体育祭、その終幕。
2012/05/28 改稿
「さあ、今回も幾つものドラマを生み出した体育祭。最後に、感動の逆転劇を生み出した、クラス対抗リレーの一位の三年三組のアンカー、清水君にインタビューをしたいと思います」放送部員が、声高らかにそう言った。それに呼応するかのように生徒たちが拍手やら歓声を上げる。
隣の列から、一人の生徒が出て行く。恐らく、それが噂の清水先輩だろう。私が後ろの方にいるので、彼の姿はよく見えない。かろうじて足元は見える。恐らく陸上で履いていると思われる、緑色のシューズがやけに目立っていた。
清水先輩はマイクを向けられ、戸惑っているのか、ぼそぼそと話し始めた。
「いや、僕がインタビューなんか、受けていいんですかね?」清水先輩は緊張しているのか、壇上に上がっていきなりそんなことを言った。「頑張れー」という女子の声が右隣の列から聞こえる。まあ、あの逆転劇を見ればその歓声も納得だ。
リレーで清水先輩の前の日比野先輩が、トップだったのに途中で転んでしまい三組はビリになってしまった。だが、清水先輩のそこからの巻き返しがすごかった。まるで他の先輩方が手加減をしているんじゃないか、と思えるくらいにその清水先輩の走りはものすごかった。そして二位の組と僅差で清水先輩が一位を勝ち取った。それを見ていた私は、思わず「すごーい!」と叫んでしまった。
「ねえ、紗枝」私の横にいる本田ちゃんがにやにやしている。どうかしたのだろうか。「そう言えば、近藤先輩はどうだったの?」
ああ、そうか。彼女は気分が悪くなってずっと保健室にいたのか。私はそのことに気づく。
そのことを話すのは、ちょっと恥ずかしい。私は彼女に耳打ちをする。「一位、取ったよ」
バスケ部の日比野先輩と最後に互角の勝負をしたが、彼はギリギリ勝った。それを見たとき、私はちょっと嬉しくて涙が出た。今考えると、日比野先輩は可哀想だなと思う。リレーでは転ぶし、四百メートルでは近藤先輩に負けるし。
「で、どうなのよ」ひじで、私をつついてくる。どうなの、とは告白の返事ということだろう。そのことを考えて、私の頬が熱くなる。
「……そりゃ、オッケーに決まってるでしょうが」唇を尖らせながら、私はそう言う。あんなに格好いい先輩に、あんな告白のされ方をされたら、普通は惚れる。
「おー、お熱いですねー」本田ちゃんはからかうように、わざと棒読みで言う。
「からかわないでよ、本田ちゃん」私がそう言うと、あはは、と本田ちゃんが笑い出した。馬鹿にされている感じで、何かヤダ。
「あ、そう言えば保健室で聞いたんだけどさ」彼女が声を潜める。
「どうしたのよ」彼女に釣られ、私の声も自然と小さくなる。
「何かね、運動音痴だからって理由で男子がサボって教室でカケゴトしてたらしいよ」
「カケゴト?」私の脳にそろばんが思い浮かんだ。何か計算でもしていたんだろうか。
「あれだよ。競馬とか、競艇とか、あんな感じ。誰が一位でゴールするか、ってお金賭けてたらしいよ」ああ、賭け事ね。私は脳からそろばんを追い出す。にしても、何と悪い連中だろうか。まったく、体育祭をサボって涼しい教室で日焼けもせずに遊んでいるなんて、なんと羨ましいことか。私も出来る事なら教室にいたかったのに、と頬を膨らませる。
「最後に何か一言、お願いします」
気づけば、清水先輩のインタビューがそろそろ終わろうとしていた。あ、全然聞いていなかった。
「えー、本人は気づいていないと思いますが」そう前置きして清水先輩は始めた。「色違いの靴を持つ彼に感謝です。本当にありがとう。そして、ごめん」
そう言って清水先輩は苦笑しながら一礼し、壇上を降りた。
「あ」隣の人が声を漏らした。「あれ、俺の靴だ」
さて、何が起きた?