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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
サザンクロス参上!
13/14

捜査

 直方体のガラスケースがある。中はよく見えないが、貴金属が入っているようだ。


 隣にいる人物の髪が揺れた。その人物は不思議がり、揺れた髪のあたりに触れ、周囲を見渡す。しかしなにも見つからない。次の瞬間、どこからか石が飛んできて、ガラスケースを割った。破片が飛び散り、人々は腰を抜かす。


 一瞬の出来事だ。ケースの中にあった貴金属は浮き上がり、まるで掃除機に吸い込まれるゴミのように、割れたガラスの隙間に向けて飛んでいった。近くの人が咄嗟に手を伸ばすが、貴金属の輝きには届かない。



 ──宝石店の監視カメラに残されていた映像が終わる。高度に編集された動画のようだが、無編集だ。

 これが、窃盗団の手口とされている。


 

「──それ、究助からか」


 監察医の弟子、廃谷紫雲はハンドルを切りながら、後部座席の綴に訊ねた。


「はい。今朝、送られてきました。サザンクロスの窃盗を映した映像です。お願いしたら送ってくれました」


「……どうでもいいが、そろそろ着くぞ」


「あ、了解です!」



 紫雲の運転する車で、綴は戸担町、被害者の照井宅に到着した。



「……面倒くせえ……」


「すみません。究助さんは窃盗団事件の方で忙しくて」


「俺は忙しくないってか。まあ……用があったから、別にいいがよ……」


 紫雲は白衣を羽織る。それがなければ、とても医者とは思えないファッションだ。


 

 特能が玄関に立っている。椿の推測通り、まだ捜査を続けているようだ。


「……特能が見張ってるが、俺の後ろについて来ればお前も入れる」


「監察医の人は特能もOKにするんですね」


「そりゃあな。俺たちがいなきゃどうしようもない」


 紫雲の言う通り、特能の見張りは紫雲と綴を素通りさせる。綴の顔も知らないようだ。



 改めて見渡すと、やはり照井宅は住宅街に収まってはいるものの、内装は豪奢な味わいがある。

 廊下を抜け、奥の現場に入る。この部屋の用途は書斎のようだ。


 現場の部屋は、遺体がない以外は、当日とほとんど変化がない。



「俺は俺で検証を進める。お前は勝手にやってろ」


「は、はい」


 紫雲は鞄の中からなにか出しながら続ける。


「……それで、どこを調べるつもりなんだ」


「え?」


 勝手にやってろ、と言った側から気にかけている。


「えーっと、そうだ。紫雲さんにまず聞きたくて。被害者……照井さんの死因は本当に首吊り……つまり縊死(いし)なんですか? 絞殺などではなく?」


 縊死と絞殺の違いは専門家が見れば一目瞭然だ。首吊り偽装があるのなら違和感は明白なはず。


「間違いなく縊死だ。ちなみに、死亡推定時刻は13時3分……お前と天野が窓から覗いた時間だな」


「やっぱり、あのとき……」


 あと少し早く駆けつけていたら、助けられていたかもしれない。そう思うと悔やみきれない。


「お前が気に病む必要も、意味もない。首吊りってのは案外、すぐに意識を失って、そのまま死に至る。お前が見たときには痙攣してたんだろ。もう手遅れだったはずだ」


 なら良かった、とはならないが、いくらか気分は楽になる。


「山犬……あの嫌味メガネ。アイツは俺が検分しているとき、しきりに他殺の可能性を聞いてきやがったな。あー、思い出しただけで苛々する」


「やっぱり……」他殺の線で捜査を進めようとしているのだ。


「アイツは ()()を気にしていた。あの現場にはまだ新しい、この家の住人とは別の匂いがあると言っていた」


「山犬さんの《嗅覚》の異能力ですね」


 紫雲は折りたたみの椅子を取り出していた。


「天野さんのものではないんですね?」


「どうやら違う。しかも匂いの残滓から、まだ新しめの匂いだと分かったらしい。ちなみに、被害者に同居人や家族はいない。謎の客人がいたかもしれないんだ」


「……気になりますね」


「気になると言えば、検視の結果、照井は睡眠薬を服用していた」


「自殺に睡眠薬は付きものですけど……首吊りに睡眠薬ですか。変な取り合わせですね」


「そうだな……だが、俺に推理なんか期待するなよ。考えるのはお前の仕事だ」


「は、はい。分かりました」



 窓を調べる。綴が壊したガラスは当然そのままだ。肝心の開閉だが、やっぱり開かない。かろうじて、わずかな隙間だけ生まれる。それでも小指すら入らず、爪の先が入るくらいの隙間だ。

 錠にも特に不自然な傷などもない。


 あの日、首吊り遺体の足下にあったスツールは、部屋の片隅に追いやられていた。使用者もいなくなり、使い道のないインテリアに成り下がってしまった。


 観察していると、脚の1つに、ぐるりと糸で囲んだような、細い傷があるのを発見した。これがずっと前から付いている傷なのか判断が付かない。



「紫雲さん、当日の話なんですけど……」


 綴は窓と椅子の調査を終えて振り返る。


 折りたたみ椅子が立っていた。

 そしてその上では。



 ──紫雲が首を吊っていた。



「──っわああぁああ!?」


 衝撃的な光景を目の当たりにし、腰を抜かす。



「……なんだよ、大きな声を出すな」



「えええぇえ!?」


 紫雲は吊られたまま、回転して綴を見た。


「なんっ、なななな、なにやってんですか!?」


「検証だが?」


「どうやってるんですかそれ!?」


「ジョークグッズのロープだ。首吊っても全然苦しくない」


「ブラックなジョークすぎますって……!」


 紫雲はロープを解いて床に降りた。椅子に腰を落ち着けて、へたり込んだままの綴を見下ろした。


「……で? なにか訊きたいのか」


 まだ動悸は治まらないが、紫雲は待ってくれないだろう。



「あの……山犬さんたちは窓やドアを調べていました?」


「合鍵がないこと、ドアを閉めたとき()()があること、鍵自体は至って普通の錠であること……そういうのは調べていた」


 それを聞き、綴はドアノブを確かめた。よく顔を近づけ目を皿にして、つぶさに調べ尽くした。


 サムターン、錠のつまみを囲むような細い傷が付いている。


 おや、と綴は訝る。この傷は、スツールの脚についていた傷と似ていないだろうか。目に焼き付けてすぐ確認しに戻ると、案の定、2つの傷は似通っていた。



「……もし他殺で犯人がいるとして、この家からどう出たんだ?」


「この部屋から出た方法ははっきりしませんが、家から出るのは簡単ですよ。廊下の窓から外に出ればいいんですから。僕は特能が来る前に、廊下の窓の鍵が開いていることを確認済みです」


 密室なのは現場の部屋だけで、家自体は密室ではない。


「それもそうだな」


「いえ……もしかしたら、部屋を密室にするのも、そう難しいことじゃないかもしれません」


 ぱっと考えただけだが、古典的な方法で、この謎は解決できそうだ。


「マジかよ?」



 しかし、大きな問題は未だ解決できていない。

 仮に他殺だとすれば、犯人は被害者をロープで括った後、この家から外に出た。綴たちが窓を覗いたとき、被害者はまだ痙攣していたため……犯人は家を出たばかりということになる。近くに人の気配があっただろうか? 


 いや、綴が玄関の近くに人がいたか、と天野に訊ねると彼は、「いない」と答えた。


 天野が犯人という可能性もあり得るが、彼が犯人なら、あの場で助けを求めていたのはおかしい。犯人ならアリバイを作るため、とっくに移動しているはずだ。



「……それで、紫雲さんはなにをしてるんですか? 趣味の悪い首吊りなんて……」


「好きでやってるわけじゃねぇよ」


「好きでとは思ってないですよ……」


「お前、首吊りを目撃して、すぐにロープを解いたんだよな?」


「は、はい」


 紫雲は難しい問題を解くように眉根を寄せる。


「自分で確認してみたが、おかしいな。それにしては、うっ血があるんだよ」


「うっ血?」


 首が絞まり、血液の流れが滞っている状態ということだが、それがどうしたのだろうか。


「詳しく教えてもぴんと来ないだろうから簡単に言うと」と、助かる前置きをした。「首吊りってのは、あまりうっ血は見られない。蒼白の表情で死ぬ」


「そうなんですか? でも被害者はうっ血していると?」


「ああ。考えられる可能性は2つ。1つは首吊りじゃなかった可能性。だがお前ともう1人が首吊りの現場を見ているし、索条痕からも首吊りであることは間違いない。つまりもう1つの可能性だ。それは、ゆっくりと首が絞まっていた可能性」


「か、簡単に言われてもぴんと来ないです」


「要するに、椅子を蹴って吊られれば、一気に首が絞まってうっ血は起こらない。だが、完全に窒息せず、じわじわと首を絞められ続けていれば、顔にうっ血の色が見られるってことだ」


「被害者はじわじわ首を絞められていた……?」


 けれど首吊りなのは確かで……?


「それから、俺の持ってきた椅子だが、このスツールの高さとほぼ一致する。それで立ってみたところ、ギリギリの高さだ」


「なにがギリギリ……あっ、首にロープを括って、足が座面に届くギリギリってことですか」


「ああ……足場を蹴らなくても、これじゃ苦しかっただろうな。この部屋にもともとあった椅子だが……あれじゃ逆に、高すぎて首にロープの高さが合わない。だからスツールを別の部屋から持ってきたんだろうと推測できる」


 ギリギリの高さだった。だから、被害者はじわじわと首が絞まって、うっ血していた……?


「……被害者は睡眠薬を服用していた……」


 綴は俯き気味だった顔を上げる。


「なんか閃いたみたいだな?」紫雲は鼻で笑う。


「は、はい。でも、いったい誰が……」



 ふと、玄関の方が騒がしくなる。紫雲が顎で行って見てこいと促す。部屋から出ておそるおそる玄関に向かうと、入口を見張る特能と何者かが言い争っていた。


「どうして僕が入れないんだ!」


「あ、天野さん!」


 グロ苦手の編集者、天野春雨が現場を訪れていた。


「おお、君か!」天野は綴に気づくと手を挙げる。「まったく困ったもんだよ、せっかく僕がとっておきの情報を教えてやろうと思ったのに、取り付く島もないんだからさ」


「とっておきの情報?」


 特能を挟んで大声で会話する。


「抽斗の暗証番号だよ。その中に、照井さんのノートがあるって言っただろ?」


「予定が書いてあるって言ってた奴ですね」


「予定もだけど、もしかしたら遺書とかあるかもしれない!」


「遺書! 確かに、自殺なら遺書とかあっても不思議じゃないのか……」


「正直あの人が自殺するとはまったく思えないけど、もし本当に自殺なら、そこに秘密があると思うんだ! 大切な物はぜんぶその抽斗に仕舞うからね!」


「分かりました。こちらで調べてみます! 暗証番号を教えてください!」


「4649! ヨロシクだね!」


「絶対変えた方がいいと思います!」


 適当に合わせても開いた可能性があったな、と複雑な感想を抱く。ともあれ、メモするまでもなく記憶した綴は、部屋に戻って抽斗を開けた。


 赤い表紙のノートが一冊、抽斗に収まっていた。慎重に取り出し、1ページ目から順にめくっていく。なにかの記事の切り抜きが貼ってあったり、メモが雑然と書かれていたり、非常にジャーナリズム溢れたノートだったが、どこにも遺書らしきものはなかった。


 最新のページを開く。小さく予定が刻まれていた。


《13:00 天野春雨編集》


「事件当日、アイツと打ち合わせがあったんだったな。その予定か」紫雲が横から覗き込む。


「ネタ帳兼、予定表ってところでしょうか」


 13時に天野が訪れ、インターフォンを押しても応答がなかったため、裏に回り込んだ。そして首吊りを発見したという流れだ。


 そしてその文の上には、別の予定らしきものが書かれている。



《12:00 サザンクロス窃盗団》



「これは……?」


《そのサザンクロス、窃盗団だけど……首吊り事件とは関係ないの?》


 昨晩の椿の台詞がまざまざと蘇る。


 ──関係がある、と答えざるを得ない。


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