第八章 魔王軍の妨害
レオンがギルドに加入してから二週間が経った。
配送ギルドは、少しずつだが確実に活気を取り戻していた。依頼の数は増え、配達完了率は上がり、王都の各所で配完の祝福が発生するようになった。滞留魔の数も目に見えて減少し、人々の顔には笑顔が戻りつつあった。
「今日の配達は三十二件」
誠司は倉庫で荷物を確認しながら言った。
「俺が北エリアの十五件、リナが東エリアの十件、レオンが南エリアの七件。セレナとマルコは西エリアの大口依頼を担当」
「了解です」
リナが尾を振りながら答えた。
「北エリアは道が複雑だから、誠司さんが担当するのは正解ですね」
「俺の『完全記憶地図』なら問題ない」
誠司は荷物を逆順積載で整理しながら、頭の中で今日のルートを構築していた。十五件の配達先、それぞれの距離、地形、時間指定。すべてを計算に入れて、最適な順序を導き出す。
「出発するぞ」
誠司が倉庫を出ようとした時だった。
「待って、誠司さん!」
リナが突然、耳をピンと立てた。
「何か……おかしいです。外から、変な匂いがする」
「匂い?」
「はい。金属の匂いと……血の匂い。それと、何か焦げたような——」
その瞬間、外から悲鳴が聞こえた。
誠司はすぐに倉庫を飛び出した。
ギルドの前の通りに、騒ぎが起きていた。
人々が悲鳴を上げて逃げ惑っている。その中心には——黒い鎧を身につけた兵士たちがいた。
魔王軍。
「略奪だ! 荷物を全て出せ!」
兵士の一人が叫んだ。彼らは通りにある荷馬車を襲い、積まれた荷物を奪い取っている。抵抗する商人を殴り倒し、女性や子供を押しのけながら、手当たり次第に届け物を強奪していた。
「何をしている……!」
誠司は駆け出した。
「止まれ! 届け物を返せ!」
兵士たちが振り返った。
「なんだ、貴様は」
「配送ギルドの配達員だ。その届け物は、届けるべき人に届けるものだ。返せ」
兵士たちは顔を見合わせて、嘲笑った。
「配達員だと? この状況で、何を言っている。貴様らの届け物など、二度と届かない。これは魔王軍の作戦だ。届け物を奪い、滞留魔を増やし、この大陸を絶望で満たす」
「そんなことは——させない」
誠司は兵士たちに向かって一歩踏み出した。
「届け物は、届ける。誰にも、邪魔はさせない」
「笑わせるな!」
兵士の一人が剣を抜いた。
「死ね、配達員!」
剣が振り下ろされる。
その瞬間——時間が遅くなった。
『時間厳守』のスキルが発動する。兵士の動きがスローモーションのように見える。剣の軌道、力の入り具合、どこに隙があるか。すべてが手に取るように分かる。
誠司は身体を横にずらした。
剣が空を切る。バランスを崩した兵士の腕を掴み、投げ飛ばす。
「な、何だ……!」
他の兵士たちが驚愕する。
「貴様、何者だ!」
「言ったろ。配達員だ」
誠司は構えた。
「届け物を、返せ」
戦闘は、長くは続かなかった。
レオンとセレナが駆けつけ、三人で兵士たちを撃退した。レオンの剣技は圧倒的で、兵士たちは次々と倒れていった。残りは慌てて逃げ出し、通りに静寂が戻った。
「大丈夫か、誠司」
レオンが聞いた。
「ああ。怪我はない」
誠司は散乱した荷物を見回した。
「届け物は——どうなった」
「半分以上は奪われました」
リナが悲しそうに言った。
「逃げた兵士たちが持っていきました。追いかけましたけど、間に合わなくて……」
誠司は拳を握りしめた。
奪われた届け物。届けられなかった想い。それらは滞留魔となって、世界を蝕む。
「くそ……」
「誠司」
ガルドの声がした。
振り返ると、ギルドマスターが深刻な表情で立っていた。
「話がある。中に入れ」
ギルドの会議室で、ガルドは重々しく口を開いた。
「今日の襲撃は、偶発的なものではない。魔王軍の新しい作戦だ」
「新しい作戦?」
「ああ。『略奪部隊』と呼ばれている。各地で届け物を奪い、配送ルートを寸断する専門の部隊だ。今日の襲撃は、その一環だったようだ」
誠司は眉をしかめた。
「なぜ今になって……」
「お前のせいだ」
ガルドが言った。
「配達勇者の噂は、魔王軍にも届いている。お前が配完の祝福を次々と起こしていることを、彼らは脅威と見なしている。だから——本腰を入れて、配送ギルドを潰しにきた」
沈黙が流れた。
誠司は考えた。
自分が配達を続けることで、魔王軍の注目を集めてしまった。それは、仲間を危険にさらすことでもある。
「俺は——」
「言うな」
ガルドが遮った。
「お前が自分を責める必要はない。配達を続けることは正しい。問題は、どうやって魔王軍に対抗するかだ」
「対抗?」
「ああ。今のままでは、配達のたびに襲撃される。護衛を増やすか、ルートを変えるか、何らかの対策が必要だ」
レオンが口を開いた。
「俺が護衛を担当しよう。元騎士だ、戦闘は得意だ」
「一人では限界がある」
セレナが言った。
「略奪部隊は十人以上で行動している。一人で全員を相手にするのは無理よ」
「では、どうする」
沈黙が再び流れた。
誠司は立ち上がった。
「俺に考えがある」
全員が誠司を見た。
「略奪部隊は、届け物を奪うことが目的だ。なら、奪われないようにすればいい」
「どうやって?」
「分散配達だ」
誠司は地図を広げた。
「今までは、一人の配達員が大量の荷物を運んでいた。それだと、襲われた時に大量の届け物が奪われる。だが、荷物を少量ずつ分けて、複数のルートで運べば——」
「一度に奪われる量を減らせる」
セレナが理解した。
「そう。さらに、配達員の動きを読まれないように、毎日ルートを変える。パターンを作らない。そうすれば、略奪部隊も狙いを定めにくくなる」
「だが、それでは効率が落ちる」
ガルドが指摘した。
「少量ずつ運べば、配達にかかる時間が増える。依頼を捌ききれなくなる」
「だから、配達員を増やす」
誠司は言った。
「今は五人だが、もっと増やす。十人、二十人。多ければ多いほど、略奪部隊の対応は難しくなる」
「配達員を増やす……」
ガルドは考え込んだ。
「可能か?」
「やるしかない」
誠司は言い切った。
「配達を続けるためには、それしかない」
翌日から、ギルドは新しい体制で動き始めた。
誠司の提案した「分散配達」は、予想以上にうまく機能した。一人あたりの荷物を減らすことで、移動速度は上がり、襲撃された時のリスクも下がった。ルートを毎日変えることで、略奪部隊の予測も困難になった。
同時に、新しい配達員の募集も始めた。
最初は応募者がほとんどいなかった。魔王軍に狙われているギルドに入りたがる人間は少ない。だが、誠司たちが配達を続け、配完の祝福を起こし続けることで、少しずつ状況は変わっていった。
「配送ギルドが、頑張っている」
「配達勇者の噂は本当だったんだ」
「俺も、手伝いたい」
一人、また一人と、ギルドに入る人間が増えていった。
元商人、元農夫、元兵士。様々な経歴を持つ人々が、「届け物を届けたい」という思いを胸に集まってきた。
誠司は新人たちに、配達の基本を教えた。
逆順積載、ルート構築、時間管理。日本で培った技術を、異世界の仲間たちに伝えていく。
「最後に届ける荷物を、一番奥に積む。これが基本だ」
「なるほど……こうすれば、荷物を探す時間が省けるんですね」
「そうだ。一秒も無駄にしない。それが配達員の心得だ」
ギルドは、徐々に大きくなっていった。
五人から十人へ、十人から十五人へ。
かつての栄光には遠く及ばないが、確実に前進している。
だが、魔王軍も黙っていなかった。
「報告です」
ある日、偵察から戻ったマルコが言った。
「魔王軍が、新しい作戦を始めたようです」
「新しい作戦?」
「届け先の情報を改竄しています。偽の住所を流して、配達員を誘導しようとしている。誤配を誘発して、配完の祝福を阻止する狙いのようです」
誠司は眉をしかめた。
「情報の改竄か……」
「それだけじゃありません。魔王軍の中に、優秀な軍師がいるという噂があります。彼が、この作戦を立案しているらしい」
「軍師?」
「はい。名は——『クロダ』というそうです」
その名前を聞いた瞬間、誠司の心臓が跳ねた。
クロダ。
黒田。
まさか——
「誠司さん?」
リナが心配そうに聞いた。
「顔色が悪いです。大丈夫ですか?」
「……ああ。大丈夫だ」
誠司は努めて平静を装った。
だが、頭の中では嵐が吹き荒れていた。
黒田。
あの、パワハラ上司の黒田。
まさか、彼も——転生したのか?




