盗難、その行方。
「無い!」
部室に行って唖然とする。俺の靴が無い。
「どうしたんだー?」鼻をつまんだ金沢が、外から覗き込んでくる。こいつ、俺は臭えのを我慢して探しているって言うのに。
「俺の靴が無いんだよ」
「マジ? 盗難事件じゃん」ひょえー、と彼はムンクの叫びのように、両手を頬に当てた。こいつ、事態を軽々しく見てやがる。
「どうしよう。あれ、結構高かったんだけど」マジかよー、と嘆きながら近くにあった消臭剤を上下に振る。だがもう中身が無いらしく、何も音がしなかった。道理で臭いはずだ。今日、顧問に言っておかなければ。
「あれだよな、お前のって。清水の色違い」青色が清水だよな、と金沢はあごを触った。
「うん。俺は緑色。確かサイズも一緒なんだよな、奇遇な事に」でもどうしよう、と俺はうずくまって頭を掻く。だがそこで、部屋の臭いを鼻で吸い込んでしまう。うわ、超臭え。俺は外に飛び出て、新鮮な空気を鼻から勢いよく吸う。はあ、体内が浄化される。
「まあ、探すしかないだろ」僕も手伝うからさ、と金沢が俺の肩を叩く。
「……ああ」
「そう言えばお前、何か種目出るの?」金沢が聞いてくる。
「いや、別に出ないんだけどさ」
「じゃあ、いいじゃねえか。探さなくたって」つーか、陸上部のお前が出ないってどういうことよ、と金沢が触れてはいけない所に突っ込む。
「それは、授業中寝てて気づいたら長距離しか無かったから諦めたんだよ」苦笑しながらそう答える。俺は短距離専門だ。わざわざ出来もしない長距離に出場して痴態を晒そうと思うほど、俺は馬鹿じゃない。
「じゃ、何で靴探してるんだよ」
「それは、何と言うかさ。アピールしたいじゃん? 俺、陸上部員だぜ? みたいな感じで」陸上部員が校内で活躍できるのは体育祭だけ、と言っても過言ではない。なので、出来る事ならばそこで注目を集めたい。そして出来る事ならば、可愛い女の子に告白とかされたい。俺はそう思って、部室にシューズを探しに来た。
「ホント、お前って能天気だよな」尊敬するよ、と金沢に軽蔑の視線で軽口を叩かれる。
「え? 何か俺間違ってた?」
金沢は部室近くのあまり目に付かない道に目をやって、俺のその問いを無視する。「冷てーなー」と大声で言うと「静かに」と金沢が、人差し指を自分の唇に当てて部室の奥へ指を指した。
「……君のために、四百メートル、一位取るから」
どこかから、聞き覚えのある声が聞こえる。
「先輩……」
「じゃあ、僕これから種目だから」こっちに走ってくる足音がする。
金沢が真剣な表情で口をぱくぱくしている。隠れろと言う事だろうか。
「どういうことだよ」と俺も口をパクパクさせる。
だが、遅かった。
「お、お前ら、何やってんの?」こんがりと日に焼けた友人の近藤が、焦った顔でこっちを見てくる。きっと誰もいないと思っていて、驚いているんだろう。大丈夫だ、俺らもそう思ってた。
「い、いや、外に出たら会話が聞こえてきて……」あははは、と金沢が笑う。おい、お前目が笑ってねえよ。
「――あんま人に言うなよ。恥ずかしいからさ」そう言って、近藤が俺らに指を指す。
「じゃ、言わないから今度飲み物奢れよー」俺が咄嗟に取引を持ちかける。
すると彼は苦笑して「わかったよ」と言った。してやられた、と思っているんだろう。俺は金沢とハイタッチをする。
「じゃ、僕は種目だから」彼は手を上げて、走り去っていく。
「一位取れよー」俺は、近藤に向かってそう言う。言ってから、少しお節介だっただろうかと思う。
だが「わかってるー」と返事が返ってきて俺は安堵した。どうやら、そんなことは無かったらしい。
「あいつ、一位取るかな?」金沢が俺に聞いてくる。
「あいつなら取るだろ。意地でもさ」というか、取って欲しい。俺は心の中で近藤にエールを送る。
心地よい風が吹いた。さながらそれは、彼の走りを後押しするかのようだった。
「じゃ、俺らは靴を探すか」金沢が、俺の肩を叩く。
「だな」自分のことなのに、すっかり忘れていた。俺は部室のドアを閉める。
今日は暑い。だから俺の靴は、涼しいところで涼んでいる。そんな気がした。
さて、どこから探そうか?