十話/彼女の、涙
バサッ!!
「はぁ・・・はぁ・・・――良かった。」
僕は、辺りを見回し、もう一度、確認する。
夢だという、事実を。
汗びっしょりになった、シーツを見て、僕は、嫌な暑さを感じた。
窓をカラカラと、開けた。
夜の闇が、僕の部屋に、入っていった。
「そういえば、あそこの道、工事するんだってな。」
「あぁ!この前、アタシも聞いたわよ。お父さん、ちゃんと、集会で聞いた事は言ってくださいな。」
「・・・何の話?」
僕は、Yシャツのボタンを閉めながら、聞いた。
「今度、工事が行われて、何件かの家が建つらしいの。道の所に作るから、今度から、通れなくなるらしいのよ。」
「・・・・・・ふーん、いつやんの?それ。」
「まぁ、来年の初めぐらいだそうだよ。お前は、高校の通学が大変になるな。」
「・・・・・・うん。」
Yシャツのボタンが閉め終わった僕は、歯を磨きに洗面台へ向かった。
「おーい!昼食い終わったんだったら、サッカーしに行こうぜ!」
僕は、友達に呼びかけられて、席を立った。
「あぁ、行く。」
僕は、Yシャツの袖を折りながら、階段を下りた。
「ねぇ、アンタ、これから、近づかないって約束できる?」
キツイ高い声が、聞こえた。
どうやら、特別教室からだ。
僕は、変な胸騒ぎを覚えた。誰かに、頭を、強く叩かれた様だ。
「ごめん!先に、行ってて!すぐ、行くから。」
僕は、特別教室をそっと覗いた。
鈴村がいる。
そして、僕をスキだと言う噂が立っている、利央が、数人の友達と鈴村を囲んでいるのだ。
「・・・分からない。」
鈴村は、小さな声で、答えた。
「分からないって、なんだんだよ?!!近づくな!って言ってんだから、近づかない努力しろよ!!」
「・・・・・・・・・」
彼女は、悔しそうに、横のゴミ箱を見つめた。
そして、コクリと頷いた。
「・・・近づいたら、殺すかんな。」
最後に、そう利央は脅していくと、ぞろぞろと教室を去った。
僕の姿には、気づいていなかった。
「・・・・・・・・・くそっ・・・。」
鈴村は、へろへろと床に座り込んだ。
そして、体育座りの彼女は、顔を隠して、小さく小さく震えていた。
小さな、嗚咽が僕の耳に入り込む。
彼女を、抱きしめたい。この手で。
彼女を抱きしめて、めい一杯、抱きしめて、抱きしめて、そして、僕も泣くんだ。
僕は、特別教室に足を踏み入れた。
彼女は、足音に気づき、顔を上げた。
「見てたの?」
「うん・・・。」
「この前も、見てたよね?」
彼女は、涙を流したまま、無表情でこう言った。
切なかった。
「・・・うん。」
「目が、うつろだよ。」
「・・・。」
「今日は、元気がないね。朝から。」
彼女は、涙を流したまま、そう言った。
「・・・ごめん。いつも、助けれなくて。」
「・・・いいよ。別に、助けなんかいらない。面倒くさくなるだけでしょう?」
彼女の言葉が、グサリと胸に突き刺さる。
でも、それが彼女の本音で、悪気なんて、ちっともないんだろう。
「・・・そっか。」
「ごめん・・・傷ついた・・・よね。」
彼女は、寂しそうにそう言って、泣くのをやめた。
「今日も、一緒に・・・帰ろうね。」
僕は、驚いた。
彼女の口から、こんな言葉が出るなんて・・・さっき、彼女は、利央達に、脅されていた。
それでも、僕と帰ると言う。
素直に喜べない驚きの感情が、僕を、今、支配している。
「・・・あ、ぁ。」
僕は、頷いて、特別教室を立ち去った。
グラウンドで、サッカーをやったが、オンゴールをしてしまい、全く、集中できなかった。
授業も、集中できなかった。
僕の心は、僕がコントロールできない所を、好き勝手に泳いでいる。
いつになったら、僕は深海を泳ぐのをやめてくれるんだろう・・・。
早く、早く、あの海へ行きたい・・・
あの透明な、赤い太陽を映し出す、彼女のいる海へ。
そうやって、ぼんやりしている僕を、現実世界へ戻す、声が後ろからした。
振り返ると、利央とその友達が、変な笑顔で、こちらを見ている。
そして、恥ずかしそうに利央が言った。
「ねぇ、時間あるかな?」