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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
サザンクロス参上!
11/16

一介の探偵

挿絵(図)が載っています。

 どうして特能が来たのか。疑問に思ったが、答えは当然とも言えるものだった。


 窃盗団事件のせいで、この戸担町には刑事の一課と特能が揃っているのだ。通報を受けて、人員がいくらかこちらに割かれた。彼らが早く到着したというだけの話だ。


 

 綴は特能から簡単な事情聴取を受けた。窃盗団を追いかけていたこと、その道中で偶然、現場に立ち会ったこと。すべて正直に語った。


 外は暑いため、照井宅の中で状況を見守っていた。


「いやはや……それにしても!」


 山犬が両手を広げた。


 齢は30代後半。体格は痩身、四角い銀フレームのメガネは知的さと、底知れなさを印象付ける。暑いだろうに、小洒落たチェック柄のスーツを着込み、三日月の特能バッジと、黒いハートの異能力バッジが飾られていた。


「あなたが、かの名探偵、八見綴さんだとは! こんなところでお会いできるとは思いませんでした」


「僕のこと、知ってるんですね」


「当然! 感謝してるんですよぉ、あなたには。うちのマヌケを懲らしめてくれたでしょう? ああいうのは、一度痛い目を見ないと分からないんですよねぇ」


 妻崎のことを言っているのか。


「僕は……別に……」


「ええ、ええ! あなたは正しいことをしました! あなたのような市民がいることを嬉しく思いますよぉ」


 山犬は、きっと本心を口にしていない。綴は彼の濁った瞳を見てそう感じた。


「そ、それより、現場の状況は?」


「……おや? 何故、私があなたに教えなくてはならないのですか?」


「え……」


 唐突に、山犬は突き放すような声色に変わった。冷たい水に落とされたような気分だ。


「勘違いしてはいけませんねぇ、八見さん。いくらあなたが名・探・偵! ……だからといって、本来であればたかが一般人。事件に介入することはできないんですよぉ」


 彼は愉快そうに言う。嫌みったらしく、名探偵の部分を強調した。

 嗜虐趣味でもあるのだろうか。口元が緩んでいる。


「それは……! そう、ですけど……」


「え? 私はなにか変なことを言っていますか? 当たり前のことですよねぇ? 幸い、あなたは事件とは無関係のようです。早くお帰りいただけるとありがたいのですがねぇ……」


 なにも言い返せない。彼の言うことは正しかった。一般人である綴に、これ以上関わることはできない。


「……」


「あなたの懸念も分かります。あのマヌケ、妻崎の捜査を思い出して、案じているのでしょう? 安心してください。私の異能力は現場の捜査をするためにあるようなもの」


「……そうなんですか?」


 山犬は自分の鼻を指差した。


「私の能力は、警察犬をもしのぐ《嗅覚》! いかがですか? こんな素晴らしい能力を持っているのです。愚鈍な一課の連中にも任せませんよぉ」


「一課に……任せない?」


 どうやら到着しているのは皆、特能らしく、一課は遅れているようだ。窃盗団にかかりきりなのだろうか?


「ええ! 考えてみてください。特能には私のような優れた異能力者が数多くいる。我々ならたとえ異能力犯罪でなくとも解決できる! 特能の力さえあれば、なんの力も持たない連中などいらないのです!」


「それは……それは違います! 特能だけじゃ解決できない事件だってあるはずです!」


 山犬は一瞬、苛立ったように瞼をひくつかせた。

 それは当然かもしれない。今の発言は、特能を過小評価していると捉えられかねない。しかし、訂正する気はなかった。究助たちが必要ないなど、特能だけでいいなど、そんなはずがないからだ。


「……この程度の事件、我々が解決して見せましょう。いずれは、犯罪のすべてを特能が関わることになるでしょうからねぇ。そのための足がかりにしますよ」


「……犯罪のすべてなんて……事件はもっと、多角的に見るべきだと思います」


「ふん、八見さん。あなたの言い分は極めてどうでもいいものですが、せっかくです。考えを改める機会を与えましょう。私が、この事件を解決へ導きます。ふふふ……ご安心ください。我々の力は素晴らしい。力を持たない凡夫とは格が違う」


「僕は……」


 なにか言い返したくても、空気が漏れる風船のように、意味のない音しか発せない。


「……まあ、あなたには関係ないことです。あなたはここでさようならだ。役立たずどもと一緒に、指を咥えて見ていなさい。おっと、見ていることすらできないですね……」


「……」


「お引き取りください。名探偵さん。ここにあなたの居場所はない」


 山犬の声が鈍く響く。口を開けるが、必死に声を出そうとすればするほど、喉が締まっていく。

 綴は山犬を前に、無力な少年でしかなかった。


  ***


「暑ぃよ、お前の事務所……」


 八見探偵事務所で、綴と究助は同じテーブルで向かい合った。


「すみません、エアコンないんで……」


「貧乏ってのは辛いな。ってか、前の所長の借金、別にハチミツに返済義務はないだろ。ただのバイトで保証人になったわけでもないんだし。探偵事務所なんて続けなくてもいいんだぜ? それに、100%あっちがおかしいんだから、俺らだって対応できるぜ」


「ですけど……あの怖い人たち、全然姿を見せないんですよ。だからどうしたものかって感じで」


「あぁ、実際に現れねぇのか。それは厄介だな」


「探偵の仕事もそれほど苦痛ではないので、今のところは続けてもいいかなって」


 速記の能力は、探偵の職ではなにかと便利に働く。ボイスレコーダーで代用可能だが、稀に怪しまれることがある。一方でメモ帳とペンを忍ばせていても怪しまれることはない。まさか、目の前の人間が、会話をすべてメモしているとはまず思われない。


「未成年だと出来ることも限られるだろ。ラブホの張り込みとか、やれんの?」


「張り込むだけなら大丈夫ですよ。それに僕、こう見えても19歳なので、入れますし」


「見た目は18未満だけどな」


「はは……」苦笑いしか出ない。コンプレックスを、この人は。

 


 究助は微妙な顔でため息を吐く。そしてパタパタとファイルで顔を仰いでから、本題に入った。


「ハチミツ……良いニュースと悪いニュース、どっち聞きたい」


「それ……本当に言う人いるんですね……。悪いニュースからでお願いします」


「俺が追ってたサザンクロスだが、逃がした」


「そうですかぁ……」


 それは、追走から帰ってきた彼の表情から察することができた。彼の口癖を借りるなら、究極的に落胆していた。


「だが、完全に悪いニュースでもねぇ。奴に()()()ことはできた」


「え! 凄いじゃないですか」


「だいぶ距離を離されてたと思ったんだけどな。高校時代に陸上やってて良かったぜ。まあ、捕まえられたら一番良かったんだが」


 究助は鼻を鳴らす。


「あの野郎、舐めやがって、時々立ち止まって挑発してやがった。まあ、そのおかげでって部分もあるんだがな。あと一歩で押さえ込めたんだが、逃げられた……ああ、そのとき、なにか落としたから拾っておいたぜ」


「落とし物ですか?」


「トランプのカードだよ。聞いただろ? 奴らは犯行を終えた場所にトランプのジョーカーを置いていく。だからそれを持ち歩いてるんだろうな……声明のつもりか知らねぇが。そいつを落としていきやがった。ざまあみろってんだ」


「それは今どこに? 指紋とか、採取できないですかね?」


「署の方にある。まあ、手袋してたしな。指紋は期待できねぇ。っつーか、別にいらねぇんだよ」


「いらない?」


「奴ら、実行犯の3人の身元は、とっくに割れてるからだ」


「えっ!」


「そもそもなんで実行犯が異能力者だって分かってると思う? それは、奴らが堂々と異能力を使って犯行を行っているからだ。コソコソしてねぇ」


「彼らの異能力が分かってるんですね」


「そう。そんで、俺が前に電話かけた場所、異能力の情報を扱う機関に問い合わせれば、《異能力》と《能力者》をデータベースで照合して、個人情報の特定ができるんだよ」


「なるほど。個人情報の特定がすでにできている、だから身元が割れている」


「それでも捕まえられねぇってのが究極的に厄介なんだけどな」


「うーん……彼らはどこに住んでいるんですか?」


「奴らは特定の住居を持たない。あちこちにアジトを作っていて、俺たちはすべてを把握できていない。加えて、非異能力者のメンバーの存在だ。たとえば食料調達には、顔の割れてないメンバーを使ってる。だから隠れ潜んだまま過ごしていられる。コソコソしてねぇのは、あくまで犯行のときだけだ」


「だから指紋も意味が無い、と。えっと、つまり……」


「トランプ1枚じゃ、なんの意味もねぇってことだよ!」


 なるほど、悪いニュースだ。究助の全力疾走も、落とし物という幸運も、なんの意味もない結果になった。それは嘆きたくもなるだろう。


「あーでも、あのトランプ、なぜか()()()……」


「え?」


 究助はかぶりを振って鼻で笑った。


「なんでもねぇ。どうでもいいことだぜ……。

 でもな、とびきりの良いニュースがある!」


 そう言って、究助は表情を綻ばせた。


「下っ端らしきメンバーを街中で発見した!」


「本当ですか!」


「別の町で、普通にサザンクロスの話をしてた奴がいたらしいんだよ。それで近くにいた警官が盗み聞きしてみると、どうも怪しい。職質かけてみた結果、ビンゴ。メンバーだったってわけ。だが逮捕はしてない。泳がせて、アジトの場所を探り出そうって計画だ」


「凄い! 大きな進展じゃないですか! 

 ……でもなんか、迂闊ですね。その下っ端が、というのもそうですが、そんな人を街中に歩かせるなんて。統制が取れてないっていうか」


「最近、メンバー追加でもしたのかもな。慣れてねぇ新米って感じの迂闊さだ。 

 だが、確かに引っかかるよな。盗みの頻度を増やしたり、アホな新入り増やしたり。サザンクロスの規模を拡大しようとしてるのかもしれねぇが、結果的に雑になってるっつーか……」


「……焦ってる?」


「……そんな感じだよな」


 ともかく、メンバーを発見できたのは大きい。窃盗団の大量検挙に大きく近づいたはずだ。



「……うぅ。究助さんは成果を上げた……けど僕は……」


 山犬の冷たい目が、皮肉が頭から離れない。肩や背中が重い。


「フリージャーナリストの首吊りがあったんだよな? そんで、特能が担当し始めたと」


「は、はい……どうにも反論できず……」


「参ったな……今回は妻崎みたいなザコじゃねぇ。山犬(やまいぬ)一紀(かずき)警部補。悪名高い男だ」


「悪名?」


 実際に会話したからこそ分かるが、悪名が轟いていても不思議ではない。


「究極的に嫌みったらしい、悪徳警官だ。究極陰湿メガネって渾名だぜ」


「その渾名、命名は究助さんですよね……?」


「あんま気ぃ落とすな。これに関しては、事故に遭ったみたいなもんで、しゃあねぇよ。俺の方でも協力してやりてぇが、サザンクロスの件で手が回らねぇんだよな……」


「そうですよね……」


《特能の力さえあれば、なんの力も持たない連中などいらないのです!》


 山犬の言葉だ。そんなの、絶対に間違っている。究助たちは頼りになるし、結果も出している。だからサザンクロスの逮捕まで近づけたのだ。


 言い返したかった。

 酷く惨めで、悔しい。


「……まあ、今日は休め。引っ張り出しちまって悪かったな」


 究助はそう言って、帰り際にプリントされた写真を手渡した。 


「これは?」


「俺が奴を追ってたとき、警察のヘリが飛んでただろ? 映像も撮ってたんだ。メッチャ簡単なあの辺の地図と、俺が追いかけてた奴の、逃走ルートだ。一応、お前にも渡しておこうと思って」


「この星と黒い円はなんですか?」


「円の方は俺が奴と接触した場所だ。星はついでだから書き込んどいた。被害者、照井の家だ。あそこもばっちり映像に残ったぜ」


 綴は礼を言って受け取る。しばらく地図を眺めていた。


挿絵(By みてみん)



良ければブクマ等、お願いします。

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