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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
サザンクロス参上!
12/14

インターバル

 夜になり、綴はカフェのドアに《closed》の看板をかける。究助が帰った後はバイトとして働いていた。静まりかえった店の前に1人でいると寂しさがこみ上げる。おまけのように、昼間の悔しさも一緒に混ざる。


「……はあ」


 自然とため息が漏れる。


「やっぱり、もう閉まっちゃった?」


「わあ!? ……ぃだっ!?」


 彼女はいつの間にか背後に忍び寄り、肩越しに声をかけてきた。思わず飛び退き、ドアに額をぶつけた。


「つ……椿さん!?」


「ごめん。痛かった?」悪戯っぽく口に手を当てている。「仕事で遅くなっちゃったけど、コーヒー飲みたい気分だったの。でも流石に遅すぎたか」


 椿はアイ・ノウを見上げる。電源の切れた吊り照明が風で揺れていた。


「……ぼ、僕で良ければ、コーヒー淹れますよ」


 口をついて言ってしまった。マスターのものと比べると苦い水みたいなレベルだ。言ってから、おこがましくて恥ずかしくなる。


「いいの?」


「あ、いや……すいません。僕なんかのコーヒーじゃ……」


「……ハチミツくん。なんか元気ない?」


「え?」


 確かに気持ちは暗くなっていたが、表情にまで出ていただろうか?


「……それじゃあ、お願いしようかな。それから、君の話も聞きたい」


「僕の?」


「うん。……お願い、マスターさん?」



 照明は点けない。普段は長居することのない暗闇の中で、綴はブレンドコーヒーを淹れた。バイトしながらマスターに教わった方法で、事務所でも作っていたから、慣れていた。慣れていたからといって美味しいわけでもないのだが。


 カップを持ち上げ、テーブルの方に振り返る。


「できました、椿さ……あれ?」


 いない。どこにも。

 コーヒーをカウンターに置いてから辺りを見渡す。最初から椿なんていなくて、幻覚を見ていたのかと思ったが、彼女のバッグが残っていた。



「ハチミツくん?」


「ひゃあ!?」


 また、背後から驚かされた。慌ててカウンターの方に首を回す。そこには椿がいたが、おかしい。そこはコーヒーを作っていたカウンターの内側で、人が隠れているなんてあり得ないのだ。


「ま……まさか、異能力ですか?」


 また、悪戯少女の笑みを浮かべていた。


「ハチミツくん、リアクションがいいから、つい驚かせたくなっちゃった。ありがとう。淹れてくれて」


「……勘弁してください」


「ごめん。もうしないから」


 椿は自分が座る席の、向かいの椅子を引く。言葉は続けなかったが、そこに座ってと訴えている。



「──美味しい。わたしには兄がいるんだけど。あの人にもここを教えてもいい?」


「あ、はい。もちろん! ……お兄さんいらっしゃるんですね」


「ええ。とっても優秀で、尊敬できる人……」


「……?」


 一瞬、顔が曇ったように見えた。店内が暗いせいで、機微がよく分からない。彼女はコーヒーに映る自分の顔を眺めている。


「そんなことより、君の話」


「あ、すみません……」


「なんで謝るの」


「なんか、気を遣わせてしまったかなって……」


「違う」


「え」


 椿はこっちの目を、目の奥にあるものを見つめてきた。音もなく、明かりもない店内で、彼女の瞳は光っているみたいだった。


「君がなにを悩んでいるのか……聞きたい、って言ってるんだよ」


「そんな……悩んでるって」


「ほらほら。言ってみ」


 苦笑いして誤魔化すが、椿は逃さないらしい。本音を口にするまで、いつまでも時間をかける気だ。



「……あの、前。椿さんは……僕なら正しい物を見つけられると……言ってくださいましたよね。特能に負けるな、とも。でも……さっそく、言い負かされて……」


 山犬の薄ら笑いが忘れられない。


「特能に負けるなっていうのは、口喧嘩で勝てって意味じゃないよ」


「そうですけど、改めて考えてみると僕は、未熟な探偵でしかなくて……特能に負けるななんて言われても、なにもできない無力な……」


「ちょっと。どんどん卑屈になっていってる。

 ねえ、ひとまず、ハチミツくんが遭遇した事件についてと、会った特能について話してみて」


「……い、いいんですかね」


「守秘義務とかないでしょ。誰かに依頼されたわけでもないんだし」


「じゃあ……」


 戸担町で起こった首吊り事件について語った。山犬に邪魔されたこと、ついでに、窃盗団サザンクロスのことも少しだけ。

 語り終えるまでに、椿はコーヒーを飲みきった。


「なるほど……嫌な特能だね」


「はい……」


「思ったんだけど、それ放っておくとまずいかもしれない」


「へっ? ま、まずいとは……」


「ほら。君は一度、特能に勝ったじゃない?」


「勝ったというのもアレですけど」


 成り行きで事件に遭遇し、巻き込まれて調査し、必死に頭を回しているうちに事件が解決した、という感覚だ。勝ち負けとか、それ以前の話だった。 


「それは上層部にもきっと伝わってる。だから、なにかしら成果を上げて汚名返上しようとするはず」


「はい……?」いまいち、話の着地点が見えない。


「君はこの事件を、自殺だと思ってる?」


 少し悩む。


「天野さんは被害者が自殺をするような人ではないと言っていました。僕はその人のことをよく知りませんが、天野さんの所感を尊重するなら、仮に自殺にしてもなにか裏があると考えています」


「その山犬って人も、同じ結論に至るかもしれない」


「……可能性はあります」


 至った結果、どうなるのか。疑問を抱いた特能は、この件を捜査し……。


「自殺ではなく、他殺として捜査し、前の事件のように、間違った人を犯人とするかもしれない」


「え! そ、そんな、それじゃ、また……! いやでも、正しい犯人を見つけてくれることも……」


「どうだか。わたしは疑ってるけどね」


「う……」


 不破凛子のときと同じく、冤罪が生まれる。あのときは助けられたが、またなんとかできるとは限らない。


「おまけに、山犬はハチミツくんに対して挑発した。捜査一課よりも特能が優れているってね。力を誇示するためにも、目に見えて分かりやすい成果を挙げようとするかもしれない。それが間違った犯人」


「そ、そんなの……駄目です! それだけは絶対に避けないと……!」


「じゃあ……君がするべきことは、はっきりしたんじゃない?」


「……!」


 探偵としてはやるべきことではない。警察の領分であって、一介の探偵が口を挟むものではない。


「僕は……嫌だ」


 それでも、目を背けたくない。


「……僕は、許せません。無実の人が捕まって傷つくのも、真実が歪められて事件が終わるのも。この事件が解決するまで、納得できるまで関わりたいです」


「じゃあ、どうするの?」


「僕……もう一度、現場に行ってみます! なんとか捜査に加われないか、試してみます!」


「……ふふ。ハチミツくんなら、きっとできる。きっとね」


 力の入りすぎない言葉が、自然と綴の背中を押した。


 綴は奮起する。数分前の、打ちひしがれていた自分を殴りたい。究助に連絡を取ろう。どうにかして現場で捜査をするしかない。



「あ……ハチミツくん。もう1つだけ」


「え? は、はい」


「そのサザンクロス、窃盗団だけど……首吊り事件とは関係ないの?」


 椿は首を傾げて、不穏なことを言う。


「え……た、確かにタイミングには嫌な一致があります。でも、被害者の照井明良さんとサザンクロスには関連がないです」


「関連なら、ちょっとだけある、と言ったら?」


「え?」


「サザンクロスの犯行で、セキュリティ会社の情報が盗まれたのは知ってる? 実はその後、その会社は反社と繋がりがあるって暴露された」


「そ、そうなんですか」


 サザンクロスの手によって、悪事が曝かれた?


「それを取材したのは照井さんらしいの」


「え! それじゃ、照井さんはジャーナリストとしてサザンクロスを追っていた……」


「窃盗団の逃走中、その近くで、関わりがある人物が亡くなった。少し、きな臭いと思わない?」


「……はい。調査すべきだと思います」



 事態は複雑になってきた気がする。

 しかし綴は前の事件、葉島が起こした事件を思い返す。


 どれだけ複雑になっていても、調査を続けていけば、必ず綻びは見つかるものだ。


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