賭博、その行方。
2012/05/28 改稿
「俺、青に三百円」カズが机に、前のレースで勝ち取った百円玉を乱暴に三枚投げた。幸いそれらは机の下に落ちず、机の上で甲高い音を立てた。ぼくと春次はその金額を聞き「うげっ」と言った。
「それはきついよ、カズ」さっき二着だった春次が、苦笑しながら財布を開ける。「じゃあ僕は安全に緑に二百円かなー」春次が机の右隅に五十円玉を四枚置いた。
四階の一年二組教室。ぼく達三人はここで、ちょっとした『大人の遊び』をしていた。
まあ、簡単に言うと賭けである。百円を一倍として、各々がゼッケンの色にお金を賭けていき、どの色が四百メートル走で一番にゴールするか決める。例えば、青に二百円・緑に百円・赤に二百円・黄に五十円賭けられていて赤が一位でゴールした場合、青に賭けた人は四百円、緑に賭けた人は二百円、黄に賭けた人は百円を赤に賭けた人に払う。もし、三人が賭けていない色が一位でゴールしたり、二人同時一位になったりした場合、賭けていたお金は戻される。当初は百メートルと言う話だったのだが、予想以上に入れ替えが激しかったので四百メートル走に変更された。
「サンタは何処に賭けるんだ?」春次がぼくに声を掛ける。
「ああ、えーっとね」残っているのは赤と黄。さっきは赤に賭けてビリになったから、黄色に賭けようか。
そこで悩んだ。何円くらい賭けようか。レースはこの賭けを含めてあと二回だ。今まで二百円や百円などのしょぼい金額で賭けてきた。
――そろそろ、思いっきり賭けてみるか。
どうせ外れても、この後三人で行くファミレス代やカラオケ代に消えるんだ。ぼくは財布にある百円玉を全て机に出した。「じゃ、黄色に四百円」
「うわっ!」春次の顔が青褪めている。まさかぼくがそんなに賭けると思っていなかったんだろう。ざまあみやがれだ。
「賭けるねえ、サンタ」多分、カズも春次と同じ事を思っていたんだろう。結構驚いている。
「……やめても、いいんだぜ?」春次が耳打ちしてくる。
「やめねーよ」にやっとぼくは笑う。すると、春次がわざとらしく舌打ちをした。
「えーと、じゃあまとめますと」春次が紙に数字と名前を書いていく。「カズが青に三百円、僕が緑に二百円、サンタが黄に四百円。もしも赤が一位でゴールした場合、賭け金は手元に戻る。みんな、オッケー?」
「おう」カズが力強く頷いた。
「うん、いいよ」ぼくは近くにあった机に腰掛けて外の様子を見る。
燦燦とグラウンドに陽の光が降り注いでいる。きっと太陽が真上に上がっていて暑いことだろう。それに比べてこの教室はどうだろうか。陽が入ってこないし、冷房は効いている。まさに砂漠の中のオアシスだ。
外の生徒はでかい声で騒いでいたり、水を飲んで休憩したりしている。ふと、グラウンドの端のほうでバトン渡しをしている集団を見つける。恐らく、リレーの練習だろう。一人、緑色の靴を履いて目立っている奴がいた。
「おっ、そろそろ始まるみたいだな」カズが窓際に立ってスタートラインを顎で示す。
左から順に、赤・緑・黄・青と並んでいる。見知った人がいるか少し気になったが、ここからでは顔の判別がつかないのでやめた。
四人の準備が出来て、スターターがピストルを空に向かって構えた。
どん。
音が鳴って、四人が走り出した。赤のゼッケンがスタートに失敗して転んでいる。赤は体勢を立て直して走り出す。だが、最初に空いてしまった距離は痛い。赤に賭けなくて良かった、とぼくは安堵した。
「手元に戻る事は無いみたいだな」春次がそう言う。ぼくと同じことを考えていたようだ。
「良かったよ。さっきぼく、赤と黄で悩んでたからさ」危うく痛い目を見るところだったよ、とぼくは春次に話しかける。
「赤を選べば良かったのに」春次が舌打ちをする。
「そんなことより、一周したぞ」
カズの声が聞こえ、ぼくと春次は外を見る。すると、黄と緑の距離が徐々に近づいていた。緑の走り方がもう崩れてきている。スタミナが切れてきたのだろう。
黄のゼッケンが速度を速めてそれを抜く。春次が「うわー、マジかよ」と苦笑いを浮かべた。
黄のゼッケンはそのまま青のゼッケンに近づいていく。だが、青のゼッケンがそれに気づいたらしく、彼もスピードを上げた。
「あと、トラック半周か」
「……だね」
心臓の鼓動が早まってくる。ぼくがスポーツを見てこんな気分になるのはいつ以来だろうか、と考えていると、視界の端で春次が両手を組んで何かを願っている。
「何を願ってるんだよ、春次」ぼくは彼に聞く。
「両方とも、同時にゴールしますようにって」
「案外、ありえそうだな。それ」カズがそう言い、春次がばっと窓に寄る。ぼくも何事かと窓に寄った。
ゴール手前、青と黄のゼッケンが並んでいた。――いや、黄の方が若干前に出ているか?
テープが、切れる。
ピストルの轟音。
「よっしゃあ!」
三人の歓声が、クラスに響いた。
さて、結果はどうなった?