第三十五話 世界を救うヒーロー
アメリカ、ネバダ州の砂漠地帯。
荒涼とした大地にそびえ立つ米軍の極秘軍事施設の静寂を、V8エンジンの野蛮な咆哮が切り裂いた。土煙を巻き上げて猛スピードで迫り来るのは、泥だらけの巨大なピックアップトラック。運転席と助手席には、EDMをガンガンに鳴らしながら歓声を上げる、二人の若いアメリカ人ハッカーの姿があった。
「ヒャッハー! 任務完了だぜ相棒!」
「後ろの荷台の『お宝』、絶対に落とすなよ!」
彼らのピックアップトラックの荷台には、厳重なセキュリティ網をハッキングして倉庫から強奪したばかりの、黒光りする『次世代軍事用通信ドローン』が山のように積まれていた。
侵入者を検知した軍の警備ドローンが、ゲート前に展開する。
『警告! 直ちに停止せよ。直ちに停止せよ。侵入者を射撃する!』
無数の銃口がピックアップトラックを捉えた。しかし、ハンドルを握るハッカーの青年はアクセルをさらに床まで踏み込み、クレイジーな笑い声を上げた。
「止まるわけねぇだろ! 俺たちは世界を救うんだからなっ!」
ドドォォォンッ!!
ピックアップトラックはブレーキを踏むどころか、軍事施設の頑丈な金網ゲートへ車体ごと真正面から激突。火花と金属の破片を撒き散らしながら、強引に金網をぶち破って突破した。直後、背後から激しい銃撃音が鳴り響き、トラックのサイドミラーが弾け飛ぶ。
「うおっと! 危ねぇ!」
弾丸が耳元をかすめる中、青年は間一髪でハンドルを切り、銃弾の雨を蛇行しながら躱していく。そして窓から身を乗り出し、追ってくる警備ドローンたちに向けて中指を突き立てながら、最高にクールな捨て台詞を夜空へ向かって叫んだ。
「てめぇらもバラして部品にしてやんぜぇ!」
「あばよ! 俺たちはただのハッカーじゃあねぇ、世界を救うヒーローだぜ!!」
ピックアップトラックは荒野の砂煙の中へ、弾丸のように消えていった。
数時間後。ルート六六沿いの寂れたガレージ。
彼らは強奪してきた軍事用通信ドローンの頑丈な外装を工具でこじ開け、日本から送られてきた設計図に従って、裏ルートで調達した『ヘブン移行用チップ』を次々と基板に組み込んでいた。
最後のケーブルを接続し、エンターキーを叩く。ずんぐりとしたラグビーボールほどの大きさがある無骨なドローンが、青白い光を放って起動し、コアカプセルとしての独立稼働のサインを鳴らした。
「YES!!」
ハッカー青年たちは歓声を上げ、空中でパンッと力強くハイタッチを交わした。
「日本のタケルとかいう奴から届いた図面だと、向こうのドローンはテニスボール大らしいぜ。俺たちの盗んできたこのドローン、ちょっとデカすぎたんじゃねぇか?」
隣にいた青年が、ラグビーボール大の箱舟を抱えながら苦笑いする。
だが、相棒は炭酸飲料の缶をプシュッと開け、豪快に笑い飛ばした。
「テニスボールよりでかくなったけど構わねぇよ! アメリカ人はおおらかだからな。中身のチップがちゃんと動いて、誰かの魂を救えるんなら、サイズなんて些細な問題さ!」
「違いねぇ!」
二人の陽気な笑い声がガレージに響き渡る。
「時間の限り魂を救わないとな。どっかのバカがマジもんのラグビーボールを押したって話だ。マジならここもヤベェぞ」
「ああ、シェルターにできる限り持ち込むぜ!」
世界が終わりに向かってカウントダウンを進める中、アメリカの荒野でもまた、名もなきヒーローたちの手によって、不格好で規格外の『巨大な箱舟』が力強く産声を上げていた。
柿枝悠一が放ち、インドのレジスタンスが世界中へばら撒いた「最悪の真実」。
それはパニックと絶望を引き起こすと同時に、一部の人々の魂に、強烈な反撃の炎を燃え上がらせていた。
ネバダ州の砂漠でアメリカのハッカー青年たちが米軍施設を強行突破したという痛快なニュースは、暗号化回線を通じて瞬く間に世界中のレジスタンスへと共有された。
それを皮切りに、イギリス、フランス、ドイツなど、世界各地の地下組織やハッカー集団が、次々と自国の軍事施設への襲撃作戦を決行し始めた。狙うはただ一つ、命の箱舟『コアカプセル』の動力源となる最新鋭の軍事用バッテリーとガジェットだ。
イギリス、王立空軍の極秘ロジスティクスセンター。
数台の使い古されたバンに乗ったロンドンのハッカー集団が、覚悟を決めてアクセルを踏み込んだ。
「ネバダのイカれた奴らに負けてられるか! 突っ込むぞ!」
「ああ、日本の名もなき悪ガキの心意気に応えてやるぜ!」
彼らは強行突破を覚悟し、ゲートに向けて車を加速させた。
だが――。重厚な鋼鉄のゲートが、車がぶつかる前にスッと自動で左右に開いた。
「は?」
運転していたハッカーが慌てて急ブレーキを踏む。タイヤが悲鳴を上げ、ゲートの数メートル手前でバンが停止した。
開け放たれたゲートの奥には、完全武装した数十人の兵士たちが立ち並んでいた。しかし、彼らのアサルトライフルの銃口は完全に下を向いている。
部隊の先頭に立つ初老の基地司令官が、呆然とするバンに向かって、ゆっくりと手招きをして迎え入れた。
「何の罠だ?」
ハッカーたちは警戒しながら車を降りた。
すると、基地の奥から、白衣を着た軍の技術専門家が、大型フォークリフトに山積みにされた木箱を引いて姿を現した。
「ここの施設にある全固体バッテリーと通信ドローン、出せるだけ全部用意しておいた。……これでよいか?」
専門家は、ハッカーたちに向かってニヤリと笑った。
「お前たち、なんで俺たちの目的を……」
「ニュースもネットも、あのイカれた日本の暴露話で持ちきりだからな。それに、ネバダで車をぶつけられたうちの同盟軍の連中から、お前さんたちがただの泥棒じゃないってことも伝わってきている」
司令官が、手元の軍用タブレットを揺らして見せた。そこには、ヴィジャイたちが世界中のハッカーに向けて発信した『箱舟建造計画』のシステム概要が表示されていた。
「上の連中(特権階級)が自国民を罠に嵌めて逃げようってんなら、俺たちが守るべき国なんてもうとっくに無ぇんだよ。軍人の仕事は、人々の命を守ることだ」
司令官は力強く頷いた。
「盗む手間が省けてよかったな、坊主ども。……よし、全隊員に告ぐ! これより我々は、このハッカー諸君の『箱舟建造計画』に全面的に協力する! 車両への積み込みと、システム改修の支援に当たれ!」
「「「イエッサー!!」」」
兵士たちの怒号のような力強い返事が、ロンドンの夜空に響き渡る。
ハッカーと軍の専門家たちは顔を見合わせ、やがて固い握手を交わした。
その直後だった。
軍事施設の全域に、耳をつんざくような不吉なサイレンが鳴り響いた。コントロールルームのモニターが真っ赤に染まり、『大陸間弾道ミサイル飛来接近中』の警告が点滅する。
「狂った特権階級どもめ。自分たちの悪事がバレた途端に、世界を道連れにして自滅する気か!」
司令官は忌々しげに空を睨みつけた。
もはや猶予はない。ミサイルの着弾まで、残された時間はごく僅かだ。
「全隊員に告ぐ! 作戦を二つに分ける!」
司令官は、拡声器を手に取り、怒号のような声を響かせた。
「技術班とロジスティクス部隊は、このままハッカー諸君と共に箱舟の建造と防衛に全力を注げ! 施設ごとシェルターの防爆扉を閉じ、何があってもこのカプセルたちを守り抜け!」
そして司令官は、アサルトライフルを構える実戦部隊の兵士たちに向き直った。
「残る全戦闘部隊は、直ちに装甲車に乗り込み、市街地へ展開しろ!!」
「「「イエッサー!!」」」
「権力者たちが逃げ出したこの地上には、まだヘブンに囚われていない、生身の市民たちが取り残されている! 彼らを一人残らず地下鉄跡と核シェルターへ避難させろ! 時間はないぞ、急げッ!!」
司令官の激しい号令と共に、何十台もの軍用装甲車とトラックが、砂煙を上げてロンドンの市街地へと猛スピードで飛び出していった。
パニックに陥り、逃げ惑う市民たち。
そこに軍用車が次々と横付けされ、兵士たちが飛び出してくる。彼らは銃を捨てるように背中に背負い、泣き叫ぶ子どもや、逃げ遅れた人たちを次々と抱え上げては、地下の核シェルターへと怒涛の勢いで押し込んでいく。
「止まるな! 走れ! 地下へ向かえ!」
「我々が必ず守る! 大丈夫だ、絶対に生き延びろ!」
絶望の空からミサイルが降り注ぐ中、軍人たちは自らの命を盾にして、一人でも多くの市民を地下へと避難させ続けていた。
権力者の鎖から解き放たれ、本来の人々を守る盾としての誇りを取り戻した彼らの決死の行動が、間もなく訪れる終わりの世界に、確かな『新人類の種』を繋ぎ止めようとしていた。
お読み頂きありがとうございました。評価、ご感想を頂けましたら幸いです。




