読書、その行方。
2012/05/28 改稿
胸ポケットが震えている事に気がついた。いいところなんだけどな、と思いながら本を閉じる。俺はポケットから携帯を取り出し、時間を確認する。――十時五十分。そろそろだろうか。
席から立ち上がり、本を机の一番上の引き出しに入れた。本の題名は「she, she or she」というものだ。叶野三郎という作家が書いている。
俺がこの作家を読むようになったのは、彼女のおかげだ。実は、先週風邪をこじらせて寝たきりになっていて、その時に「暇にならないように」と彼女が気を利かせてくれたのが本だった。
元々彼女は本が好きでよく読んでいる。俺はあまり本を読むことは無いのだが、これも彼女の事を良く知る機会だと思い、彼女に本を貸してもらった。
貸してもらった数冊の中で一番気に入ったのが、この『叶野三郎』という作家だった。最初に読んだ『そして残ったものは』という本が面白くて、一気に読書にはまってしまった。
俺は立ち上がって校舎内の巡回を始める。生徒と教員は本来外にいなくてはいけないのだが、俺は先週風邪を引いた為、生徒が校舎内でサボっていないかを確認する係となった。まあ、暑い外に出なくていいし、本も読めるので楽な仕事である。
職員室を出て、二階から巡回を始める為、階段を上る。一階を巡回しないのは職員室や保健室などの学級教室以外の教室があるからだ。
自分の足音が、静かな校舎内に響いていく。別に悪い事は何もしていないんだが、俺はなるべく足音を立てないように歩いてしまう。何をやっているんだ俺は、と不思議に思う。泥棒じゃあるまいし。
まあ、これだけ静かなんだ。これなら、騒いでいる生徒がいたらすぐに見つけられるだろう。
二階に着く。グラウンドにいる教師から丸見えだから、恐らくここにはいないだろうが、一応確認をしておこう。そうしようとした時だった。
がらがらがらと、引き戸を引く音が聞こえた。音は上階から聞こえる。どうやら、誰かがいるらしい。俺は三階へ足早に向かう。
「ねーんだけど」
「いや、俺に言われても。お前が涼しい所にあるって言うから来たんじゃん」
「あ、そうだっけ」
そんなやり取りが聞こえる。何と注意深くない連中だ、と彼らのその無用心さに驚く。まあ、その方が見つけやすくて楽なのだが。
三階に着く。教室内にあるロッカーを開けたり、バッグのファスナーを開けている音が廊下に丸聞こえだ。
「なあ」
「何だよ」
「俺のシューズ何処にもないんだけど」
シューズ。その言葉を聞き、彼らが陸上部員だということに気づく。普通の生徒はシューズとは言わず靴と言う。それに、生徒は学校指定の体育靴を履かなければ体育祭に出られない。きっとそろそろ自分の種目で、部室に行ってシューズを取ろうと思ったら無い事に気がついたのだろう。何とも気の毒に。
きっと、陸上部員なら種目に出たいだろう。だから俺も手伝ってやるか、暇だし。俺はそう思い、彼らのいる教室に向かおうとする。
「よっしゃあ!」
複数の歓声が、上階から聞こえた。明らかに異質な歓喜の声。俺は早足で向かうことにした。
何でそんなに喜んでいるのかを考える。
女子のリコーダーを見つけた。――いや、違う。俺は昔やったけど。
難しい問題が解けた。――そんな理由で体育祭をサボっている奴はまずいない。
難しいゲームがクリアできた。――うん、これが一番ありえそうだ。
そんなことを考えているうちに、四階にたどり着いた。
「いやあ、まさか当たるとはぼくも思わなかったよ」
「ちっ。僕は二人同時一位だと思って喜んだのに」
声は、少し奥から聞こえる。恐らく二組とか三組辺りだろう。俺はそこへ向かう。
中には笑顔の三人の男子。素早く、扉を開ける。
「お前ら、何やってんだ」少し大きい声を出して威嚇をする。三人は「やばい」という顔をしている。
どうやら、不良生徒ではないらしい。不良生徒は、教師に見つかるとすぐにつっかかってくる。俺は少し安堵した。
「いや、ちょっとサボってました」えへへ、と一人がへらへらと笑った。
近くの机に、百円玉や五十円玉が大量に乗っている。――当たり、ってそういうことか。
「何やってたんだ?」一応、俺は聞く。
「いや、ちょっと俺らで大人の遊びを」大人の遊びねえ、と俺は心の中で溜息をつく。何をませてんだ、こいつらは。
「はい。取り分をさっさと整理して外行け。次見つけたら、体育の先生に言いつけるからな」俺はそう言って教室を出た。後ろから生徒達の「はーい」という声が聞こえた。
普通なら怒る所なんだろうが、昔俺もこういうことをやっていたので強く言えない。まあ、一回くらい見逃そう。俺もあの時そうされたし。俺は一年二組の引き戸を閉めた。
さあ、帰って本の続きを読むか。続きが気になり、歩みが速まる。
さて、これからの展開はどうなるんだ?