第九章 王都の大配達
クロダという名前を聞いてから、誠司の心は落ち着かなかった。
もし本当に黒田が転生しているなら——なぜ魔王軍にいるのか。なぜ届け物を奪う側に回っているのか。考えても答えは出ない。
だが、今は考えている暇がなかった。
「緊急依頼だ」
ガルドが会議室に集まった全員に告げた。
「王宮から、直接の依頼が来た」
「王宮から?」
「ああ。明日、王都で大きな祭典が開かれる。そのために、王都全域に届け物を配達してほしいという依頼だ」
ガルドは地図を広げた。
「届け物の数は——三百以上。届け先は王都の隅々まで。期限は明日の日没まで」
「三百……」
セレナが息を呑んだ。
「それを、一日で?」
「そうだ。これは、ギルドの存続をかけた大口依頼だ。成功すれば、王宮からの信頼を得られる。失敗すれば——」
「ギルドは終わりね」
セレナが厳しい表情で言った。
「三百の届け物を、十五人で一日。単純計算で、一人二十個。だが、王都は広い。道も複雑。一日で回り切れるか分からない」
「回り切る」
誠司が言った。
「俺に考えがある」
その夜、誠司は倉庫で作業を続けた。
三百以上の届け物を、一つずつ確認する。宛先、サイズ、重量、時間指定。すべての情報をメモに取りながら、頭の中で配達計画を構築していく。
「誠司さん、まだ起きてたんですか」
リナが倉庫に入ってきた。
「ああ。計画を立てている」
「一人で全部やるんですか?」
「そうしないと、間に合わない」
誠司は地図を広げた。
「王都は大きく分けて八つのエリアに分かれている。それぞれに、二人ずつ配達員を割り当てる。残りの配達員は予備として、問題が起きた時にサポートに回る」
「エリア分割……」
「さらに、各エリアの中で、最適なルートを構築する。時間指定の届け物を優先し、その合間に指定なしを消化。不在の場合は、すぐに次に移って、後で再配達」
誠司は目を閉じた。
「日本でやっていたことと同じだ。違うのは、規模だけ」
「日本……誠司さんが前にいた世界のことですか?」
「ああ」
誠司は少し笑った。
「あの世界では、これが毎日だった。二百個以上の荷物を、一人で配達していた」
「一人で二百……」
「ここでは、仲間がいる。十五人いれば、不可能な数字じゃない」
誠司は立ち上がった。
「さあ、準備を続けるぞ。明日は長い一日になる」
翌朝、ギルドの前に全配達員が集合した。
誠司は昨夜作成した計画書を配り、作戦を説明した。
「エリア分割は、この通りだ。北エリアは俺とリナ、東エリアはレオンとマルコ、南エリアはセレナと新人のトーマス——」
一人一人の担当を読み上げていく。
「各エリアの届け物は、この順番で積み込んでくれ。逆順積載で、最後に届ける荷物が一番奥だ」
「了解」
全員が頷いた。
「時間指定の届け物には、特に注意してくれ。午前中指定は最優先。遅れたら、クレームどころか信頼を失う」
「分かりました」
「不在の場合は、不在票を残して次に移る。再配達は夕方以降にまとめて行う。これで、時間のロスを最小限にできる」
誠司は全員を見回した。
「質問は?」
「一つだけ」
レオンが手を上げた。
「魔王軍の略奪部隊は、どうする」
「想定している」
誠司は地図を指差した。
「王都の中心部は騎士団の警備が厚い。略奪部隊が動きにくい。だから、中心部への配達は後回しにして、先に外縁部を片付ける。夕方になって騎士団の警備が手薄になる前に、外縁部を終わらせる」
「なるほど」
「何かあったら、すぐに信号を上げろ。近くの配達員が駆けつける。絶対に、一人で対処しようとするな」
誠司は深呼吸をした。
「行くぞ。王都の大配達だ」
「おう!」
全員の声が、朝の空気を震わせた。
配達は、計画通りに進んだ——最初のうちは。
誠司とリナは、北エリアを順調に消化していった。逆順積載のおかげで荷物を探す時間はゼロ、リナの嗅覚で届け先の位置も正確に特定できる。午前中指定の二十件を、予定より三十分早く完了させた。
「順調ですね、誠司さん」
「ああ。この調子なら——」
その時だった。
「誠司さん!」
遠くから、叫び声が聞こえた。
新人のトーマスが、血相を変えて走ってくる。
「どうした」
「南エリアで、セレナさんが……! 略奪部隊に囲まれて——!」
誠司の顔色が変わった。
「リナ、ここを頼む」
「待って、誠司さん一人で——」
「行ってくる」
誠司は走り出した。
南エリアに着いた時、セレナは十人以上の兵士に囲まれていた。
荷物を抱えて後退しながら、必死に抵抗している。だが、多勢に無勢。このままでは時間の問題だ。
「セレナ!」
誠司は叫びながら飛び込んだ。
『時間厳守』を発動する。兵士たちの動きがスローモーションになる。その隙間を縫って、セレナの元に駆け寄る。
「誠司! 来てくれたのね——」
「逃げるぞ」
誠司はセレナの手を取った。
だが、兵士たちも素早かった。退路を塞ぎ、二人を包囲する。
「逃がさん。届け物を置いていけ」
「断る」
誠司は荷物を背中に庇った。
「これは、届けるべき人に届けるものだ。お前たちには渡さない」
「強情な奴だ。なら——力ずくで奪う」
兵士たちが一斉に襲いかかってきた。
誠司は『時間厳守』で攻撃を避けながら、反撃する。だが、多すぎる。一人倒しても、すぐに次が来る。このままでは——
「そこまでだ」
新しい声がした。
兵士たちが動きを止める。誠司も、息を切らしながら声の方を見た。
そこに、一人の男が立っていた。
黒いローブを纏い、フードを深く被っている。顔は見えないが、周囲の空気が一変するほどの威圧感がある。
「軍師様……」
兵士の一人が呟いた。
軍師——クロダ。
誠司の心臓が、激しく鳴り始めた。
「撤退だ」
男が言った。
「今日は、ここまでにしておく」
「しかし、軍師様——」
「命令だ」
男の声には、有無を言わせない力があった。兵士たちは不満そうな顔をしながらも、次々と撤退していった。
やがて、誠司とセレナだけが残された。
「……助かった、のか?」
セレナが呟いた。
誠司は、男がいた場所を見つめていた。
すでに姿はない。だが、あの声——あの雰囲気——
間違いない。
あれは、黒田だ。
配達を再開したのは、それから三十分後だった。
セレナは軽い怪我を負ったが、動けないほどではない。二人は残りの届け物を手分けして配達し、なんとか南エリアを完了させた。
他のエリアも、大きなトラブルなく進んでいった。
レオンとマルコの東エリアは予定通り完了。トーマスが抜けた穴は、予備の配達員がカバーした。
そして——日没が近づいた。
「報告です!」
マルコが駆け込んできた。
「全エリア、配達完了しました! 三百二十七件、すべて届けました!」
「本当か……!」
ガルドが信じられないという顔をした。
「やった……! やったんだ……!」
歓声が上がった。
配達員たちが抱き合い、涙を流している。ギルドの中で、配完の祝福の光が次々と発生する。三百以上の届け物が届いた——三百以上の想いが届いた。
「誠司」
ガルドが誠司の肩を叩いた。
「お前のおかげだ」
「俺だけじゃない」
誠司は首を横に振った。
「全員でやったんだ。全員の力で、届けた」
ガルドは頷いた。
「ああ。その通りだ」
外では、王都の空が夕焼けに染まっていた。
オレンジ色の光が、ギルドの窓から差し込んでいる。
配達勇者の噂は、この日を境にさらに広まることになる。
だが、誠司の心には——別の思いがあった。
黒田。
なぜ、あそこで撤退を命じたのか。
なぜ、俺を見逃したのか。
答えは、まだ分からない。
だが、いつか——対峙する時が来る。
その時まで、俺は届け続ける。




