運命の台本を破り捨てる聖騎士
「――アルス。悪いが、パーティを抜けてくれないか」
王都へ続く街道の途中、勇者レオンが冷たい声でそう言った。 夕日に照らされた横顔に、かつての仲間への情は一切ない。
「君の防御力は確かに高い。だが、それだけだ。地味で、華がない。俺たちの伝説には不要なんだよ」
魔導士の少女と聖女が、背後から無言でこちらを見る。 三年に及ぶ旅の結末が、これか。
俺が口を開こうとした、その瞬間だった。
『――聖騎士アルス。ここで彼は仲間に裏切られ、絶望のうちにその生涯を閉じることになる』
(……は?)
頭の中に、感情のない女の声が響いた。 周囲を見渡すが、そんな声の主はどこにもいない。
(……おい、今なんて言った? 俺が死ぬ?)
『彼は絶望し、震える声で復讐を誓う。しかしその言葉が届くことはなく、一分後、背後から現れた空腹のデスワームに、頭から無残に噛み砕かれるのだ。合掌』
「勝手に拝むな。あと噛み砕かれるとか怖すぎるだろ」 「……あ? 何をブツブツ言ってるんだ、アルス」
不審げに眉をひそめるレオン。どうやらこの実況は、俺にしか聞こえていないらしい。
『……? 絶望して膝をつくはずのアルスが、なぜか冷静にツッコミを入れた。物語の進行にわずかなノイズが発生。しかし、運命は変わらない。デスワーム出現まで、あと三十秒』
レオンは俺の沈黙を「ショックで言葉が出ない」と受け取ったらしい。彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、さらに追い打ちをかける。
「これまでの功績を免じて、この『なまくら刀』だけはやるよ。せいぜい野垂れ死ぬまで、必死に足掻いてみるんだな!」
足元に放り投げられた、錆びついた鉄の剣。それと同時に、ナレーションの声がカウントダウンを始めた。
『十、九、八……死への秒読みが始まる。アルスは地面に這いつくばり、去りゆく勇者の背中に向かって情けなく命乞いをするだろう。ああ、無残。実に見苦しい最期である』
「おい、ナレーション」
俺は腰の聖騎士剣を引き抜き、背後――ナレーションが予告した「出現地点」を真っ向から見据えた。
「その実況、俺が勝手に書き換えても文句言うなよ?」
『三、二、一――デスワーム出現。……えっ?』
ドォォォォォン!!
爆音とともに地面が爆ぜ、巨大な多脚の魔物が姿を現した。ナレーションの予告通り、それは俺の「いた」場所を正確に食い破った――はずだった。
――ガァァァァァン!!
凄まじい顎の噛み合わせ音が響く。だが、そこに俺の体はない。 ナレーションが「噛み砕かれる」と予言したコンマ一秒前、俺は真横に跳んでいた。
『な……っ!? 死の運命を回避。聖騎士アルス、あろうことかナレーションを無視して生存。物語の整合性に致命的なエラーが発生中』
「エラーとか言うなよ。生きてるだけで丸儲けだろ」
俺は着地と同時に、勇者から投げ捨てられた『なまくら刀』を拾い上げ、代わりに自分の『聖騎士の盾』をデスワームの口内へ放り込んだ。
『アルス、混乱のあまり防具を放棄。これでは次の攻撃で――あ、あれ?』
デスワームが、俺の盾を噛んだまま悶絶し始めた。俺の盾には「反射」の常時発動スキルがかかっている。自分の噛む力が強ければ強いほど、そいつの牙は粉々に砕け散る仕組みだ。
「ナレーションさん、実況が遅れてるぞ」
『……ッ! デスワーム、自らの剛力により自壊! アルス、この隙に逃亡……ではなく、突撃!? 正気か!? 武器は錆びた鉄くずだぞ!』
「鉄くずじゃない。これは『運命をブチ壊す棒』だ」
俺はデスワームの眉間に向かって、なまくら刀を突き立てた。 普通なら弾かれる。だが、ナレーションがさっき言った言葉が「確定した事実」として世界に干渉している。
(――「物語の整合性に致命的なエラーが発生中」だったな?)
エラーが起きている場所は、世界の法則がガタガタだ。本来なら折れるはずの錆びた剣が、バターを焼いたナイフで切るように、デスワームの硬質な外殻を易々と貫いた。
『――クリティカルヒット。デスワーム、即死。……そんなバカな。計算が合わない。予定では、ここはアルスの墓標になるはずの場所なのに!』
巨体が崩れ落ち、噴き出した体液が街道を汚す。 静寂。呆然と立ち尽くす勇者レオンたちが、目を見開いてこちらを見ていた。
「……おい、アルス。お前、今何をした……? デスワームを、そんな鉄くずで一撃……?」
レオンの顔から余裕が消え、不気味なものを見るような色に変わる。俺は彼を一瞥もせず、空中に向かってニヤリと笑ってみせた。
『アルス、生存。生存……生存……。……チッ。予定を大幅に変更します。聖騎士アルス、運命の脱落者として再定義。これより彼は、台本にない「未知のハッピーエンド」へ向かって爆走を開始する模様です……。……フン、お手並み拝見ね』
「お、ナレーションが投げやりになった。……おいレオン、何か言ったか?」
「な、……なめるなよ! たまたま運が良かっただけだ! 行くぞお前ら! こんな奴、放っておけばどうせすぐ死ぬ!」
レオンは吐き捨てるように言い残し、逃げるように走り去っていった。彼らには見えていないだろう。レオンの後ろ姿に、赤い文字の【死亡フラグ:食中毒により魔王軍に捕縛されるまで、あと3時間】というナレーションの「補足注釈」が浮かび上がっているのを。
「さて、俺は俺で、死ぬはずだった聖女様でも助けに行きますかね」
『……何でそれを知ってるのよ。まだ解説してないでしょ、そのフラグ』
「勘だよ。……嘘。あんたの台本が透けて見えるんだわ」
俺はナレーションと会話しながら、勇者とは真逆の方向へ歩き出した。
『……理解不能。本来、物語は“予定された結末”へ収束する。それが世界の安定条件のはずだった』
声が、わずかに揺れる。
『だが――』
ナレーションは、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
『……彼は、生き延びた。ただ、それだけの事実が、この物語を壊してしまった』
沈黙。
『――記録終了。本作は、ここで「物語」としての役割を終える』
その声を最後に、頭の中からナレーションは完全に消えた。
街道に残るのは、死ぬはずだった聖騎士と、噛み砕かれた“運命の台本”だけだった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
運命の実況を無視して突き進む主人公、書いていて楽しかったです。
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