ。
僕には、誰とも、心のつながりがない。
孤独だった。けれど、気づかなかった。自分を孤独とは、認めたくなかった。
知らなかった、孤独なんて。家族は、みんな厳しく、優しい人たちだから。知らなかった。
「孤独」という気持ちを。
けれど、僕の孤独を、分からせてくれたのは、鈴村だった。
僕は、時たま、どうしようもない、孤独感に襲われた。
宇宙に一人、取り残されたような。
悲しかった。どうしようもなかった。心が、満たされなかった。
それでも、僕には、一つだけ、孤独感から開放される瞬間があった。
それは、鈴村だった。
僕は、彼女を見ることで、多少の優越感をどこかで、感じていたのかもしれない。
彼女の背中は、誰よりも、孤独だったから。
彼女が、金網を蹴る理由を、僕は彼女より明確に知っていた。僕は、長年の人間ウォッチャーだからだ。
彼女は、心が満たされてない。僕よりも、何倍も。
スキマだらけの、心。
僕は、そんな彼女に優越感を覚えていたんだ。
最初に、彼女に惹かれたのは、そんな理由だった。
「気になる」なんて、優しい言葉を使って、彼女を優越感のために見えていたなんて・・・
自分が、嫌になった。
それでも、人は欲深い。僕は、鈴村を見続けた。
授業中の歪んだ薄い眉毛
空をみるこげ茶色の瞳
太陽の光に透き通る細い髪
病的な白さの肌
倒れてしまいそうな細い体
優越感が、なにか他の感情に変わるのは、一瞬ではなかった。
ぼんやりとした、徐々に広がっていく感じだった。
夜と昼のグラデーションのように、僕の心も、優越感から愛しい感情へ変わっていくのだ。
ゆっくりと。徐々に。夜が、明けるかの如く。
僕は、鈴村に肩を叩かれて、意識がこちらに戻された。
鈴村の手の体温が、肩に広がる。
「・・・ちょっ・・・ゴメン。あの・・・」
僕は、鈴村の上から、降りた。
そして、鈴村の横に横たわった。
「ごめん、重かった?」
「うん、ホント、重かったよ。」
僕達は、また笑う。
空には、一番星がきらめいている。
「でも・・・あたたかった。・・・異性と抱きついたのなんて、初めて。」
鈴村は、まるで、新食感のグミでも食べて、感動した少女の様な顔をした。
「・・・そっか。」
僕は、もっと笑った。
「そっか。僕も・・・あたたかった。鈴村って、あったかい。」
僕達は、少しの間、無言になった。
そして、誰が言い出したでもなく、静かに立ち上がった。
蒸し暑さが、気持ち悪かった。けれど、小さな風が公園に吹き抜け、気持ち悪さを少し拭った。
空はもう、カラスを泳がせていない。今は、星を泳がせている。
そして、僕は、夜風の闇を受けながら、口を開いた。
街灯の光の暑さに、羽虫が、闇夜に落ち去った。
僕の瞳は、闇を吸い始めてる。