一話/彼女は、金網キッカー
彼女との出会いは、いつだっただろうか。
彼女、鈴村帝は、大人しげな女の子だった。
第一印象は、正直、近寄りがたい。この言葉が、当てはまる。
彼女は、いつも遠くを見ていた。授業中も、大概は、何か遠くを見るような目をしている。
茶色の長い髪の毛に、スラリとした体型。瞬きをするごとに、長い睫がパチパチと動く。
真っ白な肌に、透き通るような瞳。
顔立ちは整ってるものの、可愛い!と断言出来る様な容姿でもなく、ブスでもなく…
そんな女の子だった。
ある日、僕は、彼女の下校姿を目撃した。
彼女は、また、遠くを見ている様な顔で、ぼーっと歩いていた。
僕は、彼女を目で追った。ふらふらとした足取りが、少し疑問だった。
彼女を見ている限り、どうやら、僕と同じ方向の様だった。
その時、初めて、彼女が僕の家のすぐ近くに住んでいると言うことを、知った。
彼女は、僕の家の付近の公園に、ふらふらと入っていった。
彼女が入っていった公園は、僕も昔から親しみのある公園だった。
でも、ブランコと鉄棒、そして砂場というあっさりとした、公園だった。
周りは、薄緑色の金網が張ってある。
そんな寂しい公園に、ふらり、ふらりと入っていった、彼女を僕は無意識的に、隠れて観察をし始めた。
いつもの癖だ。僕は、人間観察が癖なのだ。
人の行動やしぐさを観察して、自分なりに、考えたり考察したり…そんなのが、物心ついた時からの、癖になっていた。
僕は、物陰に身を潜めて、鈴村帝を観察した。
彼女は、公園の奥の方に行くと、金網を蹴りだした。
ガシャン、ガシャン、と鈍い音が聞こえる。
よく、目を凝らしてみると、金網は所々に、穴が開いており、尖った部分がむき出しになっていた。
彼女は、それでもお構いなしに、金網を蹴っていた。
彼女の、脚は真っ赤に腫れ上がり、血も出ていた。
僕は、そのなんとも、痛々しい姿を目にしながらも、驚きのあまり、その場で固まっていた。
彼女は、どちらかといえば、大人しげな子だ。
そんな子が、いきなり、金網を蹴って、自分を傷つけている…。
そのなんとも言えない、別世界の様な光景に、ただ、僕は平然と見ているしか、脳が働かなかった。
彼女は、しばらくして、蹴るのをやめて、何事も無かった様に、家に帰っていった。
幸い、僕は彼女にバレずに、人間観察…いや、鈴村帝観察を終了出来た訳だ。
その日の光景は、僕の心の中に、焼きついた。
あの日から、数日後、僕は彼女の下校途中に出くわした。
脚は、包帯が巻いてあった。
この前、教室で友達に「ぶっコケた。」と笑いながら言ってるのを、聞いた。
僕は、彼女に声をかけてみた。
「す、鈴村さんっ!」
彼女は、くるりと振り向き、少し驚いた顔で、返事をした。
僕は、彼女の所まで駆け寄り、途中まで一緒に帰らない?と誘った。
彼女は、怪訝そうに、いいよ。と、承諾した。
僕は、鈴村帝の横を同じペースで歩いた。
彼女は、思ったよりも、歩くのが早い。
歩きながらも、僕は、彼女の脚の包帯ばかりに、目が行ってた。
あの日の光景ばかりが、思い出された。
「その脚…どうしたの?」
僕は、おそるおそる、彼女がどんな反応を返すかと思いながら、聞いてみた。
彼女は、クラスの女子に言った時と同じ様に、
「転んだの。」
と、笑って答えた。
「本当は・・・違うんじゃない?転んでないよね。」
僕は、彼女にカマをかけた。
横を見ると、目を大きく見開いた彼女が、いた。
一瞬、不振そうな顔になり、そして、一気に不安な色を浮かべた。
彼女は大きな目を、もっと大きく見開いた。
そして、一瞬にして、彼女は、笑顔にかわった。
「はははっ!!そう、実は、転んではない。打った?のかな。」
彼女は、冗談っぽく笑うと、横で、小さく深呼吸をした。
「本当の事、言えよ。」
僕は、鈴村帝の笑顔を見て、なんだか、悲しくなった。
彼女の…あの金網を蹴る姿が、とても痛く悲しかった。
僕は、とっさに出た言葉に、慌てた。
すると、鈴村帝は、止まって、大きなその目で、僕を見据えた。
鈴村帝の瞳は、夕方の日を浴びて、透き通った赤に見えた。
本当に、彼女の目は赤なんじゃないだろうか、という、気持ちにさせるくらい、彼女の瞳は真っ赤に染まっていた。
まっすぐに、見つめられ、僕も彼女の真っ赤な瞳を、見つめ返した。
互いが互いを見つめ、そして、沈黙が続く。
彼女は、何が言いたいのだろうか。何を思ってるのだろうか。
僕は、彼女の内面を精一杯、考えたが、このクラスで中の上くらいの頭では、全くもって、不思議系とも呼ばれる彼女の内面を、理解するのは安易ではなかった。
真っ赤な瞳を、見つめていたら、僕は段々と急に、疲れを感じた。
彼女には、魔力とやらでも備わっているんじゃないか。という想いで、僕は、目を逸らした。
それでも、僕の頬ら辺に、彼女の視線を感じた。
そして、僕は閉ざしていた口を開いた。
口の中が乾いていて、唾液が濃度を増してる様だった。
「なんで、金網なんて蹴ってたんだよ。」
鈴村帝は無表情で、僕の質問を聞いていた。
そして、小さく息を吸い込んだ…
「見てたんだ…。…知らなかった。」
「うん。」
「何で、あんな事してたんだよ。」
「・・・・・・。」
「理由、あんだろ?」
「・・・・・・。」
「俺、別に・・・そんな鈴村が、変とか思わないし。」
「・・・・・・キレイ事ならやめてよ。」
「・・・?」
「キレイ事なら、やめて!キモい!って言いたいなら、いいなさいよ。」
「別に、そんなこと、思ってない!俺は!」
「第一、聞いてどうすんのよ!??アタシのことなんて、どうでもいいでしょ!」
「よくないから言ってんだよ!!」
はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ
荒い息遣いが、夕焼けの空の下で、響いているようだ。
彼女は、目が潤んでいた。
「・・・どう・・・して・・・てゆか・・・意味分からない。」
彼女は、息をハァハァとさせながら、小さく言葉を出した。
「なんか・・・俺も、わかんない。」
「・・・は・・・ぁ?」
「なんか、鈴村が気になる。あの金網を蹴るのみたら、ほっとけなくなった。」
「・・・・・・」
彼女は、黙ったまま、目を見開いて、驚いていた。
でも、すぐに怪訝な顔になった。
僕は、彼女の目を見つめた。
まだ、赤い目をしていた。
この話は、去年書いた話を加筆修正しました。
少しでも、話を身近み感じてくれれば、幸いです。




