十四話/僕と、ブランコ
人魚は、僕が掴んだ瞬間に、泡となった。
そして、その泡は、上へ上へと、光の方へ、ぶくぶくと小さな音を立てて、行ってしまった。
僕は、涙を流した。
僕はまだ、深海に眠っている。
「・・・・・・」
目を開けると、僕は、ブランコの上でユラユラしていた。
意識が、どこかに行ってしまった間に、ブランコは勢いをなくし、地面に足がつきそうな揺れを繰り返していた。
前を見ると、夕焼けは、しっかりとした赤で、隣の彼女の足にも、尾びれはついていなかった。
「君の『好き』は、どんな『好き』なの?」
鈴村はこちらを向いて、静かに笑った。
鈴村のブランコは、とっても高くて、鈴村の笑う顔は、揺れていた。
僕は、ドキリとして、唾を飲み込んだ。
ギコギコと、錆びた鉄の音が、ブランコから聞こえる。
「僕の好きは・・・――」
僕は、覚悟を決めた。
「・・・僕は、鈴村帝が愛しい。好きだ。」
鈴村は、黙って、こちらを見ていた。
彼女は、ブランコを漕ぐのをやめて、足をぶらぶらさせていた。
瞳が、夕日に染められて、真っ赤なっている。
重い沈黙が、公園に広がる。
「うん、良かったよね。」
彼女は、サッパリした笑顔で言った。
その言葉は、決して軽くない、言葉だった。
僕は、そして、今の状況の全てを悟った。
何に対して「良かった」のか、僕らには、もう分かっていた。
僕は、鈴村の言葉に、泣きそうになりながら、目一杯、地面を蹴って、高くブランコを上げた。
「ここで、泣くものか。」そう思って、僕は、唇をかみ締めた。
「ブランコってさー・・・――」
唐突に、鈴村の話が始まった。
本当に、唐突だ。さっきの話など、まるでなかったような、口ぶりだった。
彼女は、足を前や後ろに動かすのを、再開していた。
ギコギコと、嫌な錆びた音がする。
「なんか小さい鉄棒みたいなの、ついてるじゃない?」
僕は、ブランコの前についている、柵のような、小さな鉄棒を見た。
真っ赤なペンキが剥げかかって、さびている。
「うん。」
僕は、頷く。
「あれと、ブランコを目一杯上げて、飛び降りた時の距離って微妙じゃない?」
彼女は、ブランコをもっと高く上げようと必死になって、足を動かしていた。
僕は、彼女の話に理解ができなかった。
「うーん、だからね。ブランコを目一杯上げて、飛び降りようとするじゃない?小さい頃やらなかった?スリル満点でさー。でもね、小さい頃、いくらブランコ大きく上げて、飛び降りても、本気で飛び降りた事なかったの。あの柵に当たりそうだから、あえて、小さめに飛び降りる・・・だからさ、微妙じゃない?距離が。」
「意味分からないよ。」
僕は、苦笑交じりに、彼女に言った。
僕は、意味の理解をようやく出来た。
けれど、その話があまりにもくだらなすぎて、なんだか、僕は笑ってしまった。
「・・・・・・――うん、でも、やっぱ、微妙な距離だね。」
僕は、ぼんやりと、ブランコ周りにある、柵らしき小さな鉄棒を見つめた。
あぁ、僕達ってこんな距離なのかも、しれない。
飛び越えれそうで、飛び越えれない。飛び越えれなさそうで、飛び越えれる。
そんな様な距離。
きっと、僕が深海から、抜け出せない様に、鈴村にも、自分が出れない何かが、あるのだろう。
今僕達がいる、柵の内側を、きっと、鈴村は飛び越えたいのだろう。
「・・・飛んでみよっか?」
僕は、ニヤリと笑った。
僕のブランコも、ようやく、鈴村と同じ高さにいけたようだった。
僕は、この柵を越えられれば、僕達は、新たな道へいけるのだと、なんとなく思った。
そして、なんとなく、強く信じた。
「・・・え?」
彼女は、少し戸惑った。
けれど、それは、ほんの一瞬で、彼女は、僕と同じ、ニヤリ顔をして、深く頷いた。
「いいよ。」
「じゃあ、いち、にい、さん、それ!でね。」
「・・・うん。」
「じゃあ・・・――」
夕日が、真っ赤だ。
「いーち、」
僕達は、足をおもいっきり動かした。
今よりも高く、ブランコを上げるため。
「にーい、」
鈴村は、笑ってる。
「さーん」
僕も、笑ってる。
「それ!」