探偵の決意
「聞いたよ。ハチミツくん。頑張ったんだってね」
椿は穏やかに言う。
カフェ、アイ・ノウ。
マスターの十八番ブレンドが提供される。
綴は、椿に促され、向かいの椅子に座った。平日であることに加え、客足の多い昼時を過ぎたため、今は他に客がいなかった。マスターの許可も取れて、バイトが席に座っていても咎める人もいない。
「噂になってる。道でやったんだから、大勢の人にも見られていた」
「恥ずかしいですね、なんか」
「でも、ハチミツ探偵の推理は、皆から評価されている」
「……」
椿はカップの温度を確かめる。それは、初めて来店したときもやっていた仕草だ。
「それにしても、特能ね……横暴で、とても警察とは思えない」
「はい……酷い捜査でした」
椿は顔をしかめる。苦い物を吐き出すように、ゆっくり彼女は語り始めた。
「知っていると思うけど、昨今、異能力者の犯罪が社会問題になっている。異能力を用いた、犯行の複雑化……」
「今回の件も、そうでしたね」
「《異能力犯罪》と、簡単に呼ばれている。警察庁は、それを憂慮して数年前に新しいチームを設立させた。それが特殊異能力犯罪対策班」
「本来、もっとちゃんとした捜査をしてくれるんですよね? 今回の人がアレなだけで……」
「どうだか。捜査員も異能力者。非異能力者とは違うと優越感を持ってる奴、差別意識を持ってる奴。一枚岩じゃない。どうにも歪な面もある」
「うーん……」
「けれど、特能をまとめる『部長』はしっかりしている人。実績もあるし、班をまとめ上げる人望もある」
「……詳しいんですね」
「そういう情報を知るコネがあるの」
椿がなんの仕事をしているのか、それも謎だ。
「でも、なんであそこまで強い権力を持っているんでしょう? 異能力が関わっているだけで、捜査一課の人たちよりも立場が上になるみたいな……」
「それはやっぱり、政府から特別な期待をかけられているから、だろうね」
「特別な期待……でも、あれじゃ……」
特能がこれから権力を持ち続け、力を増していけば、さらに担当する事件が増える。そのうち異能力が関係ない事件すらも、彼らが担当するようになるかもしれない。妻崎のような捜査員が増えれば、行き着く先は暗い未来だ。
いつかは葉島のような犯罪者が見逃され、凛子のような冤罪が生まれる。
「僕は……究助さんみたいな人たちに、頑張って欲しい。特能じゃなくて……」
そう言ってから、綴ははっとして、言い直す。
「な、なに言ってんだよって話ですよね! 特能だって悪人ばかりじゃないだろうし、そもそも僕なんかが悩む話じゃ……」
「ううん」椿はふっと微笑む。「あなたの考えは正しい。わたしも、賛成」
「つ、椿さん……」
「きっと今回の件は警察上層部にも届いているんじゃない? 少しだけだとしてもね。そうだとすれば、特能もちょっとは態度を改めると思う」
「……」
「ハチミツくん。わたしは、あなたなら、正しい物を見つけられると思う」
「正しい物……」
「特能に、負けないで」
善人だと思っていた人に、裏切られた。いや、そもそも最初から騙されていた。
真実を暴いたが、粘り着くような闇が心を覆った。
それでも、正しい物を見つけられると、目の前の人は言う。
椿は温かく笑った。
「……はい。僕、頑張ります」
そのとき、横からトーストが乗った皿が置かれる。マスターが素知らぬ顔で、テーブルに料理を運んできたのだ。
「あれ、マスター、注文してましたっけ……」
「食べたら? ハチミツくん」
マスターは微笑を浮かべ、言った。
「ハニートーストでございます。当店のオススメですよ」
***
「クソッ……! あんの探偵め……!」
パトカーの中で、特能、妻崎豊は荒れていた。結局、手柄は究助たちのものとなり、群衆に特能の失態を晒された。
屈辱だ。
「……あークソ! あの人、俺には早く出ろって言うくせに……!」
着信音が鳴り続ける。電話をかけているのだが、相手が中々出ない。貧乏揺すりが止まらず、黒の鎖もジャラジャラと飛び出す。
「自分はいつまでも出ねぇんだからムカつく──」
『おや、それは申し訳ありませんねぇ』
「げえッ!?」
ほんの一瞬の隙に通話が繋がった。こっちの油断を狙い澄ましたかのようで恐ろしくなる。
『私はあなたと違って忙しいものでしてねぇ……』
「あ、いやいや……はは、は」
ねっとりとした陰湿な声が、耳を刺激する。あの嫌味な視線を直接浴びせられないだけ、まだマシだ。
「え、えーっと、おほん。その、今回の件、耳に入れられました?」
『あなたが大失態をしたという話ですね』
「う、ぐぐ……」
『聞いてますよ。私も、白金くんも』
「か、解さんも……!?」
一番、耳に入れてほしくない人に伝わった、と憂鬱になる。
『まあ、反省文、頑張ってください。それより、なんの話ですか? あなたの自慢話を聞くほどの、心の余裕は持ち合わせていなくてねぇ』
「う……い、いえ。1つ、お聞かせしたいことが。今回の件を解決しやがった、探偵についてです」
『……探偵ですって?』
「もし、会うことがあれば……気をつけてください」
妻崎の口元に、うっすらと笑みが浮かぶ。
この人は警察にいるのが不思議なほど、ねちっこい悪意を持った人だ。しかし、それ以上に優秀でもある。
あのムカつく探偵がこの人と出遭えば、ただでは済まない──。
「それでは。……山犬警部補」
1章終了です。
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