サザンクロスを追いかけて
2章が始まりました。
その影は、目の前に横たわる男を見下ろし、満足げに口角を上げた。
人によっては引きつっているようにも見える口元だが、気を引き締めて強引に戻した。
時間は計算し尽くした。猶予はまだあるが、手際よく行動するに越したことはない。さっさと終わらせてしまおう。
──自分は今から、この男を殺す。
「お前が悪いんだ……お前が、余計なことに首突っ込むから……」
我知らず独りごちる。
それから部屋を見渡した。時計の針は12時を少しだけ過ぎている。
これから行う1つめのトリックは、簡単かつ単純なトリックだ。そのため、心の余裕があった。今から……人を殺す。心の余裕もまた、あるに越したことはない。
ちらりと、部屋の窓を見やる。
……2つ目のトリック。こちらが本番だ。
その窓は建て付けの問題なのか、まともに役割を果たさない。この窓がなければ、まったく別の方法でトリックを成立させるつもりだった。しかし、窓のおかげで、このトリックはより完成度が高く、不可能犯罪であることが強調される。
そして再び、その顔には笑みが浮かんだ。
──男の身体を、ゆっくりと起こした。
○○◯
《連日、関東を騒がせている、異能力窃盗団事件の続報です》
8月某日。綴はテレビのニュースを漠然と眺めていた。探偵事務所にはクーラーなどなく、カタカタ音を立てる扇風機しかない。猛烈な暑さが集中力を溶かしていく。
あれから3ヶ月弱が経過し、毎日のニュースに追いやられるようにして、葉島が起こした事件は一切報道されなくなった。
《サザンクロスと名乗る彼らは、都内の宝石店から──》
綴はソファに腰掛ける。
葉島の事件を解明し、望まない推理ショーを路上で行ったため、探偵の存在は大勢の人間に認知された。かといって、この探偵事務所が賑わうなんてことはなかった。それも当たり前だ。群衆はそこにいる探偵が、どこの事務所で働いているか知らないし、興味も抱かないのだから。
「うー……家賃も厳しい……」
1人、呻く。
「……葉島さんのこと、言えないんだよな……」
葉島の動機は、後で知った。
──金。とても単純で、悲しいものだ。
彼女はもともと、どこかの病院に勤めていたが、ある日突然、事情によって辞めることになった。再就職しようにも、異能力者は多くの場所から排斥される。
もし多くの医療従事者、病院運営者が《治癒》の存在を知れば、当然欲しがる。すべてを治す医者がいる病院に、結果として患者は集中し、小さな病院は客を奪われる。単純な話で、異能力によって社会が歪むのだ。
最初からそんな能力、持つべきではない、とでもいうのか。
葉島は、優れた能力を持ちながら、困窮した生活を送っていた。そこへ現れた尾割は、彼女にとって都合のいい、金持ちの老人だったのだ。殺して大金を得ようとした。底辺の生活を変えるために──。
殺人を肯定するつもりは欠片もない。しかし、綴も同じ苦しみを知っている。
「就職はできないし。バイトもなかなか見つからない」
困った末に見つけたのがこの探偵事務所だったのだが……。
「雇ってくれた所長は、借金だけ残して逃げた……」
その後に見つけたのが『アイ・ノウ』だったわけだが。探偵事務所より先にそっちを見つけていれば、こんなことになっていなかった。
──そういえば、究助が気になることを言っていた。
「未だに葉島が手に入れたヘビ毒の入手経路が不明なんだ」と。
俺たち刑事に任せておけ、とも言われた。そのうち判明するだろうとは思うが、少し不安だ。
突然、テーブルに乗ったスマホが振動した。普段は鳴らないため、綴は思わず飛び上がる。さらに、相手はちょうど究助からで、二重に驚いた。
「は、はい。八見探偵事務所」
この名前にしたのは借金取りだ。『お前がここの所長になるんやで』と脅され、事務所の名前を強引に背負わされた。苦い記憶が蘇る。彼らはここ数ヶ月、姿を見せていないが、いつ来るか分からない。
「究助さん、いったいなんです──」
『ハチミツ! 手ぇ貸してくれ!』
突風のような声に、綴は吹き飛ばされそうになった。
「ちょ、ちょっと待ってください! いきなりなんですか!?」
『今、流行りの窃盗団、知ってるか!?』
究助はどこかを車で走っているのだろうか。風を切る音がして、音が籠もっている。
それにしても窃盗団だと? つい最近、聞いたような。
「あっ」
綴は思い出し、テレビを観た。
たった今、その特集をしている。リポーターは台本の続きを読んでいた。
《サザンクロスは現場を去る際、必ずトランプのジョーカーを残しており──》
「窃盗団って、《サザンクロス》のことですか!?」
『そーだよ! 流石、探偵! よくチェックしてるな!』
ちょうどテレビに出ているからだ、とは言わないでおく。
『そのサザンクロスが現れた! そろそろ──』
外で急ブレーキの音が響いた。まさかと思い、窓まで駆け寄る。車道に灰色の車が停まっている。
「お前の事務所の前に着いた! 降りてこい! 追いかけるぞ!」
「え……えぇーっ!?」
どうやら、目下の問題は社会問題でも、探偵事務所の借金のことでもないようだ。
***
メーターは法定速度ギリギリを、まるで綱渡りのように攻めている。
「サザンクロスのこと、どんくらい知ってる?」
その綱渡り運転をしている究助は、助手席で青い顔をする綴に訊ねた。
「あ……あまり知りません。異能力窃盗団で、なんだか、現場にジョーカーのカードを残すとか……」
究助は運転席の背もたれに頭を預けた。モジャ髪がエアバッグになる。
「サザンクロスは十数人のメンバーで構成された窃盗団だ。最初の犯行は1年前くらい」
「1年前、ですか。けっこう前なんですね」
「2、3ヶ月に1回くらいの頻度で盗みを行う。狙うのは宝石とか貴金属とかだな。だがここ最近になって犯行頻度が増えて、今回ので、今月3度目だ!」
「頻度が増えた……?」
「ええっとな……セキュリティ会社の情報を守る小型デバイス、宝石店の商品、考古学博物館の小型遺物、金持ちの家の貴金属等々。小さいながらも高価な物品を狙ってるな」
綴は速記を使い、メモに情報を書き記す。走行中の車内でメモするのは難しかった。
「お、出たな速記! もうアレは大丈夫か? ダラダラ鼻血流してたけどよ」
「あ……はい。ご迷惑をおかけしました……もう大丈夫ですよ」
「ビビったぜ、あれは……」
迷惑をかけたことは申し訳なく思う。だが不器用なもので、あんなやり方でしか物事を解決できないのだ。
「それで、サザンクロスについてですが、今回の事件ではなにが盗まれたんですか」
「隣町の社長宅にあった腕時計コレクション。ファッションブランド『ユグドラ』の高級時計だな」
『ユグドラ』は、ファッションに疎い綴も聞いたことくらいはあった。とはいえ、高級志向のブランドということしか知らない。
「で、それが起きたのがついさっき」
「さっき!?」
「サザンクロスは伊帳町を抜けて、戸担町ってところに逃げてる。俺たちは奴らの逃走先に回り込んで封鎖する手筈だ。
俺たちも黙ってやられ続けてるわけじゃねぇからな。奴らの逃走パターンもだんだん予想されてきているぜ」
「とはいえ……ま、間に合いますか!?」
「問題ねぇ! そろそろ着く!」
メモを取りながら、綴は不思議がっていた。
窃盗団は最近になって犯行の頻度を増やした。その結果、警察にパターンを読まれている。世間を騒がす窃盗団にしては、お粗末ではないだろうか?
「──懸念点が1個ある。面倒ごとが増えちまったんだ。究極的に厄介なタイプの」
「究極的に厄介?」
「まずサザンクロスのメンバーだが、実際に窃盗を行う実行犯は3人なんだ。他の奴らは囮とか、逃走のアシスト。そしてその実行犯3人は、異能力者なんだよ」
「異能力窃盗団とのことですから、異能力を犯罪に使っているってことですね。あ、異能力のせいで厄介ってことです?」
「奴らが割り込んできたんだよ」
「奴ら……」
「基本的に窃盗団なんかを追うのは刑事部の三課が担当する。だが、奴らは最初の頃の事件で……まあ奴らも慣れてなかったのか、被害者を怪我させた、つまり強盗事件になったんだ。そのせいで、俺たち一課まで駆り出される羽目になった。ここまでOKか?」
綴は無言で頷く。
「そして俺たち一課と三課でサザンクロスを追っていたわけだが……メンバーが異能力者ってことで……特能がしゃしゃり出てきやがったんだ」
ついため息が漏れてしまう。妻崎のような人が関わっているかもしれない。いや、究助の反応を見るに、まず関わっていると見ていい。
「最初は俺たちが地道に捜査してたんだ! 異能力者がいるってことも、突き止めたのは俺たちなんだぜ!? なのにそれが分かった途端、奴らが出てきやがった! 究極的にクソだろ!」
「災難、ですね」
「……ああ、そういえば、お前と初めて会ったとき、あのときも俺らはサザンクロスの捜査をしてたんだぜ」
「あ、そうだったんですか! 地味に気になってたんですよ。なんで刑事の皆さんがあんな場所にいたのかなって……」
そう考えると、窃盗団がいたから、葉島の事件が解決できたのかも……と一瞬、考えてしまった。
「とにかく! 奴らより先にサザンクロスを挙げる! 急ぐぜ、ハチミツ!」
「あ、安全運転でお願いしますよ!?」
「分かってるって! 飛ばすぜ!」
「分かってな……ぎゃああ!」




