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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
サザンクロス参上!
9/13

サザンクロスを追いかけて

2章が始まりました。

 その影は、目の前に横たわる男を見下ろし、満足げに口角を上げた。


 人によっては引きつっているようにも見える口元だが、気を引き締めて強引に戻した。

 時間は計算し尽くした。猶予はまだあるが、手際よく行動するに越したことはない。さっさと終わらせてしまおう。



 ──自分は今から、この男を殺す。



「お前が悪いんだ……お前が、余計なことに首突っ込むから……」


 我知らず独りごちる。

 それから部屋を見渡した。時計の針は12時を少しだけ過ぎている。


 これから行う1つめのトリックは、簡単かつ単純なトリックだ。そのため、心の余裕があった。今から……人を殺す。心の余裕もまた、あるに越したことはない。


 ちらりと、部屋の窓を見やる。

 ……2つ目のトリック。こちらが本番だ。


 その窓は建て付けの問題なのか、まともに役割を果たさない。この窓がなければ、まったく別の方法でトリックを成立させるつもりだった。しかし、窓のおかげで、このトリックはより完成度が高く、不可能犯罪であることが強調される。


 そして再び、その顔には笑みが浮かんだ。


 ──男の身体を、ゆっくりと起こした。


   ○○◯


《連日、関東を騒がせている、異能力窃盗団事件の続報です》


 8月某日。綴はテレビのニュースを漠然と眺めていた。探偵事務所にはクーラーなどなく、カタカタ音を立てる扇風機しかない。猛烈な暑さが集中力を溶かしていく。


 あれから3ヶ月弱が経過し、毎日のニュースに追いやられるようにして、葉島が起こした事件は一切報道されなくなった。

 

《サザンクロスと名乗る彼らは、都内の宝石店から──》



 綴はソファに腰掛ける。


 葉島の事件を解明し、望まない推理ショーを路上で行ったため、探偵の存在は大勢の人間に認知された。かといって、この探偵事務所が賑わうなんてことはなかった。それも当たり前だ。群衆はそこにいる探偵が、どこの事務所で働いているか知らないし、興味も抱かないのだから。


「うー……家賃も厳しい……」


 1人、呻く。


「……葉島さんのこと、言えないんだよな……」



 葉島の動機は、後で知った。


 ──金。とても単純で、悲しいものだ。

 彼女はもともと、どこかの病院に勤めていたが、ある日突然、事情によって辞めることになった。再就職しようにも、異能力者は多くの場所から排斥される。


 もし多くの医療従事者、病院運営者が《治癒》の存在を知れば、当然欲しがる。すべてを治す医者がいる病院に、結果として患者は集中し、小さな病院は客を奪われる。単純な話で、異能力によって社会が歪むのだ。


 最初からそんな能力、持つべきではない、とでもいうのか。

 

 葉島は、優れた能力を持ちながら、困窮した生活を送っていた。そこへ現れた尾割は、彼女にとって都合のいい、金持ちの老人だったのだ。殺して大金を得ようとした。底辺の生活を変えるために──。


 殺人を肯定するつもりは欠片もない。しかし、綴も同じ苦しみを知っている。


「就職はできないし。バイトもなかなか見つからない」


 困った末に見つけたのがこの探偵事務所だったのだが……。


「雇ってくれた所長は、借金だけ残して逃げた……」


 その後に見つけたのが『アイ・ノウ』だったわけだが。探偵事務所より先にそっちを見つけていれば、こんなことになっていなかった。



 ──そういえば、究助が気になることを言っていた。


「未だに葉島が手に入れたヘビ毒の入手経路が不明なんだ」と。


 俺たち刑事に任せておけ、とも言われた。そのうち判明するだろうとは思うが、少し不安だ。



 突然、テーブルに乗ったスマホが振動した。普段は鳴らないため、綴は思わず飛び上がる。さらに、相手はちょうど究助からで、二重に驚いた。


「は、はい。八見探偵事務所」


 この名前にしたのは借金取りだ。『お前がここの所長になるんやで』と脅され、事務所の名前を強引に背負わされた。苦い記憶が蘇る。彼らはここ数ヶ月、姿を見せていないが、いつ来るか分からない。


「究助さん、いったいなんです──」


『ハチミツ! 手ぇ貸してくれ!』


 突風のような声に、綴は吹き飛ばされそうになった。


「ちょ、ちょっと待ってください! いきなりなんですか!?」


『今、流行りの窃盗団、知ってるか!?』


 究助はどこかを車で走っているのだろうか。風を切る音がして、音が籠もっている。

 それにしても窃盗団だと? つい最近、聞いたような。


「あっ」


 綴は思い出し、テレビを観た。

 たった今、その特集をしている。リポーターは台本の続きを読んでいた。


《サザンクロスは現場を去る際、必ずトランプのジョーカーを残しており──》


「窃盗団って、《サザンクロス》のことですか!?」


『そーだよ! 流石、探偵! よくチェックしてるな!』

 

 ちょうどテレビに出ているからだ、とは言わないでおく。


『そのサザンクロスが現れた! そろそろ──』


 外で急ブレーキの音が響いた。まさかと思い、窓まで駆け寄る。車道に灰色の車が停まっている。


「お前の事務所の前に着いた! 降りてこい! 追いかけるぞ!」


「え……えぇーっ!?」



 どうやら、目下の問題は社会問題でも、探偵事務所の借金のことでもないようだ。

 

   ***


 メーターは法定速度ギリギリを、まるで綱渡りのように攻めている。


「サザンクロスのこと、どんくらい知ってる?」


 その綱渡り運転をしている究助は、助手席で青い顔をする綴に訊ねた。


「あ……あまり知りません。()()()()()()で、なんだか、現場にジョーカーのカードを残すとか……」


 究助は運転席の背もたれに頭を預けた。モジャ髪がエアバッグになる。


「サザンクロスは十数人のメンバーで構成された窃盗団だ。最初の犯行は1年前くらい」


「1年前、ですか。けっこう前なんですね」


「2、3ヶ月に1回くらいの頻度で盗みを行う。狙うのは宝石とか貴金属とかだな。だがここ最近になって犯行頻度が増えて、今回ので、今月3度目だ!」


「頻度が増えた……?」


「ええっとな……セキュリティ会社の情報を守る小型デバイス、宝石店の商品、考古学博物館の小型遺物、金持ちの家の貴金属等々。小さいながらも高価な物品を狙ってるな」


 綴は速記を使い、メモに情報を書き記す。走行中の車内でメモするのは難しかった。


「お、出たな速記! もうアレは大丈夫か? ダラダラ鼻血流してたけどよ」


「あ……はい。ご迷惑をおかけしました……もう大丈夫ですよ」


「ビビったぜ、あれは……」


 迷惑をかけたことは申し訳なく思う。だが不器用なもので、あんなやり方でしか物事を解決できないのだ。


「それで、サザンクロスについてですが、今回の事件ではなにが盗まれたんですか」


「隣町の社長宅にあった腕時計コレクション。ファッションブランド『ユグドラ』の高級時計だな」


『ユグドラ』は、ファッションに疎い綴も聞いたことくらいはあった。とはいえ、高級志向のブランドということしか知らない。


「で、それが起きたのがついさっき」


「さっき!?」


「サザンクロスは伊帳町(いちょうちょう)を抜けて、戸担町(とたんちょう)ってところに逃げてる。俺たちは奴らの逃走先に回り込んで封鎖する手筈だ。

 俺たちも黙ってやられ続けてるわけじゃねぇからな。奴らの逃走パターンもだんだん予想されてきているぜ」


「とはいえ……ま、間に合いますか!?」


「問題ねぇ! そろそろ着く!」


 メモを取りながら、綴は不思議がっていた。

 窃盗団は最近になって犯行の頻度を増やした。その結果、警察にパターンを読まれている。世間を騒がす窃盗団にしては、お粗末ではないだろうか?



「──懸念点が1個ある。面倒ごとが増えちまったんだ。究極的に厄介なタイプの」


「究極的に厄介?」


「まずサザンクロスのメンバーだが、実際に窃盗を行う実行犯は3()()なんだ。他の奴らは囮とか、逃走のアシスト。そしてその実行犯3人は、異能力者なんだよ」


「異能力窃盗団とのことですから、異能力を犯罪に使っているってことですね。あ、異能力のせいで厄介ってことです?」


「奴らが割り込んできたんだよ」


「奴ら……」


「基本的に窃盗団なんかを追うのは刑事部の三課が担当する。だが、奴らは最初の頃の事件で……まあ奴らも慣れてなかったのか、被害者を怪我させた、つまり強盗事件になったんだ。そのせいで、俺たち一課まで駆り出される羽目になった。ここまでOKか?」


 綴は無言で頷く。


「そして俺たち一課と三課でサザンクロスを追っていたわけだが……メンバーが異能力者ってことで……特能がしゃしゃり出てきやがったんだ」


 ついため息が漏れてしまう。妻崎のような人が関わっているかもしれない。いや、究助の反応を見るに、まず関わっていると見ていい。


「最初は俺たちが地道に捜査してたんだ! 異能力者がいるってことも、突き止めたのは俺たちなんだぜ!? なのにそれが分かった途端、奴らが出てきやがった! 究極的にクソだろ!」


「災難、ですね」


「……ああ、そういえば、お前と初めて会ったとき、あのときも俺らはサザンクロスの捜査をしてたんだぜ」


「あ、そうだったんですか! 地味に気になってたんですよ。なんで刑事の皆さんがあんな場所にいたのかなって……」


 そう考えると、窃盗団がいたから、葉島の事件が解決できたのかも……と一瞬、考えてしまった。



「とにかく! 奴らより先にサザンクロスを挙げる! 急ぐぜ、ハチミツ!」


「あ、安全運転でお願いしますよ!?」


「分かってるって! 飛ばすぜ!」


「分かってな……ぎゃああ!」


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