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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
サザンクロス参上!
14/14

サザンクロスを追いつめて

 翌朝から、事態は急展開を迎えた。


 パトカーの助手席に座り、違法ギリギリの速度と、デジャブを感じている。


「きゅ、究助さん……」綴の顔は青い。寝起きからいきなりこれだ。「詳しく、お願いします……」


「サザンクロスのアジトが分かった! これは一課の手柄だぜ!」


 下っ端を尾行したらしい。究助たちの努力に感服しつつ、同時に下っ端の迂闊さをありがたがる。


「今回奴らが潜伏しているアジトは、戸担町から10㎞離れた場所にある廃工場だ」


 究助は高速道路を選んでスピードを出す。法定速度が延びたということは究助の出すスピードも上がるということで、綴の顔もさらに青くなる。


「……究助さん。報告したとおり、サザンクロスは首吊り事件の被害者となんらかの接点があったと思われます」


「ノートに予定があったんだよな」


「どんな接点があるのかははっきりとは分かりませんけどね」


「奴らを逮捕したら、その件についても絶対に聞き出すぜ」



 究助は運転しながら書類を取り出す。一番上には「サザンクロス異能力」と簡素なタイトルが付いている。その紙の束を押し付けるように綴に渡した。


「サザンクロスの実行犯、3人の異能力」


「そういえばどんな能力なのか知りませんでした」


「前に問い合わせて、調べて貰ったんだ。()()に」


「……墨塗? 人ですか? 誰です?」


「あ、言ってなかったか。情報機関に所属している職員だ。こういうときによく頼むもんで、結構仲良くなったんだ。墨塗(すみぬり)(ただし)


「今度、僕も話してみたいです」


 話を戻すぞ、と究助は言った。綴は慌てて書類をめくる。


 綴がページをめくる速度に合わせて、究助が語る。


「まず1人目、星野(ほしの)丈二郎(じょうじろう)。ジョバンニと呼ばれてる男だ」


「ジョバンニ? コードネーム的な奴ですね」


「能力名は《引き寄せ》。物体を手の中に吸い寄せる能力だ」


 宝石店のカメラ映像を思い出す。ケースの中の貴金属が、ガラスの隙間に吸い込まれる瞬間だ。


「限界サイズは結構小さめですね。『10cm×10cm×10cm』か、えっと……10cmは煙草の長さと同じくらいらしいですね」


 スマホで長さを調べた。


「それから、生物などは引き寄せられなくて、物理的に不可能なものも引き寄せられない……」


「物理的に不可能ってのは、箱の中に入ってるものとかは無理ってことな。箱の中の物は一切動かない。逆に言えば、少しでも箱が開いてたら、その隙間から引き寄せられる」


 星野丈二郎、ジョバンニの情報はこのくらいだ。続いて、2人目の異能力。



神羽(かみはね)ネル。カムパネルラってコードネームだ。異能力は《風力操作》。風を発生させて操る異能力だ」


「強力すぎません?」


「強力だよ。なのに使うのは窃盗のため。もったいねぇよな。操作可能な最大風速は『6.0m/s』で限界射程は『10m』。屋外でも屋内でも関係なく風を操れる」


「強めの風ですね」


 監視カメラの映像の謎が解けた。あの手品じみた物の動き方は、2つの異能力を組み合わせたものだ。《風力操作》で石を動かし、ガラスケースを割る。ケースに開口部が生まれたことで、貴金属を《引き寄せ》ることができる。これが犯行の手口なのだ。


「最後。大座(おおざ)練司(れんじ)、コードネームはザネリ。異能力は《ルート可視化》……名前だと分かりづらいが、能力者が望んだ目的地までの、最適経路を可視化させる能力だ。ちなみに能力者本人しかそのルートは見えない」


「えーっと、つまり」


 綴は車のカーナビを指差した。


「これ、ってことですか。目的地ガイドができる。地図いらずでちょっと羨ましいです」


「性能は究極的に《ルート可視化》の方が良い。なんてったって、『警察に絶対捕まらない逃走ルート』ってのを検索できるんだからな。ザネリのせいで、俺たちは奴らを逮捕できない」


「どれもこれも、異能力の嫌な使い方です……」


「元は()()だったらしいんだけどな……」


 思わず耳を疑う。


「サザンクロスって義賊だったんですか?」



《サザンクロスの犯行で、セキュリティ会社の情報が盗まれたのは知ってる? 実はその後、その会社は反社と繋がりがあるって暴露された》


 これは、椿の発言だ。念のため、メモを取っておいてよかった。


「サザンクロスが現れ始めた頃は義賊だなんだとネットとかで持て囃されてたぜ。今じゃそんなの、冗談としか思えねぇけどな」


 悩んでいると、車が高速から降りた。



「……そうか。そういうことだったのか……」



「ハチミツ?」


「すいません究助さん。ちょっと見逃してください!」


 綴はシートベルトを外し、後部座席へ移った。「おいこら!」と究助は叱るが、それ以上に困惑が勝っているようだ。 

 綴は後部座席いっぱいにメモ帳をばらまいた。


 車の床に膝をつき、ペンを掲げる。

 揺れる車内でやるのは当然、初めてだ。不安定で少し怖いが、走行中の今しかできない。



「ハチミツ、それ、究極速記(きゅうきょくそっき)をやるのか!?」


 ──高まっていた集中力が、究助の一言で緩んだ。



「……え? な、なんですか? きゅ、究極?」


「あ? お前の必殺技みたいなもんだろ。だから名前を付けてやろうと……」


「え、いや、別にいらな……」


「《アルティメット・ライトニング・ライティング》の方がいいか!?」


「究極速記の方でお願いします!」


 出鼻を挫かれたが、気を取り直して。


 

 紙の上にあらゆる手がかりが並んでいる。複雑な異能力犯罪は、巨大な迷路のようなものだ。道はいくつも分岐して、突き当たりばかり。けれど、真実の道は1つだけ、確かにある。


 綴は自覚している。自分は天才じゃない。名探偵のように、最小限の手がかりと、最大限の閃きで正解の道は選べない。


 だから、迷路を総当たりする。可能性を片っ端から──メモに描く。



《うう……照井さんは、絶対に自殺なんかする人じゃないんだよ》


《あの野郎、舐めやがって、時々立ち止まって挑発してやがった。まあ、そのおかげでって部分もあるんだがな。あと一歩で押さえ込めたんだが、逃げられた》


《被害者はじわじわ首を絞められていた……?》


 発言はすべて記録している。


 被害者は自殺なのか、他殺なのか。犯人はいるのか。いるとすれば、どうやって部屋から出たのか。



《まずサザンクロスのメンバーだが、実際に窃盗を行う実行犯は3()()なんだ。他の奴らは囮とか、逃走のアシスト。そしてその実行犯3人は、異能力者なんだよ》


 ──そうか。


「究助さん」


「っておい! また鼻血!」


 自分の顔がどうなっているのか分からない。また酷い有様になっているのだろうが、それどころではない。頭は麻痺しているが、伝えなくてはならないことがある。


「究助さん……アジトに着いたら、お願いしたいことがあります」


「あ? 構わねぇが……」



「──()を作ります」


   ***


 郊外の廃工場には、かつてはきりきりと稼働していたであろう機械があったが、錆び付いてしまい、大きいだけのゴミと化していた。窃盗団が散らかしたゴミや、低俗なラクガキで汚されている。


 決戦の火ぶたは切って落とされ、瞬く間に決着が付いた。


 機動隊が突入し、窃盗団を取り囲んでいったのだ。唐突な突入にサザンクロスは手も足も出ず、次々と捕縛されていった。


 綴は内心、警察と窃盗団の対決が見られるかもと興奮していたのだが、あまりにもあっさりで、他人に見せないよう、ひそかに落胆していた。


 ひとまず工場の中に入り、奥へと突き進む。仮面も付けていないサザンクロスの下っ端たちが恨めしそうに睨み付けて、身がすくむ。だが気づかないフリをしつつ、視線の矢の中を突破した。


 奥にある部屋に、彼らはいた。


 取り囲まれ、手錠をかけられて身動きが取れなくなっている。

 そのうちの1人が離れた場所に座っていたため、まず彼に声をかけた。


 筋骨が逞しく、日焼けした、まるでスポーツマンのような男だ。事前に顔写真を見せられたため、3人全員の判別はつく。


「……お前、なんだよ。連行するんじゃねえのか」


「大座練司……ザネリさんですね。ルート可視化の能力を持つ」


 ザネリは疑わしげに綴を見上げる。逮捕が決まったからか、諦観を帯びた顔をしている。まだ20代か、下手をすると10代くらいにも見える。


「さっさとしろよ。ここで待たせるなんて、合理的じゃねぇぜ」


「その前に、伺いたいことがあって……」


 綴の言葉を押さえつけるように、キンキンと声が響く。



「ちょっとどういうことよ! あたしが捕まるとか聞いてないわ!」


 彼女の発言に、やたら派手な身なりをした男が答える。


「安心したまえカムパネルラ。結局、最後に物を言うのは金さ。僕の財力で優秀な弁護士を雇おう!」


「……神羽ネルさんと、星野丈二郎さんですね」


「あんたなによ? チビね」


「ふん! いかにも貧乏人の顔だ!」


 男の方は手錠をかけているにも関わらず、王様のように胸を反らしていた。


 距離も近いし、一見すると、町中の軽薄なバカップルだ。実体は窃盗団の実行犯の2人なのだが、とてもそうは見えなかった。


 金髪で軽装の女性、カムパネルラこと神羽ネル。

 そしてマッシュの髪型と趣味の悪い金色のジャージ服、ジョバンニこと星野丈二郎だ。



「金色のジャージ……」


「なにかね!?」ジョバンニは高い鼻を綴に向ける。「この僕の輝かしいファッションセンスに愕然としているのかい!?」


「が、愕然とはしてますが……」


「ジョーのファッション、エグいよね?」カムパネルラが割り込む。ザネリと違い、こちらは今から逮捕されることが分かってないような様子だ。「ヤバいっていうか、もうイっちゃってる感じよね?」


「フフフ……カムパネルラ。僕のことはジョーではなくジョバンニと呼びたまえ。この崇高なリーダーが決めた、格式高いコードネームだ!」


「ええ! ジョー!」


「フフフ……」



「けっ……」ザネリがジョバンニに冷めた目を向け、大声で怒鳴る。「捕まってんだよ。アホが! これも全部、テメーが俺の忠告を聞かなかったからだ!」


「なに!? 貴様、僕のせいだと!?」


「実際そうだろーがボケ!」


「ちょ……落ち着いて……」


 話を聞こうと思ったのに、すっかりペースを乱されてしまった。

 ジョバンニとザネリは仲間同士にも関わらずいがみ合っているようだ。こちらに有利な発言を引き出せるかもしれないと考えれば、好機とも言える。



「え、えっと、ザネリさん!」


「あ? 合理的じゃねぇ大声出しやがって……」


「あなたの能力について教えてください。あなたは窃盗の際、事前に『絶対に捕まらない逃走ルート』を決めて、皆さんはそれに従って動いている……という認識で合っていますか?」


「ああ……俺の能力なら、絶対に捕まらない。だが捕まらないのは逃走中だけ……けっ。街中でべらべら喋る馬鹿がいるとは思ってなかったぜ。こうして捕まっちまった」


「2日前、腕時計を盗んだときもルートを決めていたんですね?」


「そうだよ……クソが! だからやめとけって言ったんだ!」


 綴はその言葉を聞き逃さない。


「やめとけ? 誰に言ったんですか?」


「ジョバンニだよ! あのアホ、頻度を増やせば逮捕される確率が上がる……そんなことお構いなしで、どんどん計画を増やしていきやがる! 全っ然合理的じゃねぇ!」


 頻度が増えているのは、ジョバンニの判断だったのか。



「馬鹿め! 貧乏人には分からんだろうね。僕には僕の金色に輝く計画があったのだよ!」


「何色だろうが捕まってんだから失敗なんだよクソ成金が!」


「き、貴様……仲間だから許していたが……この僕に向かって……」


 喧嘩が始まる前に綴は割り込む。


「い、一応なんですけど、あの日の、あなたが考えた逃走経路をこの地図に書いてくださいませんか?」


 そう言い、まだなにも書かれていない戸担町の地図を机に置いた。


「……なんで俺がそんなことをしなくちゃいけねぇんだ。合理的じゃねぇな」


「合理の話をするなら……協力した方がいいと思います。僕は警察じゃないので、言ってしまいますが……罪が軽くなるかもしれませんよ」


「……! テメェ……」


 取引だ。合理的に考えるのがザネリの信条らしい。ならば応じるはずだ。

 ザネリは唇を噛み、少し考えてから、ペンを受け取った。


「お、おいザネリ! なにを勝手な真似を! 僕が命じる! 今すぐそのペンを止めろ!」


「……テメェに指図されたら、むしろ止まらなくなったぜ」


「なんだとぉ!?」


 ジョバンニの制止は、むしろ良いアシストになったようだ。


 ザネリは3つの逃走ルートを描いた。そのうち1つを指差してザネリに訊ねる。おそらくは、究助が追った窃盗団の逃走ルートだ。


「……ザネリさん。()()()()()で逃げたのは、3人のうち、誰ですか?」


挿絵(By みてみん)



「……さあな。そこまで言うつもりはねぇ」

  

 手は貸すが、直接的に仲間は売りたくないということだろうか。強引に説明させるより、こちらから明らかにするしかないようだ。


「っていうかなんの話? 早く解放してくれないかしら?」暢気な調子で、カムパネルラは言う。


「いや解放はムリですけど……」


 


「そこまでですよぉ」


 綴の背中に、陰湿な声が浴びせかけられる。


「……山犬さん?」


「おやおや……これは大変ですねぇ名探偵さん」


 踵を鳴らしながら歩み寄る。獲物を見つけたように、嗜虐的に体を弾ませているようだ。


「なんでここに……」


「それはこちらの台詞ですねぇ。窃盗団の事件は立派な異能力犯罪。我々特能が出動するのは当然。一方、なぜ探偵さんがこんなところにまで出てきているのか……私には見当も付きません……」


「そ、それは……」


「特能以外の無能どもも、邪魔なんですけどねぇ。我々特能の能力にかかれば、すぐに解決なんですが」


「……山犬さん」


「あなたの出る幕ではありません! 帰って、先日の事件のことでも考えながら枕を濡らしたらどうですか?」



 やはり身がすくみそうになる。

 だが、あのときと今は異なる。未知だった事柄が、既知となっている。


「そのことです。山犬さん」


「はい?」


「照井さんの事件のことで、僕はここにいます」


「な、なんですって……?」


 山犬が剣呑な顔立ちで見下ろす。


「サザンクロスと照井さんの事件は、関係しているんです」



 真犯人を見つける前に、特能が立ちはだかる。以前の事件と同じだ。ならば、やることも変わらない。彼が事実を歪めようとするなら正す。真実を見逃しているのなら、突きつけるしかない。



 真実はもう、手の中にある。


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