牧之郷駅→大仁駅
平日の昼間の時間、つまりフツーの学生なら当然学校にいる時間、俺は平然とこのローカルな電車に乗っていた。
一人っ子だからか、親から溺愛され、だからろくにしかられた事もない。中学までは、わりとフツーの奴だったが、高校に入って激変した。
悪い友達とツルむようになったのをきっかけに、次第に学校に行かなくなり、髪を染め、タバコも吸うようになった。
(いつからおれはこんなんになっちまったんだ…)
と叫ぶ本当の俺は、心のどこか奥底に追いやられていた。なんせ今の方が居心地がいい。
まだ退学届は出してないが、じきにやめよう。
つれの待つ三島(終点)までの切符を買い、電車に乗り込んだ。
4人座れる座席をひとりでどかっと座る。やっぱり心地いい。そんなことを思いつつ、電車に揺られること数分、横から声がした。
「おい、君ぃ。それじゃあ座れんだろう。」振り向くと、そこにははげおやじがいた。「アァ!?」と威勢良く反抗しようとした矢先、更なる追い打ちが来た。
「そんなに足を伸ばして座って、しかも自分の荷物まで椅子にのせて、君の荷物はそんなに疲れているのか。マナーや常識ってもんがあるだろう。それでいて、そんなカッコや態度だけいっちょ前なふりして、世の中甘く見すぎだ!!」
俺は度肝を抜かれた。俺は今までこんなに怒られたこともなかった。しかもこんな赤の他人に。
反抗しようもなかった。全部事実だから。ただカッコいいと思ってこんな格好して、髪も染めて、大人になった気でいた。でも何も分かっちゃいなかった。
それをこのはげおやじが怒鳴るまで気づかなかった。
俺は素直に足をどけ、荷物を膝の上にのせた。隣にはげおやじが座ってきたから
めっちゃ気まずい。
でもこうとも思った。「これは自分を変えるチャンスじゃないのか?」と。
ろくに親にもしかられずに生きてきたが、こんな初見のジジイにベクトルを修正させられた。
今まで心の奥底に追いやられていた真の自分が帰ってきた気がした。いや、呼び戻された。この赤の他人のジジイによって。親じゃなく。
ただならぬ縁を感じた。
進行方向とは逆方向の加速度を感じ、次の駅」に着くのだと確信した。
髪も伸びたし、黒く染め直しに美容院でも行くか。たしか駅前にあったよな。
そう思い席を立つとジジイと目が合った。
体が勝手に頭を下げていた。頭を上げるとジジイは優しい目でうなずいた。
(ありがとよ、ジジイ)
心の中でそう言って、電車を降りてから気が付いた。
終点までの切符買っちまったじゃねえか。
…まあ今までのツケだな。
暗い暗いトンネルの出口が見えた気がした。