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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
異能力犯罪
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速記

 見上げれば、空は眠くなるような青色をしていた。絵の具が剥げた跡のように雲が浮かんでいる。長閑だ。地平線まで伸びる青は、まるで未来まで続く平和を象徴しているかのようだった。


 しかし、地上では、平和とは正反対の様相が広がっていた。


「──だったら……答えてみろ! 探偵ぃ!」


 歯をむき出しにして、男はいきり立つ。


 胸には2つのバッジが輝いている。

 三日月の意匠があしらわれたバッジと、黒色のハートマークの缶バッジだ。


 三日月のバッジに手を当て、男は吠えた。


「この俺たちに……《特能》に楯突こうってんなら、言ってみろよッ!」



 ──探偵と呼ばれた彼は、両手にメモ帳とボールペンを持って佇んでいた。

 男の怒声に身をすくませ、両手両足はかすかに震えているし、呼吸も荒かった。彼を見る周囲の目は、剣を突きつけられた鼠を見るようだった。愚かで、哀れな。


 それでも、鼠の目は死んでいない。

 相手をしっかり見据え、力強い光を湛えていた。


 黒いハートマークのバッジは、探偵の胸にも付けられている。

 そのバッジが意味するのは、《異能》の証。普通とは異なる力を持つ、人間の証明だ。



「誰が、この! 《異能力犯罪》を起こしたってんだよ!?」


 探偵は呼吸を整え、言った。


「……分かりました」


「あ!?」


「答えますよ。犯人は──」



 事の始まりは、3時間前に遡る。


   ***


(つづる)! ブレンド、ほら。出してこい」


「あ、はい。マスター」


 トレイを持ち上げると、コーヒーの匂いも宙に弾む。

 カフェ『アイ・ノウ』では4、5人の客が各々の時間を楽しんでいる。店内の雰囲気はレトロ。マスターが「それっぽい」という理由だけで選んだジャズミュージックが、それなりに調和して流れている。


 カフェのバイト、八見(はちみ)(つづる)はよどみない足取りで、客の1人にコーヒーを届けた。コトンとカップを置き顔を上げると、客の女性が自分を観察していることに気づく。


「あなたのそのバッジ……」


「えっ?」


 女性は座っていても分かる長身で、ブラックコーヒーのように黒いスーツを着こなしていた。女性は静かな声と、白く滑らかな指で綴の胸にあるものを示した。


「黒いハートマーク。あなた、《異能力者(いのうりょくしゃ)》なんだ」


「あ……は、はい」


 思わず背筋が伸びる。同時にヒヤリとする。


 これまでの経験上、碌なことにならない展開だ。異能力者だ、と露呈して、まず良い顔はされないし、酷いときは陰口を言われる。普通とは違う、怖い、等々。

 この社会において、どうしようもなく厚い壁であり、目を逸らすことのできない歪みだ。


 女性は綴の顔を見て、柔らかく微笑むと「大丈夫」と言った。


「わたしも、そうだから」


 彼女は腰元に留めてある、同じバッジを見せた。


「あっ……あなたも……ですか?」


 彼女はカップに手を当てて、温度を確認する。


「驚くようなことじゃない。現代の日本では、1000人に1人が異能力者。多くはないけど、極めて少ないわけでもない」


「確かに……テレビでもよく見ますよね。異能力者タレントとか、流行りですし」


 異能力者と呼ばれる人類が、この世界で初めて認識された日よりすでに200年が経った。もっとも、異能力者という名で呼ばれ始めたのは、そこからさらに100年以上経ってからだ。


 手から炎を出す。空を翼もないのに飛ぶ。髪の毛が針のように変化する。身体が鉛のようになる。

 超自然的で人智を越えた体質を持つ彼らを、遠ざける人々は多い。時の流れの中で、《異能力者》と《非異能力者》の社会的な距離は遠ざかったり、近づいたり。紆余曲折ありながら、なんとか共存してきたといっていい。


 それでもまだ、異能力者への風当たりは厳しい。



「……このお店が、異能力者お断りじゃなくて良かった」


「あはは……そういうお店、多いですからね……」


「ね。あなたの名前は?」


「え、えーっと、八見、綴です……」


「へぇ……ハチミツくんね」


「は……! ハチミツ……」


 綴は自分の頬が熱くなるのを感じた。渾名なんて、慣れていない。


「わたしは椿(つばき)。単なる興味なんだけど……あなたの能力は、どんなのか教えてもらってもいい?」


「あぁ……その、つまらないものですよ。普通の人とあんまり違いがなくて──」



 綴の言葉は、机を叩く音でかき消された。瞬間、穏やかだった店内が一変する。椿の近くにいた客が荒々しい声をあげる。


「店員さぁん! 注文追加いっすかぁ!?」


「あ……はい! かしこまりました……」


 綴は注文票を手に急ぐ。


「伺いま──」


「このカフェインレスコーヒーホットとぉ、カルボナーラといちごパフェお願いしますぅ!」


 客の男は早口でまくし立てる。


「え、えっと、その」


「あ、やっぱカルボナーラじゃなくてこっちのカツサンドにしようかなぁでもこっちのミートソーススパゲッティもいいっすかねぇ? ああカフェインレスはやっぱアイスで、氷は少ししか入れないでくれよ! あとなんか甘いもんなんだけどパフェの他になんか、そういう感じのものありますぅ?」


 よく噛まずに言えたな、と綴は関係ないことを思った。客の顔に貼り付いた嘲笑を見れば明白だ。男の目的は、穏当な注文などではなく、店員を困らせて溜飲を下げようとすること。


「ちょっと……」


 椿は苛立って立ち上がりかける。


「……あっ! あ、だ、大丈夫です椿さ──」


「お前、異能力者なんだろ?」会話は聞かれていたらしい。「だったらこんくらいの注文、簡単に処理できんだろ! 俺たちみたいな、普通な人間とは違うんだからよ!」


「あ、いや、その」


「おら早くしろよ! もう1回は言わねぇぞ!」


「ねえ、いい加減にしなよ。そんな早口で、できるわけないでしょ……」


 椿は怒りを滲ませた声色で男を咎める。



「──バツです」


 綴は誰にも聞こえないくらいの声量で言う。その手に握られたペンをくるりと回し、2人の争いを止めた。


「大丈夫です。もう……()()()()()から」


「……あ? 書き……?」


「繰り返します。カフェインレスのアイス、氷は少なめで。それといちごパフェですね」


 それから困ったように眉尻を下げつつ、微笑みながら続けた。


「カルボナーラもカツサンドもミートソースも……どれもオススメですよ。マスターの料理はぜんぶ美味しいですから。甘いものは……ホットケーキとかいかがでしょうか」


「あ、ああ……?」


 男は困惑する。出来るわけないと侮り、仕掛けた嫌がらせが、なんの意味もなくなった。


「え……ハチミツくん……」椿も驚きを隠せていない。


「ハチミツって呼び方、固定ですか?」


「ちょっとそれ、見せて……」


 注文票には最初から最後まで、まるで印刷機から出力されたかのように男の注文が書き記されていた。それも丁寧な字で。


「全部……書いたの?」


「僕は本当に、大それた異能力なんて持ってないんです。人よりほんの少しだけ、《文字が速く書ける》。ただ、それだけなんです」


 綴はペンを掲げる。椿も男も、こっそりと成り行きを眺めていた他の客たちも全員、その手を見つめる。



「それだけなんですけど……こういうトラブルは、ちょっとだけ得意だったりします」




 八見綴、異能力は《速記》。

 カフェ、アイ・ノウにてバイト中。



 本業──()()



「ハチミツで思い出したんですけど、当店、ハニートーストもオススメですよ」



連載始めました。よろしくお願いします。

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