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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
異能力犯罪
7/15

真実

 群衆の中に紛れていた人物は、よろよろと前に進み出てきた。顔は周囲の人と比べて明確に青白い。


「……は、八見さん? な……なにを言ってるんですか? 冗談はやめてください……」


 綴にとって、それは信じたくないことだった。自分の推理が外れていてほしかった。



「葉島さん、犯人はあなたです」



 誰にでも優しく、分かりやすく表情を変える愉快な人、そんな印象だったのに。とても、人を殺すような人間には思えない。


「あり得ません!」葉島は取り乱す。「わたしがあの方を……それに、尾割さんが転落したとき、あなたと一緒にいたじゃないですか!?」


「そうでしたね。でも……違ったんです」


 

「ちょ、ちょっと待てッ……」


 綴の言葉を妻崎が遮る。


「貴様ッ……俺はまだ……」


「はいはい、もうテメーは退場だ」それをさらに、究助が遮る。


「あ!?」


「もうテメーの出る幕じゃねぇ。俺と一緒に観戦と行こうぜ」


「ぐ、ぐぐッ……」



 綴は究助に一瞥し、葉島に向き直る。


「被害者は犯人によって突き落とされたわけではなかったんです」


「ど、どういうこと……?」


「あのタイミングで誰かが被害者の部屋に入ることは叶わない。そもそも彼が落ちる瞬間、背後にも下にも人はいない。考えられる可能性が、1つ残っています。彼は、自分で落ちたんです」


「じ、自分から……じゃあ、事故ってことですか……? そうなんですよね!?」


「ある意味、そうです」


 葉島の表情の変化が小さくなっている。それはつまり、感情の起伏を悟られないように必死であることを意味していた。


「ある意味もなにも……自分から落ちたってことは、事故でベランダから落ちてしまったってことでしょう!?」


「正確じゃないんですよ、葉島さん。事故というのはある意味そうですが。

 まず、被害者はベランダに用がありません。あなたのおかげで洗濯物もありませんから」


「じゃあ……なんでベランダに……」


「ベランダに向かった理由。それは、前後不覚になっていたからです」


「前後不覚……!?」



「究助! ハチミツ!」


 紫雲の声だ。人をかき分け、現れた。片手はポケットの中に、もう片方は、注射器を持っていた。


「紫雲さん。注射器、分かりました?」


「さっきも言ったが詳細はまだ分からねぇ。だがこいつは間違いなく、毒物だ。それも出血性の毒物だな。

 たとえば蚊やヒルは血液の凝固を妨げる物質を吸血時に分泌させるが、血液凝固因子を無駄遣いさせ、血液を凝固させなくする毒がある。それが出血性の毒だ」


「インスリンなんかじゃなかったんですね……それも、毒なんて」


「俺が思うに、こいつは()()()だ。ヘビ毒メタロプロテアーゼってところか? どこで手に入れたのかは知らねーが……血管に注入されちゃあひとたまりもないな」


「出血も、毒の効果ですか?」


「ああ。あの吐瀉も目と肛門の血も、毒の作用だろう」


 ヘビ毒だったのは予想外だったが、おおむね推理どおりだ。あの注射器の液体が、すべての鍵になる。


「この事件が複雑になったのは、1つの()()によるものです。被害者の転落、それこそ、犯人にとって想定外だった偶然でした」


「あのよ、ハチミツ……」


 おそるおそる、今まで観戦していた究助が声をかける。疑問のために問わずにはいられなかったのだろう。


「それマジなのか? 転落が偶然?」


「はい。考えてみてください。注射器に毒物があるということは、犯人の目的は毒殺です」


「毒殺……! へ、ヘビ毒を使った殺人……!」


「被害者は糖尿病で注射を使っていました。液体の中身を毒と入れ替え、毒が体中を回って死に至るまでの間、犯人は外に出ていてアリバイを作る。これが想定していたトリックのはずです。

 けれど、被害者の転落。これは犯人にとってまったく不必要な出来事で、致命的な想定外だったんです」


「何故、落ちたんだ?」


「部屋の荒れ方、部屋の中からベランダに向かっていましたね。被害者は奥に這って進んだんだと思います。苦しんで、()()()()()()()()んだと思います。ただし、毒の苦しみと、目からの出血で、前後不覚になっていた。ドアの外ではなく、光が射し込むベランダに逃げ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが、僕の見た被害者の姿だった」


「身体の擦過痕は這ったときにできた傷か」



「ま、待ってください!」葉島が喚く。「ほ、本当に、なにを言ってるんですか? そ、そんなの……」


「あなたは僕に訊きましたね」


「な……なにを……」


「怪しい物は落ちてなかったか、と。そう。注射器です」


「……っ!?」


「本来、被害者が死亡してから犯人は部屋に戻り、注射器を回収するつもりだったんです」


 ドアの鍵はまだ毒が回ってなかった時点の被害者が自分で閉めたのだろう。

 反応がないと言って、管理人を呼んで鍵を開けさせ、どさくさに紛れて注射器を回収する。そうして計画は完成するはずだった。


「しかし偶然、被害者がベランダから転落した。さらに、刑事の究助さんがいたことにより、あなたは部屋に戻れなくなった。致命的な証拠を残してしまったのです」


「……だ」


「そして、あなたは咄嗟に──」



「黙りなさいこのガキがああぁっ!」


「ひっ!?」


 葉島は激昂する。

 あれだけ多彩な感情を表情に出してきた彼女は、今や真っ赤な怒りで感情を固定している。


「ゴチャゴチャうるさいのよ! チビのくせにぃ!」


「ち、チビはいいじゃないですか……」



葉島(はじま)里香(りか)!」究助が葉島に近づく。「注射器の中身を入れ替えられたのは被害者のヘルパーだったお前だけだ! 観念しろ!」


「冗談じゃないわ! 管理人はどうなの!? わたしが出て行った後、管理人の鍵を使って侵入、そして毒殺したかもしれないでしょ!? このクソガキ! 優しくしてりゃつけ上がりやがって!」


 目を剥いて怒鳴り立てる。だが、彼女の額に浮かぶ冷や汗が、なりふり構わない口調が、追い詰められていることを物語っている。



「──葉島さん」


「なによ!?」


「じゃあ、なんで被害者の外傷は治ってないんですか?」



「──なっ……」


 表情の赤色は、絶望の青色に。

 綴の言葉は続く。


「この計画は、上手く行けば完全犯罪が可能でした。

 犯人は被害者の死因を、心臓発作あたりにしようとしたんだと思います」


「でもよ、それなら紫雲がすぐ暴いちまうぜ。あの天才なら」と究助だ。


「……解剖してないからなんとも言えないが。病死か毒殺かの違いなんてすぐ分かる」紫雲が同意する。



「はい。だから、最後に犯人は……《治癒》するつもりでした」



「……ああ! なるほど!」


「葉島さん。あなたの能力なら、体内の異変も再生できるはずです。血管からの出血、毒による壊死なども」



 葉島はたじろぐ。彼女の周りにいた群衆はすっかり遠巻きにしている。


「だから……な、なんだっての……」


「被害者が転落したとき、あなたは多少疑われることもいとわず、明らかに死亡している被害者に駆け寄って《治癒》を使いました。

 けれど、治っていませんよね? 彼の割れた頭も折れた首も、そのままです」


「……あっ」


「──あなたが究助さんに止められるまでに、少しの時間があり、被害者に触れていました。そしてあなたの能力、僕は体験済みです。……一瞬で治せるはずなんですよ。少なくとも、表面状の外傷くらいならね」



「──あ、ああ……あああっ……」


《頭蓋骨陥没。頸椎骨折。酷い外傷。頭から落ちた転落死。俺がさっき言った肛門からの出血は妙だが、それ以外はなにもないんだ》


 酷い外傷。治っていない。ではあの瞬間、葉島はなにを治癒していたのか?


「や……やめなさい……やめなさいこの……ガキがぁっ!」



「──あなたは外傷ではなく、体内を再生させていたんです。あなたは、毒殺の痕跡だけでも消そうとしたんだ! 解剖しても死因が特定されないようにね!」



「……あっ、うああああぁぁっ!!」



 葉島はその場に崩れ落ちた。


 治癒する能力を持ち、注射器に毒物を仕込める人物。それはただ1人しかいない。


「もう1度言います。葉島里香、あなたが犯人だ」


 綴はすべてを語り終えた。しかし晴れ晴れとした気持ちは欠片もない。1度は信じた人が、心を許せると感じた相手が、犯人。しかも、出会ったときにはすでに、人を殺していた。


 ──苦しい。



「──葉島里香。尾割南代殺害容疑で、逮捕する」


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