一介の探偵
挿絵(図)が載っています。
どうして特能が来たのか。疑問に思ったが、答えは当然とも言えるものだった。
窃盗団事件のせいで、この戸担町には刑事の一課と特能が揃っているのだ。通報を受けて、人員がいくらかこちらに割かれた。彼らが早く到着したというだけの話だ。
綴は特能から簡単な事情聴取を受けた。窃盗団を追いかけていたこと、その道中で偶然、現場に立ち会ったこと。すべて正直に語った。
外は暑いため、照井宅の中で状況を見守っていた。
「いやはや……それにしても!」
山犬が両手を広げた。
齢は30代後半。体格は痩身、四角い銀フレームのメガネは知的さと、底知れなさを印象付ける。暑いだろうに、小洒落たチェック柄のスーツを着込み、三日月の特能バッジと、黒いハートの異能力バッジが飾られていた。
「あなたが、かの名探偵、八見綴さんだとは! こんなところでお会いできるとは思いませんでした」
「僕のこと、知ってるんですね」
「当然! 感謝してるんですよぉ、あなたには。うちのマヌケを懲らしめてくれたでしょう? ああいうのは、一度痛い目を見ないと分からないんですよねぇ」
妻崎のことを言っているのか。
「僕は……別に……」
「ええ、ええ! あなたは正しいことをしました! あなたのような市民がいることを嬉しく思いますよぉ」
山犬は、きっと本心を口にしていない。綴は彼の濁った瞳を見てそう感じた。
「そ、それより、現場の状況は?」
「……おや? 何故、私があなたに教えなくてはならないのですか?」
「え……」
唐突に、山犬は突き放すような声色に変わった。冷たい水に落とされたような気分だ。
「勘違いしてはいけませんねぇ、八見さん。いくらあなたが名・探・偵! ……だからといって、本来であればたかが一般人。事件に介入することはできないんですよぉ」
彼は愉快そうに言う。嫌みったらしく、名探偵の部分を強調した。
嗜虐趣味でもあるのだろうか。口元が緩んでいる。
「それは……! そう、ですけど……」
「え? 私はなにか変なことを言っていますか? 当たり前のことですよねぇ? 幸い、あなたは事件とは無関係のようです。早くお帰りいただけるとありがたいのですがねぇ……」
なにも言い返せない。彼の言うことは正しかった。一般人である綴に、これ以上関わることはできない。
「……」
「あなたの懸念も分かります。あのマヌケ、妻崎の捜査を思い出して、案じているのでしょう? 安心してください。私の異能力は現場の捜査をするためにあるようなもの」
「……そうなんですか?」
山犬は自分の鼻を指差した。
「私の能力は、警察犬をもしのぐ《嗅覚》! いかがですか? こんな素晴らしい能力を持っているのです。愚鈍な一課の連中にも任せませんよぉ」
「一課に……任せない?」
どうやら到着しているのは皆、特能らしく、一課は遅れているようだ。窃盗団にかかりきりなのだろうか?
「ええ! 考えてみてください。特能には私のような優れた異能力者が数多くいる。我々ならたとえ異能力犯罪でなくとも解決できる! 特能の力さえあれば、なんの力も持たない連中などいらないのです!」
「それは……それは違います! 特能だけじゃ解決できない事件だってあるはずです!」
山犬は一瞬、苛立ったように瞼をひくつかせた。
それは当然かもしれない。今の発言は、特能を過小評価していると捉えられかねない。しかし、訂正する気はなかった。究助たちが必要ないなど、特能だけでいいなど、そんなはずがないからだ。
「……この程度の事件、我々が解決して見せましょう。いずれは、犯罪のすべてを特能が関わることになるでしょうからねぇ。そのための足がかりにしますよ」
「……犯罪のすべてなんて……事件はもっと、多角的に見るべきだと思います」
「ふん、八見さん。あなたの言い分は極めてどうでもいいものですが、せっかくです。考えを改める機会を与えましょう。私が、この事件を解決へ導きます。ふふふ……ご安心ください。我々の力は素晴らしい。力を持たない凡夫とは格が違う」
「僕は……」
なにか言い返したくても、空気が漏れる風船のように、意味のない音しか発せない。
「……まあ、あなたには関係ないことです。あなたはここでさようならだ。役立たずどもと一緒に、指を咥えて見ていなさい。おっと、見ていることすらできないですね……」
「……」
「お引き取りください。名探偵さん。ここにあなたの居場所はない」
山犬の声が鈍く響く。口を開けるが、必死に声を出そうとすればするほど、喉が締まっていく。
綴は山犬を前に、無力な少年でしかなかった。
***
「暑ぃよ、お前の事務所……」
八見探偵事務所で、綴と究助は同じテーブルで向かい合った。
「すみません、エアコンないんで……」
「貧乏ってのは辛いな。ってか、前の所長の借金、別にハチミツに返済義務はないだろ。ただのバイトで保証人になったわけでもないんだし。探偵事務所なんて続けなくてもいいんだぜ? それに、100%あっちがおかしいんだから、俺らだって対応できるぜ」
「ですけど……あの怖い人たち、全然姿を見せないんですよ。だからどうしたものかって感じで」
「あぁ、実際に現れねぇのか。それは厄介だな」
「探偵の仕事もそれほど苦痛ではないので、今のところは続けてもいいかなって」
速記の能力は、探偵の職ではなにかと便利に働く。ボイスレコーダーで代用可能だが、稀に怪しまれることがある。一方でメモ帳とペンを忍ばせていても怪しまれることはない。まさか、目の前の人間が、会話をすべてメモしているとはまず思われない。
「未成年だと出来ることも限られるだろ。ラブホの張り込みとか、やれんの?」
「張り込むだけなら大丈夫ですよ。それに僕、こう見えても19歳なので、入れますし」
「見た目は18未満だけどな」
「はは……」苦笑いしか出ない。コンプレックスを、この人は。
究助は微妙な顔でため息を吐く。そしてパタパタとファイルで顔を仰いでから、本題に入った。
「ハチミツ……良いニュースと悪いニュース、どっち聞きたい」
「それ……本当に言う人いるんですね……。悪いニュースからでお願いします」
「俺が追ってたサザンクロスだが、逃がした」
「そうですかぁ……」
それは、追走から帰ってきた彼の表情から察することができた。彼の口癖を借りるなら、究極的に落胆していた。
「だが、完全に悪いニュースでもねぇ。奴に触れることはできた」
「え! 凄いじゃないですか」
「だいぶ距離を離されてたと思ったんだけどな。高校時代に陸上やってて良かったぜ。まあ、捕まえられたら一番良かったんだが」
究助は鼻を鳴らす。
「あの野郎、舐めやがって、時々立ち止まって挑発してやがった。まあ、そのおかげでって部分もあるんだがな。あと一歩で押さえ込めたんだが、逃げられた……ああ、そのとき、なにか落としたから拾っておいたぜ」
「落とし物ですか?」
「トランプのカードだよ。聞いただろ? 奴らは犯行を終えた場所にトランプのジョーカーを置いていく。だからそれを持ち歩いてるんだろうな……声明のつもりか知らねぇが。そいつを落としていきやがった。ざまあみろってんだ」
「それは今どこに? 指紋とか、採取できないですかね?」
「署の方にある。まあ、手袋してたしな。指紋は期待できねぇ。っつーか、別にいらねぇんだよ」
「いらない?」
「奴ら、実行犯の3人の身元は、とっくに割れてるからだ」
「えっ!」
「そもそもなんで実行犯が異能力者だって分かってると思う? それは、奴らが堂々と異能力を使って犯行を行っているからだ。コソコソしてねぇ」
「彼らの異能力が分かってるんですね」
「そう。そんで、俺が前に電話かけた場所、異能力の情報を扱う機関に問い合わせれば、《異能力》と《能力者》をデータベースで照合して、個人情報の特定ができるんだよ」
「なるほど。個人情報の特定がすでにできている、だから身元が割れている」
「それでも捕まえられねぇってのが究極的に厄介なんだけどな」
「うーん……彼らはどこに住んでいるんですか?」
「奴らは特定の住居を持たない。あちこちにアジトを作っていて、俺たちはすべてを把握できていない。加えて、非異能力者のメンバーの存在だ。たとえば食料調達には、顔の割れてないメンバーを使ってる。だから隠れ潜んだまま過ごしていられる。コソコソしてねぇのは、あくまで犯行のときだけだ」
「だから指紋も意味が無い、と。えっと、つまり……」
「トランプ1枚じゃ、なんの意味もねぇってことだよ!」
なるほど、悪いニュースだ。究助の全力疾走も、落とし物という幸運も、なんの意味もない結果になった。それは嘆きたくもなるだろう。
「あーでも、あのトランプ、なぜか中央に……」
「え?」
究助はかぶりを振って鼻で笑った。
「なんでもねぇ。どうでもいいことだぜ……。
でもな、とびきりの良いニュースがある!」
そう言って、究助は表情を綻ばせた。
「下っ端らしきメンバーを街中で発見した!」
「本当ですか!」
「別の町で、普通にサザンクロスの話をしてた奴がいたらしいんだよ。それで近くにいた警官が盗み聞きしてみると、どうも怪しい。職質かけてみた結果、ビンゴ。メンバーだったってわけ。だが逮捕はしてない。泳がせて、アジトの場所を探り出そうって計画だ」
「凄い! 大きな進展じゃないですか!
……でもなんか、迂闊ですね。その下っ端が、というのもそうですが、そんな人を街中に歩かせるなんて。統制が取れてないっていうか」
「最近、メンバー追加でもしたのかもな。慣れてねぇ新米って感じの迂闊さだ。
だが、確かに引っかかるよな。盗みの頻度を増やしたり、アホな新入り増やしたり。サザンクロスの規模を拡大しようとしてるのかもしれねぇが、結果的に雑になってるっつーか……」
「……焦ってる?」
「……そんな感じだよな」
ともかく、メンバーを発見できたのは大きい。窃盗団の大量検挙に大きく近づいたはずだ。
「……うぅ。究助さんは成果を上げた……けど僕は……」
山犬の冷たい目が、皮肉が頭から離れない。肩や背中が重い。
「フリージャーナリストの首吊りがあったんだよな? そんで、特能が担当し始めたと」
「は、はい……どうにも反論できず……」
「参ったな……今回は妻崎みたいなザコじゃねぇ。山犬一紀警部補。悪名高い男だ」
「悪名?」
実際に会話したからこそ分かるが、悪名が轟いていても不思議ではない。
「究極的に嫌みったらしい、悪徳警官だ。究極陰湿メガネって渾名だぜ」
「その渾名、命名は究助さんですよね……?」
「あんま気ぃ落とすな。これに関しては、事故に遭ったみたいなもんで、しゃあねぇよ。俺の方でも協力してやりてぇが、サザンクロスの件で手が回らねぇんだよな……」
「そうですよね……」
《特能の力さえあれば、なんの力も持たない連中などいらないのです!》
山犬の言葉だ。そんなの、絶対に間違っている。究助たちは頼りになるし、結果も出している。だからサザンクロスの逮捕まで近づけたのだ。
言い返したかった。
酷く惨めで、悔しい。
「……まあ、今日は休め。引っ張り出しちまって悪かったな」
究助はそう言って、帰り際にプリントされた写真を手渡した。
「これは?」
「俺が奴を追ってたとき、警察のヘリが飛んでただろ? 映像も撮ってたんだ。メッチャ簡単なあの辺の地図と、俺が追いかけてた奴の、逃走ルートだ。一応、お前にも渡しておこうと思って」
「この星と黒い円はなんですか?」
「円の方は俺が奴と接触した場所だ。星はついでだから書き込んどいた。被害者、照井の家だ。あそこもばっちり映像に残ったぜ」
綴は礼を言って受け取る。しばらく地図を眺めていた。
良ければブクマ等、お願いします。




