第七章 仲間との出会い:元騎士の青年
リナが復帰してから一週間後のことだった。
ギルドに、一人の青年が訪れた。
金色の髪に、青い目。背は高く、筋肉質の体格。顔立ちは整っていて、どこか気品がある。だが、服はボロボロで、髭は伸び放題。かつては立派だったであろうが、今は落ちぶれた印象を受ける。
「配達員になりたい」
青年は言った。
「名は?」
ガルドが聞いた。
「レオン。レオン・フォン・ヴァルトシュタイン」
「ヴァルトシュタイン……」
ガルドの顔色が変わった。
「騎士の家系か」
「元騎士だ。今は没落した」
レオンの声には、苦い響きがあった。
誠司は後ろから青年を観察していた。騎士の家系。没落。何かあったのだろう。だが、それは本人が話したくなければ聞く必要はない。
「配達の経験は?」
「ない。だが、剣は使える。護衛が必要なら、役に立てる」
「配達員は、戦わない」
誠司が口を挟んだ。
レオンが振り返った。
「何だと?」
「届け物を守るのが仕事だ。敵と戦うことじゃない」
「馬鹿な。敵に遭遇したら、どうする」
「逃げる」
「逃げる? 騎士が?」
レオンの顔が歪んだ。
「騎士は逃げない。敵と戦い、勝利することが騎士の誇りだ」
「なら、お前は配達員に向いていない」
誠司は言い切った。
「配達員に必要なのは、勇気じゃない。判断力だ。戦うべき時と、逃げるべき時を見極める力。お前にそれがあるか?」
レオンは黙った。
拳を握りしめて、誠司を睨んでいる。だが、反論はしなかった。
「配達員になりたいなら、俺と一緒に配達に出ろ」
誠司は言った。
「それで、お前に配達員の素質があるかどうか、俺が判断する」
翌日、誠司とレオンは二人で配達に出た。
目的地は北の街道沿いの村。荷物は十二個。比較的安全なルートだが、途中で滞留魔に遭遇する可能性はある。
「荷物は俺が持つ。お前はついてくるだけでいい」
誠司は言った。
「……分かった」
レオンは不満そうだったが、従った。
道中、誠司はレオンに配達員の心得を教えた。
「配達員の第一の仕事は、届け物を届けること。第二の仕事は、自分が無事に帰ること。この二つを達成するために、あらゆる手段を使う」
「あらゆる手段?」
「ルートの選択、時間配分、危険の回避。すべてが手段だ。戦闘も、選択肢の一つではある。だが、最後の手段だ」
「なぜだ。敵を倒せば、危険はなくなるだろう」
「倒せればな」
誠司は言った。
「だが、滞留魔は倒しても消えない。物理的な攻撃は効かない。魔王軍は大軍だ。一人で戦っても、勝てない」
「では、どうする」
「届ける」
誠司は言った。
「滞留魔は、届けられなかった届け物が核になっている。その核を届ければ、滞留魔は浄化される。戦わずに、勝つ方法がある」
レオンは黙った。
騎士として育てられた彼には、理解しがたい考え方なのかもしれない。だが、誠司は構わず続けた。
「配達員は、強さを競う仕事じゃない。届け物を届ける仕事だ。そのために必要なのは、力じゃなくて、知恵と判断力だ」
「……」
レオンは何も言わなかった。
だが、その目には——何かを考えているような色が浮かんでいた。
村に着いたのは、昼過ぎだった。
配達は順調に進んだ。逆順積載のおかげで、荷物を探す時間はゼロ。一軒、また一軒と、着実に届けていく。
十軒目を終え、残りは二軒になった時だった。
「待て」
レオンが足を止めた。
「どうした」
「……あの家だ」
レオンは、村の外れにある小さな家を指差した。
「俺が届けるべき手紙がある」
誠司は眉を上げた。
「届けるべき手紙?」
「ああ。三年前から、ずっと持っている」
レオンは懐から、古びた封筒を取り出した。
「親友の、遺書だ」
話を聞いたのは、配達の合間だった。
レオンは、三年前まで王国騎士団に所属していた。同期入団の親友がいて、二人は共に戦い、共に訓練し、共に夢を語り合った。将来は将軍になると、誓い合っていた。
だが、三年前の戦いで——親友は死んだ。
魔王軍との戦闘中、レオンを庇って致命傷を負った。死の間際、親友はレオンに一通の手紙を託した。
「家族に届けてくれ」と。
だが、レオンは届けられなかった。
親友の死は自分のせいだ。自分を庇わなければ、彼は死ななかった。その罪悪感に押し潰されて、遺族に会う勇気が持てなかった。
やがて、騎士団も辞めた。実家も追い出された。すべてを失って、放浪の末に——このギルドに辿り着いた。
「届けなければならないと、分かっている」
レオンは言った。
「だが、届けられない。あの家族に会う勇気が、ない」
誠司は、レオンの手にある封筒を見つめた。
三年間、ずっと持ち続けてきた手紙。届けられなかった手紙。届けるべきだと分かっていながら、届けられなかった手紙。
「俺が一緒に行く」
誠司は言った。
「え……?」
「一人で届けられないなら、二人で届ける。それでいいだろう」
レオンは呆然としていた。
「なぜ……お前に関係ないだろう……」
「関係ある」
誠司は言った。
「届けられなかった届け物は、滞留魔になる。お前のその手紙も、いつか滞留魔になるかもしれない。そうなる前に、届けるべきだ」
「……」
「それに、お前は配達員になりたいんだろう。なら、まずはその手紙を届けろ。それができなければ、配達員にはなれない」
レオンは長い間、黙っていた。
やがて——彼は頷いた。
「分かった。行こう」
親友の実家は、村の外れにあった。
小さな家。古びた壁。庭には花が植えられていて、丁寧に手入れされている。窓からは、炊事の煙が立ち上っている。
レオンは、門の前で立ち止まった。
「大丈夫か」
誠司が聞いた。
「……分からない」
レオンの声は震えていた。
「三年間、逃げ続けてきた。今更、何と言えばいい」
「何も言わなくていい。ただ、届ければいい」
誠司は言った。
「届け物は想いの器だ。お前の親友は、家族に想いを届けたかった。それを届けるのが、お前の仕事だ」
レオンは深呼吸をした。
そして——門を開けた。
玄関の扉を叩くと、中から女性が出てきた。
五十代くらいだろうか。白髪混じりの髪に、穏やかな目。レオンを見ると、一瞬だけ目を見開いた。
「あなたは……マルクスの……」
「はい。レオンです。マルクスの同期の」
女性の目に、涙が浮かんだ。
「生きて……いたのね……」
「申し訳ありません」
レオンは頭を下げた。
「三年間、連絡もせず……何も言えなくて……」
「いいのよ」
女性は微笑んだ。
「マルクスから聞いていたわ。あなたのこと。『レオンは俺の一番の親友だ』って、いつも言ってた」
レオンの身体が震えた。
「マルクスは……俺を庇って……」
「知っているわ」
女性は言った。
「あの子は、あなたを守って死んだ。でもね、それはあなたのせいじゃないの。あの子は、自分で選んだのよ。あなたを守ることを」
レオンは——泣いた。
声を上げて、子供のように泣いた。
三年間抱えていた罪悪感が、溢れ出すように流れ落ちていった。
手紙を渡したのは、しばらく経ってからだった。
「これを……マルクスから預かりました」
レオンは震える手で、封筒を差し出した。
女性は静かに受け取り、封を開けた。
中には、一枚の便箋が入っていた。彼女はそれを読み、涙を流した。
「ありがとう……」
女性は言った。
「届けてくれて、ありがとう……」
その瞬間——空気が変わった。
誠司とレオンの身体を、温かい光が包んだ。配完の祝福だ。
光は家全体に広がり、庭の花を輝かせ、空気を清浄にしていく。村全体に、穏やかな風が吹き抜けた。
「これは……」
レオンは呆然としていた。
「配完の祝福だ」
誠司は言った。
「届け物が届いた。想いが届いた。それが、祝福になった」
レオンは自分の手を見つめた。
「俺は……届けたのか……」
「ああ。届けた」
誠司は言った。
「これが、配達員の仕事だ。想いを届ける仕事。それは——誇り高き仕事だ」
レオンは、長い間、無言だった。
やがて——彼は顔を上げた。
「誠司」
「何だ」
「俺を、配達員にしてくれ」
その目には、新しい光が宿っていた。
「配達は下賤な仕事だと思っていた。だが、違った。これは——誇り高き仕事だ」
誠司は微笑んだ。
「ようこそ、配送ギルドへ」
王都に戻ったのは、夕暮れ時だった。
ギルドでは、ガルドとセレナ、リナが待っていた。
「どうだった」
ガルドが聞いた。
「合格だ」
誠司は言った。
「レオンは、配達員になれる」
レオンは一歩前に出た。
「レオン・フォン・ヴァルトシュタイン。本日より、王立配送ギルドの配達員として働かせていただきます」
ガルドは頷いた。
「歓迎する。共に届けよう」
セレナとリナも、笑顔で迎えた。
「よろしくね、レオン」
「よろしくお願いします、レオンさん」
レオンは——照れくさそうに笑った。
三年間、見せることのなかった笑顔。
「よろしく頼む」
その夜、ギルドの食堂で五人が集まった。
ガルド、誠司、セレナ、リナ、レオン。かつては百人以上いたギルドが、今はたった五人。だが、その五人には——確かな絆があった。
「今日で、ギルドの配達員は五人になった」
ガルドが言った。
「三年前の百人には程遠いが——確実に増えている」
「増やすさ」
誠司は言った。
「もっと届けて、もっと祝福を起こして、もっと仲間を増やす。そうすれば、いつか——」
「世界を取り戻せる」
セレナが続けた。
「ええ。取り戻せる」
誠司は杯を上げた。
「配送ギルドに」
「配送ギルドに」
五人の声が、食堂に響いた。
外では、星が輝いていた。
王都の夜空に、無数の星が瞬いている。
その光は——まるで、届けられた想いのように、温かく優しかった。




